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マンション建替要件の緩和


1. マンション建替要件の緩和の内容

 今、国はマンション建替を促進するために建替要件の緩和を進めている。その内容は
総会決議において棄権票を反対票扱いにせず、権利者総数の分母より除外する。現在は棄権票は反対票と扱われている。
可決に必要な賛成票を4/5 (80%) から3/4 (75%) に緩和する
建替決議が可決されれば、建替は賃借人に立退を求める正当な事由になる。これまでは立退の正当な事由とは認められず、所有者がそれぞれ個別に賃借人と立退の交渉をしなければならなかった。

2. 緩和の効果

1) 棄権票の扱い

 私が関与した建替案件では最も苦労したのは反対票を減らすことではなく、棄権票を減らす事だった。建替が議題に登るようになると言うことはある程度、合意形成が進んでいる事が多い。総会の建替決議では議決権を行使した人たちの間では賛成は高率になるのが普通だろう。

 しかし、古いマンションでは所有者が部屋を賃貸に出し、外部に居住している事が多い。また、代替わりしている場合、後継者はマンションの管理に関して無関心な場合が多く、総会の決議では棄権票が多くなる傾向にある。従い、これまではこれらの無関心層に如何にして関心を持ってもらい、賛否を表明してもらえるかが最重要ファクターだった。

 下記は私が関わったマンション建替の表の推移の実例である。建替推進決議が否決された2014年から建替決議が可決された2018年の表の推移である。
注① 建替推進決議は通常過半数の賛成で可決される。しかし、この時は
  建替提案者の要望により75%の賛成が必要な特別決議として上程。
 ②( )内数字は棄権票を権利者の分母から除外して計算した賛成票の
  割合である。
         賛成           反対   棄権
2014年11月    67% (80%)        17%         16%
2018年11月          85% (89%)        11%           4% 

 賛成票の増加には反対の減少より棄権の減少の方が影響が大きい。また、2014年時点でも棄権票を反対と数えなければ建替推進決議の可決に必要な賛成票は十分であったことがわかる。2014年に建替推進決議(重要議案として上程)が否決されたため、その後、建替決議が可決されるまで4年の年月がかかった。

 しかし、反面、その間すべての権利者に納得してもらえる様、努力した結果、104%以上の還元率(従前の部屋の専有面積と無償でもらえる建替マンションの専有面積の比率)と言う好条件での建替を実現できたと言う側面もあった。

2)必要な賛成票
 この変更が建替決議のハードルを下げる事は言うまでもない。

3)賃借人の立退
 また、賃借人の立退きの要件の変更も大きな意味を持つ。私の経験では建替決議の1年後に建替工事に着する予定であったが、賃借人と立退きで揉めたケースが数件あり、そのために着工が半年ほど遅れたばかりではなく、その所有者の経済的な負担も非常に大きかった。

3. 要件緩和の問題点

 要件緩和の問題点は無い様に見える。強いて言うなれば、建替のハードルが下がった分だけ、管理組合が苦労せず、それだけにデヴェロッパーが敷いたレールに乗っかり安易に建替えを推進してしまう事かも知れない。賛成票を増やす必要がなければ、高齢者や資金の十分で無い方へのきめ細かい対応をせず、建替が居住者の不幸の原因になるケースが増えるかも知れない。

1)2014年へタイムスリップ

 上記の危惧は実例が無いから簡単には説明できない。そこで、1例として、「もし、2014年に要件が緩和されていたら私が関わったマンションの建替はどうなっただろう。今、TVドラマで流行りのタイムスリップして2014年に戻ってみよう。」

 2011年の東北大震災の結果、地震対策が急務として、耐震補強、免震改修を検討し、あるゼネコンに免震改修の費用の見積もりを依頼したところ、建替を勧められT社(コンサル)を紹介された。T社からは免震改修より建替の方が有利だとして下記のような提案を受けた。
① 従前資産と従後資産の確定と還元率85%の提案。
② 建物、住戸の設計(かなり完成度の高い提案であった。)
③ 共用施設の提案
④ 事業協力者となるデヴェロッパーの公募
⑤ コンサル費用はデヴェロッパーが負担。建替が実現しない場合はT社が自己負担。

 上記提案は建替実施計画案とも言えるほど完成度が高かった。2006年以来マンション再生のアドヴァイザーとして協力を受けていたN社(デヴェロッパー)に相見積もりを依頼したが、以前に受けた建替提案よりも経済条件はむしろ悪化していた。また、当時盛んに管理組合にアプローチして来ていたM社(デヴェロッパー)にも提案を依頼したが、T社の提案内容を聞いて辞退された。他のデヴェロッパーとは付き合いもなく、これ以上の提案は出てこないだろうと判断した。

 2014年6月にT社提案の説明会を開催し、アンケート調査を実施した後、11月に総会で建替推進決議を上程した。このとき、T社の要望に従い、特別決議案(75%以上の賛成が必要)として上程した。議決権行使書を提出しなかった棄権者が16%いたが、この棄権者を除外すればの賛成票は80%であった。この時点で建替要件は緩和されていたので、この建替推進決議は余裕で可決され、建替決議もすぐにでも可決されそうな勢いであった。

2)その後の展開

(1)事業協力者となるデヴェロッパーの公募。(実はT社の提案の背後には大手MJ社が居た。)MJ社を選考し、MJ社と事業協力協定書を締結。
(2)建替実施計画案の作成(建替提案時の計画の精度を高める。)
T社の提案の経済条件は転出率を40%程度に想定されていた。これが他社に比較し、有利な経済条件を提案できた最大の理由だった。しかし、建替えを進めるにつれ、実際の転出希望者は2~3%と極めて少ない事が判明。事業採算が大幅に悪化。
(3)MJ社より大幅に悪化した経済条件が提示され、当然、管理組合はこれを了承できず、計画は頓挫状態になる。
(4)事業協力協定書では建替事業が成立しなかった場合はその費用は事業者が負担し、管理組合は失うものはない。ただし、提案を白紙に戻し、他社と別の協定を結ぶことはMJ社の同意がなければ不可能で、どちらも引くに引けない状況となり、お互い、妥協を重ね、還元率60%で建替実施計画を作成し、2016年11月(実際より2年早く)総会に建替決議を上程。なんとか75%の賛成を得て可決。
⑤ 権利返還手続きや工事申請を経て、2017年に着工、2021年に竣工。
⑥ マンションが竣工し、還元率60%以下(その後も色々と費用負担が発生する。)で建物引渡しが行われる。

3)実際の建替との比較

 上記の建替事例は想像の産物であるが、実際の建替推進の経験から想定したものでそれなりの信憑性があると考えてほしい。 
 実際、還元率60%の建替でも決して悪いものではない、権利者にとっては十分に建替のメリットは享受できる。建替後のマンションの実勢価格(マンション相場)は期待以上に高く、権利者の満足感は高かったであろう。また、このマンションと徒歩2~3分の距離にあり、立地条件もほぼ同じマンションがほぼ同時期に建替えられたが、こちらのマンションの還元率は40%程度であった。

 一方、2014年の挫折を経て、後を引き継いだ管理組合がその挫折の経験を糧にして実現した建替は苦労を重ね、還元率104%を実現できた。

4. より良い建替を実現するためには

 なぜ、タイムスリップで経験した建替事例では十分な経済条件が得られなかったのだろうか?

 最大の原因は、①理事会役員に建替に関する十分な知識がなく、T社、MJ社の計画に簡単に乗ってしまった事。②事業協力者を幅広い候補者の中から公募により選択しなかった事にある。

 建替のハードルが下がれば、それだけ安易になり、タイムスリップの事例のように管理組合が主導権を取らず、デヴェロッパーの言いなりになる可能性が大きい様に思える。そうならないようにするには、
 ① 管理組合が独自の目標を持ち、建替の主導権を発揮すること。
 ② 事業協力者は競争原理を取入れ、徹底した公募により選考。
 ③ 管理組合に建替推進に必要な知識が不足している場合は専門知識、
  経験が豊富な中立のアドヴァイザー(コンサル)を起用する。

 上記の原則を維持できれば、より良い建替がより短期で実現可能で、今後は建替が飛躍的に促進されると確信する。土地不足で新築マンションの供給量が減少しているとは言え、人口減少の中、新たなマンションを供給するよりも建替えを推進することがよほど合理的であると言える。

5. 最後に

 事例では還元率と言う経済条件を比較しましたが、還元率が必ずしも建替の最重要ファクターと言うわけではありません。還元率は建替のマンションの立地や、様々な条件により変わる。経済性よりも華麗さを求め、費用をかけ、その地域では際立つマンションに建替えられた例もあります。建替の目標は管理組合、地権者の考えにより決まります。
 
 最後に、建替を検討されている管理組合の皆さん、建替に興味を持たれている地権者の皆さんの参考になればと下記ブログ(マガジン)を書きました。管理組合、建替組合が主導権を持って建替を推進することが重要であることを理解していただければ幸甚です。

以上 


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