夏休み〜不思議な富士登山編②〜
富士山登山道には定期的に山小屋のある休憩ポイントがありますが、名称がまぎらわしいです。
六合目のあと新七合目があり、そのあと元祖七合目があったり、九合目のあとに九.五合目があったりと、ふつうに十合目までのカウントダウン感覚でいくと「ええ〜!!まだそこなの〜!!」となるので、疲れてるとそれがさらなる精神的ダメージにもつながったりします。
なので我々は合目感覚を捨て、最初から「山頂までのセーブポイントが6回」と認識することにしました。
さてそんなわけで相変わらずの超スローモーションで登りつつ2個目のセーブポイント新七合目を出発したころ、東の空がオレンジになってきました。
駿河湾まですっきり見渡せました。
これでやっとヘッドライトから解放される、真夜中の岩山はとても登りにくかったので明るいだけでもありがたいです。
反対側には、大気に富士山の影が大きく伸びていました。
すごいなあ。
ここまで来ないと、見ることができない自然の風景。
それだけでも大満足です。
よし、このあとも、がんばっていこう!!
☆3時間後☆
ついに我々は5つ目のセーブポイント九合目に到着しました。
雲は一度もかからず、最高の登山日和です。
しかしこの眺めを見てもまったく心が動かないほど全員が疲れ果てていました。
だれもしゃべらない。
理由はそれぞれです。
わたしは体力の限界はとっくに過ぎ、夫は持病の腰痛がシャレにならないレベルで悪化し始め、息子は高所恐怖症なので樹木のない急勾配の富士山が精神的につらくなってきました。
夜中の2時すぎに登り始めて、ここまで来るのに6時間くらいかかっています。
基本的に富士宮ルートは急勾配のかわりに登山道自体は四つの中でも最短で、5時間あれば頂上に行けると言われています。
ぜんぜん無理でした。
原因はもちろんわたしで、とにかく疲れやすくて、登るのに時間がかかりすぎてました。
あの日わたしは、後ろからくるすべての登山者に追い抜かれていました。
パパと手をつないだ子どもにも抜かれたし、還暦は確実にすぎているおばちゃんたちにも抜かれました。
わたしが誰かを抜いた記憶は無いので、多分ビリ確定です。
九合目のわたしたちのあいだには重苦しい空気が流れ始めました。
特に夫は辛そうです、長年システムエンジニアをやっていたせいがここ数年は腰痛で動けなくなることもありました。
しかもいまは富士山、何かあってからでは遅い。彼もわたしもそれが心配でした。
息子は息子で体力的には大丈夫そうでしたが、もはや富士山自体に完全に興味を失ってるようで、このまま無理やり登らせるのも何か違う気がしました。
「あのさ、わたしひとりで登るから、先降りててよ」
夫も息子も信じられないという目で見てきました、なぜなら体力的にいちばん疲れてるのがわたしだったからで、なのに登るって本気?と聞かれました。
「行けるところまで行きたいだけだから、無理だったら降りてくるから」
本当にそう思ってました。でもそれに彼らを付き合わせるのが申し訳なかったのです。
夫は過去2回頂上まで行ってるし、息子はまた大きくなって自分が行きたいと思ったら登ればいい。
わたしはここまで来たからあと少しがんばってみようと思っただけです。
かくして我が家は九合目にて「一度解散」となりました。
息子と夫は下へ、わたしは上へ。
自分の性格がよくわかります、ひとりになった途端、スイッチが変わるというか、やっぱり自分は単独行動がいちばん合ってるなと思いました。
時間は8:18。
10:30までに頂上着かないときは戻ろう。
そう決めてひたすら登りました。
九合目の次、九.五合目までとりあえず行きます。
これまでよりは短いけど、ここからさらに急勾配で酸素も薄いです。
相変わらずうしろからくるすべての人に抜かされながらも「とにかくあの岩まで」「とにかくあの曲がり角まで」と超短い目標を掲げながら、じわじわ進んでなんとか最後のセーブポイント九.五合目に着きました。
頂上まであと少し、ここで引き返すかどうか少し考えましたが時間は9時半前後でした、いけるかも、と思い、
「まあ、とにかく、だめなら引き返そう!!」
という気持ちで、じりじりと登り・・・
ほんとに信じられないけど、わたしは頂上につきました。
この鳥居をくぐると終わりです。
くぐっていいのかなあ!!!!!!!!
というわけで10:30、富士登頂、人生でいちばん疲れました。
そこには登った人だけが参拝できる、富士山本宮浅間大社奥宮が待っていました。
いやはや。
9年前くらいにひとりで静岡の浅間大社に行ったときから、この未来は決まっていたのだろうか。
この瞬間に時間と空間がひとつにつながった気がしました。
フラフラでしたがちゃんとお参りしてきました。
疲れすぎて何も考えられず、無感情で通り過ぎてしまったのですが隣にはここでしかもらえない山頂限定御朱印とかあり、今はちょっとだけもらってくればよかったと思いますが、このときはほんとにまったく余力がなくて買うという思考が吹き飛んでいました。
というか、財布を出すエネルギーすら無い、といった感じです。
さて夫も息子も先に下に降りてるし、わたしはとにかく頂上はタッチアンドゴーですぐ帰るつもりでしたが、何か忘れてる気がしました。
そうだそうだ。
頂上には噴火口があったんだ!!
さすがにここまできてそれを見ないで帰るのはもったいないので、フラフラ〜としながらもなんとか火口まで行ってみました。
それはそれは、すごい光景でした。
なんか全然写真だと伝わらないんですけど・・・
荒涼とした巨大な穴です。
わたしはこの噴火口こそ富士の本当の顔だと思いました。
木花咲耶姫ではなく、磐長姫こそ、富士の本性。
まるで別の惑星に来たみたいで、そこには人間への情など微塵も存在しない、どこまでも自然の理が広がるだけの世界。
人間の来ていいところじゃないな。
異常世界、それがわたしの富士山への感想でした。
それでも人の好奇心と創造性はすごいです。
観測所を建設し、こうして人の営みがある。
大自然もすごいけど、そこになんとかして入り込もうとしていく人もすごい。
自然の本性と人の本性の激突と融合を見た気がしました。
神々の世界から見る下界・・・
冷たい風が吹き上げてきました。
それにしてもずっと晴れてます。たいてい富士山はガスが出たり頂上は雲に覆われてたりしますが、ほんとにこの日はずっとずっと晴れてました。
よし、降りよう!!
時間は11時。今からなら夕方までに降りられる。
・・・はず。
正直わたしは泣きそうでした。
登頂成功に感動して、じゃないです。
このあとの下山の道のりを思ったらイヤすぎて、涙が出てきたのです。
ああつらい、絶対つらい、でも、降りなかったら帰れない。
そう、降りなかったら帰れないのです!!!!
降りるしかない、降りる以外の選択肢はない。
かつてないほど両足が疲れてましたが、わたしは心を奮い立たせて、登山道に向かいました。いま思い出してもこの瞬間がいちばん気持ち的に辛かったです。
そしてその予想は大当たりするわけですが・・・
次回、地獄の下山編に続きます。
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