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「保険証を返してもらっていない」という老親

かかりつけ医に行って受付をすませたとき、困った顔で院長が近づいてきた。
「マンネンロウさん、さっきご両親が来られて、もう治療がすんで帰られたのですが、今お母さんから連絡があって、『保険証を返してもらうのを忘れたから今からタクシーで取りに行く』と言われるんです。でも、こちらは既にお返ししているんですよ。電話してみてもらえますか?」

電話すると、母はうろたえていた。「いつもと違う若い人に渡したの。返してくれてないの」。
「タクシーの中に落としていないか問合せしてみた?」
「タクシーの中にはないよ」
そんなふうに即座に言い切れるか?
「バッグの中やポケットの中は全部確かめた?」
「ないのよ!」

即座に「ない!」「返してくれてない!」と返答がくるというのは、ちょっと性急すぎる。バッグもポケットもタクシーも調べてなくて思い込み、という可能性もあり得る…?
私は複数の医療機関で受付事務をしていたこともあり、医療機関が保険証をどれほど気を遣って取り扱うか知っている。

職員さんが念の為に外の周りを確かめてくれた。

もしほんとうに紛失していれば、警察に届ける。信用情報機関にも届け出て、悪用されないように対策する。市役所の高齢者医療の窓口で、再発行手続をする。

予約制なので私の治療はほどなくおわり、両親の住まいに向かった。出発前に再度電話。
「返してくれてないの。今タクシーにも電話して調べてもらっているけど」。

両親の住まいに到着すると、オロオロしている母と、機嫌をそこねてふて寝している父。ちなみに、受診したのは父だから、「ない」というのは父の保険証だ。玄関のあがりかまちに、手提げ袋とバッグが置いてある。手提げ袋を手にとって、中を見ると、保険証が入っていた。

「お母さんこれはなんですか?」
「あっ…!!」
「すぐ電話してね。先生と、タクシーとね。見つかってよかったね」。


よかったよかった。 
思い込みでよかった。
それにしても、保険証でまだよかった。 
マイナンバーカードを保険証として利用していたら…?
考えたくもない。

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