街路樹

店の前の街路樹が粉雪のスプレーを浴びたのだろうかと思うほど
幹や梢の上っつらばかりが白く染められている
少し前まではここいらは紅葉の天然色だった
夜露で絵の具を溶かした錦絵師たちの筆に彩られた梢に
今だに名残りの枯れ葉がすこしばかりしがみついている
うづうづとしておとなし気な空一面の雲が
梢を透かしてエーテル模様に私の肺に浸潤する
雪と呼ぶには申し訳けないような細れ(さざれ)なその結晶が
私のほほや鼻先に手のひらにむなしく攻め込んでくる
そんな仕草を笑ひたくて南東三十度の空がひととき青く口を開いた
これこれ大事なお客さんに悪さはおよしよ
これはもうまことに薄ら寒くて無風であおじろくて
世界の詩人達に描いてもらわなくてはならない現象だから
クリスマスまでのささやかな神様の贈答品なので
すぐに消えてしまうこの写し絵をおおいそぎで詩に描き残しましょう
すでに街の文化センターの赤色に錆びたトタン屋根はもう既に南側斜面の半分の雪を滑らせてしまい
ここからも見渡せる筈の連峰を隠すあこぎな直線とプラネタリウムの真円から突き出た怖い砲身(実は望遠鏡ですな)が峰の雲上十度遥かを睨んでいる
これらは使い古されて腐れた根も葉も朽ちかけた浅い言葉となってしまいましたが
しかし今のこの雪の景色の現象は今採りたての生です
ですからこの世界すべての詩人たちもサンタクロースなので
きっと優しいママになって枕辺で見て来たばかりの不思議な世界を読み聞かせるのでしょう
そしたら訳知り顔で黄色い小鳥が「ジェネシスgenesis」と囀りながら雲間に溶けた
雪の結晶たちの劇場の終わりを告げるかのように
空と雲は柔い日差しにグラデーションして水色に装いはじめた
街路樹の雪は滴に変わり その幹は墨染めた
終わりの始まりである

流れる時間は確かなもの
流されてゆく人がいて
立ち止まる人がいて
逆らおうとする人がいる
だからこそ人は時間を感じられるこれは充分に相対論的科学であるこれは充分に沈黙を解かれた聖書である

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?