人生最大のターニングポイント ~黒ギャルとの邂逅~

 人にはそれぞれ人生におけるターニングポイントがあるだろう。

 それは得てして個人個人にとっての捉え方次第で、劇的なシーンに限らず失恋や友人との喧嘩のような、傍から見ればちっぽけで矮小な悩みがそれに当たることだってある。

 僕もまあ、小学生の時の転校や、高校・大学受験、就活の失敗、芸人の道に進んだ決断とそれなりの分岐点はあったが、35年間の人生を思い返した時に”と或る出来事”が最大のターニングポイントだったと、確信しているシーンがある。

 「たかがそんな事が?」と片方の口角を上げるだけのニヒルな笑みを浮かべられそうなエピソードだが、思い返すと僕にとっては本当に大きな大きな出来事だったのだ。



 僕は大学2回生の時に、某大手焼鳥居酒屋チェーン(鳥〇族∞)でアルバイトを始めた。その店舗は春から開店する新店舗で、その店のオープニングスタッフの1人として採用してもらった。

 オープニングスタッフというのは研修や開設準備、親睦会と約1ヶ月間スタッフ同士で時間を共にする。同じオープニングスタッフには女子大生が多く、男性スタッフは店長と僕を含め3名しかいなかった。
 こうなるとやはり不思議な責任感が芽生える。20歳の普通のガキである自分がこの店を回すんだ、という噴水で遊ぶ子供の様に可愛いらしい責任感。

 一生懸命研修をこなし店長からの信頼も得た為、オープン後は焼き鳥を焼くポジション・通称”焼き台”に任命された。誇りに思った。当時、20歳の僕は皮の塩焼きを如何に焦がさずカリカリに焼き上げるかに熱中していた。そんな技術、大人になっても使うシーンなど一切無いのに。バーベキューの時ですら披露が出来ないのに。

 店舗がオープンした数か月後、店長に飲みに誘われた。その際、”梅田の別店舗のオープンセールにヘルプで向かってくれないか?”と打診を受けた。
 この瞬間の高揚感は相当なものだ。それはまるで社運を賭けた億単位のプロジェクトのリーダーに選ばれたような気分。もちろん二つ返事で了承し、数週間後に梅田の店舗のオープンセールに向かった。

 オープンセールは全品半額ということもあり途轍もない忙しさが恒例だ。流石にこの日の焼き台は僕にはこなせない。焼き台はエリアマネージャーのゴウダさんという、ギョロ目で私服は革のライダースを愛用している、世紀末のウッディーみたいな人が担当していた。

 僕のこの日の担当はドリンク場。キッチンの中では比較的楽なポジションだが、大きな声を出して「俺を見やがれ!」といった感じでとにかくノリノリで働いていた。


 少し話が逸れるが、この頃の僕はかなり見た目に気を遣っていた。学校終わりは必ず堀江の街やなんばパークスをウロウロして服を物色し、髪の毛は肩まで伸ばして後ろで1つに括り、アゴ髭を蓄えていた。そして、今より15kgくらい痩せていた。なのでルックスにもそこそこの自信はあったのがこの頃の僕。
 今となって思い返すと、オダギリ・ジョーに憧れる哀れな青年、アワレミ・ジョー、なのだが。なのだが。

 話を戻そう。そんなドリンカー・ジョーはこの日意気揚々とドリンク場を回していた。すると、正面のカウンターに座る女性から「お兄さん」と話しかけられた。

 声の方向に目をやると黒ギャルが座っていた。全身を褐色に焼き上げ、髪色は鮮やかなシルバー。天高く爪が伸び、熊手のようなまつ毛を装備し、そして両ショルダーがあらわになっている。そして何よりオパーイが4割くらい出ていた。

 言っておくが、僕はギャルなんかと喋った事が無い。高校時代もクラスに数人のギャルがいたものの、どうせドギマギするのが目に見えていたので興味が無い振りをして関わらない様にしていた。その結果ただのイヤな奴と認定され、ギャルグループから嫌われていたらしい。僕はそんな男だ。

 この時も少しギョっとしたが、なるべくオパーイに目が行かない様に意識し、ドリンカー・ジョーとしての勢いのまま「何でしょう!?」と元気に返事をした。

 「お兄さん、かっこいいですね」


 時間が止まった。耳を疑った。こいつ今何と言いやがった?
 頑張ってかっこつけてはいたが、黒ギャルに評価される未来など全く想像していない。百歩譲って白ギャルの評価を頂けるという期待はあったかもしれないが、黒ギャルは本当に想像の外だ。
 トリュフとクレジットカードとギャルの黒は自分には関係のない存在だと思っていた。

 何と返せばいい。最適解はなんだ。頭の中を反芻させる。メルエムを前にした時のウェルフィンと全く同じ状況。(HUNTER×HUNTER30巻参照)
 早く何か返事をしなければ。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
 この間、実に1.2秒。僕の口から出た言葉はこれだった。


「あらっす~」

 軽めの感謝。そして直ぐに業務に戻る。
 絶対にこれではない。これが正解じゃない事は確かだ。これ以外だったら全部正解かもしれない。
 その数十分後、その黒ギャルは帰っていった。

 あの時、連絡先を交換して良い仲になれていれば。黒ギャルの彼女が出来ていれば。黒ギャルと一緒に街を歩いていれば。僕の人生は全く違うものになっていたに決まっている。
 女性の方には分からないかもしれないが、黒ギャルと良い仲になる経験をした男は自信に満ち溢れる。”黒ギャルと付き合った事がある”という経験は、江戸時代における徳川の紋所に匹敵する威力がある。


 これが僕の人生最大のターニングポイントの全容だ。僕はこの先の人生、黒ギャルと知り合う事は二度と無い。
 その事実が僕の人生に暗い影を落としている、そんな気がしてならない。

#創作大賞2023
#エッセイ部門


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