見出し画像

ウチケンブログ

最初は、検索窓に、
『苦痛の少ない死に方』と打ち込んでいた。
なにもわざわざ、ものすごく痛かったり、想像を絶する苦しみを味わったりする為に死のうとするような物好きな人はいまい。
そんなことを思いながら、ちょっと調べてみていた。
どんなやり方が、自然死と言っていいほど穏やかなのだろうかなと。
最初に大きく出てきたのは、『その前にかけなさい』というダイヤル。
それから、1993年出版の、マニュアル本のレビュー。
それから、わりと下の方に出てきたのが、これ。

淡々と、静かな筆致の文章を読む。

ああ、やっぱりね。
なるほどね。 
自然の摂理としての生命活動を行っている身体に対して、その摂理に反する力を加えるということは、想像を絶する苦痛に襲われるということだな。
そして、自己の生命によって、加害者である自己は猛烈な抗議行動を受けることになるのだな。
生命は、全力をあげて生きているから。

けれども、わざわざ打ちのめされるようなことを経験しつづけると、もう、うんざりだと疲れ切ってしまうのだけどね。

https://uchikenblog.com/i-want-to-die/


え…?
明確な答えを見つけたとな?
それは…読みたい。


…ああ、
そうだよね。
そうだった。

つい2日前に、
言ったばっかりだった。
この私が。
現状に疲れて、「生きていたくない」と訴える人間に対して、やめときなさいと。

自分が居なくなった方が、家族だってむしろたすかるんじゃないか。

と言いつのるのに対して。

あなたの子どもが生きていくうえで、
自分の親がどのように生きたかということが、どれほど大きな意味を持つかを考えなさいと。
子どもが成長していく過程で、もう生きていけない、生きていたくないという気持ちにさいなまれたときに、その子は自分自身の(特に同性の)親が人生をどう生きたかを必ず考える。自分自身の生命の価値についての鏡とする。自分の子のいちばんつらいときに、親の人生がどれほどの影響を及ぼすかわかるかと。

私がそれを言った相手はたまたま私自身の子どもだった。

なかなか…。
この親にしてこの子ありということか。

そして、冒頭に書いた検索を私がしたきっかけは、自分の親の言動によるものだった。
どうぞ100までも200までも長らえてください、私自身はもう、充分生きたから。
親の言動によって、そんな捨て鉢な心境になってしまって、検索ワードを打ち込んだ。

やれやれ…。

ウチケンブログ、偶然出会えて良かった。
もう少し、リンクをたどって読んでみることにした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?