短編小説「ギフト」

「ペンの前に足が進んでいた。」


今、大注目のコピーライターが著した新書の帯に、そう書かれている。
僕はその本を手に取りレジに向かった。

昼からの大学の授業の前に、キャンパスの近くのカフェに寄り読書をする。それが僕の一番の楽しみ。
このカフェは、店長のお爺さんが一人で経営していて、若い店員がいない。その雰囲気が読書に最適なのだ。

先程買った本を開き、最初の章を読み進めた。
その本は、とある有名なCMのコピーを生み出した時の自叙で、このコピーライターは頭の中に浮かんだイメージを求めて東欧まで飛んだそうだ。

天才というのはやっぱり凄い。
僕も学部の友人からはアイデアマンみたいな扱いを受けることがあるが、この人の感覚と行動力は異常だと感じた。
こういう人間の言葉が本を通して自分の細胞に行き届く様な感覚は病みつきになる。

買った本を途中で閉じ、午後の授業に向かう。
イヤホンから流す音楽は松任谷由実。最近のお気に入りは70年代のニューミュージック。はっぴぃえんどなんかを聴くときもある。

教室に入り、出席だけ取って学食へ行く。まともに授業を受けなくても単位が取れるのが僕の通う大学の長所だ。

学食のいつものテーブルにて、同じ学部の友達数人と合流する。来年からは就職活動が本格的に始まるので、学食の至る所で学生生活最後の長期休みの計画を立てているのが、最近の見慣れた風景だ。

僕たちも、来月から始まる冬休みの旅行について喋るのが、この二週間の日課になっている。
行き先は別府温泉。この案は僕が出した。
周りの大学生が皆スノーボードのパンフレットを開いているのを横目に見て、優越感に浸る。

チャイムが鳴り、授業終わりの彼女が迎えに来たので駅まで一緒に帰る事にした。顔はそこまで可愛い訳ではないが、学部でも有名なオシャレな女性。
彼女も来月から女友達数人で行くハワイ旅行の計画を嬉しそうに語っている。思い切って、少しキワドい水着を買ったらしい。

逆方向のホームへ向かう彼女を見送り、アルバイト先へ向かう。
僕のアルバイト先は繁華街にあるネットカフェ。お金持ちから貧乏人、エリートサラリーマンからただの酔っ払いまでが利用するこの店は、人間観察が出来てとても有意義だ。

この日もケバくて香水臭いおばさんと、ジャニーズみたいな少年が腕を組んでカップルシートに消えていった。
部屋の清掃をしながら、そんな二人の関係性を想像するのが楽しくてしょうがない。


バイトが終わり、帰りの電車で買った本の続きを読むことにした。天才の言葉の数々を吸収しながら、来年の就職活動に胸を膨らませる。

ウトウトしていると、最寄り駅にゆっくりと電車が着いた。

明日も授業は昼からだ。
帰って、録画しているNHKのドキュメンタリーを観ながら、ビールでも飲もう。

サポートをしてくれたら、そのお金で僕はビールを沢山飲みます!