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川崎ゆきお超短編小説 コレクション 2

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記事一覧

無心

無心



「つい昨日のように思うのですが、あれから長い年月が立ったのですね」
「はい、あの頃はまだ若き青年。前途悠々とまではいきませんが、夢がありましたなあ。いや、夢が見られたのでしょう」
「あなたはその夢を果たされたはずです。私たちの中では最も世に出た人だ」
「それもこれも昔の話。今じゃただの凡人。平凡な人間です」
「そうは見えませんがな。まあ、あなたの良い時代を知っているので、そう思うのでしょうかね

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投珠



 奥玉田村に名人、達人がいると聞いた僧侶が、草深い僻地へ出向いた。辺境は端だが、この村は山中にあり、よく考えれば、ど真ん中にあるが、中原と言わないのは、山岳地帯のため、原がないためだ。

 昔の人は結構うろうろしており、今の人よりも、辺鄙な場所まで踏み込んでいた。それだけの時間があるのだろう。

 山岳地帯なので田は少ない。奥玉田村となると、畑しかないが野菜ぐらいは育てられる。

 田がないの

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裏聖天



「正月はどうされていましたか」

「毎年、初詣に出ています」

「近所ですか」

「いえ、遠いです」

「じゃ、大勢の人で賑わう場所ですね」

「賑わいません」

「ほう。じゃ、わざわざ流行っていないような神社を探してお参りに行くのですか」

「はい、それに近いです」

「何処の神社ですか」

「妙見山近くです」

「妙見さんは確かに山の上にあるので、遠いですが、ケーブルもあるし、結構賑わって

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政治の季節



「季節外れの暖かさ、というのはだめですなあ」

「そうですか」

「季節外れの寒さもだめです」

「でも、それは人の力では何ともならないでしょう」

「そうですなあ。しかし物事には旬がある。この旬は季節なのですが、自然界の季節ではなく、人々の気分的な旬もあります。野に湧き出る機運とかです。この野とは野原じゃなく、全国各地のことでしょう」

「民意というやつですか」

「民意なんて、どうとでもな

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少女椿



 椿崎の屋敷が取り壊されたことにより、この通りや、この町内が明るくなった。何か忌み事が多い家で、暗い家だった。屋敷と言うほどの規模ではないが、古い家なので、二階はない。建て増し建て増しで、迷路のようになっていたようだ。といっても近所の人がこの家の中に入ることはなく、門までだ。奥まで入ったとしても玄関まで。そこに二畳ほどの板の間がある。その横にもう一つ小部屋があり、書生部屋だったらしい。

 椿

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満足のいく人生



「私は貧しいまま一生を送っていた方が良かったかもしれない」

 神社の境内。あまり人は入り込まないのだが、地元の人がお参りに来る。これはいつも決まった人だ。

 老人は少年に何かを語っている。人生規模の話だ。少年は近所に神社があることを知り、ここは何だろうかと、探検中だった。本殿ではなく、その横の祠だ。お稲荷さんのようで、よくあるものだが、狐が怖いほどの朱色で、これが目立ったのだろう。

「成

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ハッタリ



「物を変えると、少し自分が変わりますよ。これは自分の延長なんでしょうねえ」

「延長」

「機械や道具なんかがそうでしょ。言葉を文字に書くのは、言葉の延長。話すことの延長でしょ。そのために紙とペンが出て来た。当然、その前には木の札に書いたり、石版に刻んでいたかもしれませんが。木の札にしても、そんなもの落ちていない。木を切り取って平らにしたんでしょ。これは竹でもいい。墨もインクもそうです。最初か

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昔の人達



 これは不思議でも何でもないのだが、二百年前、三百年前、そこで暮らしていた人達は、どんな感じだったのかと、竹村は考える。そんなことを思うようになったのは、暇なのか、あるいは急に気になったのかは分からないが、若い頃には思わなかった。人には興味があり、興味どころか、色々な人との絡みで生きているようなものなので、それらの人々に関する情報は大事だ。実際に関係があるためで、一寸した認識や判断の違いで、人

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ツタが絡まる窓



 岸本は写真撮影の趣味を持ってから、ものがよく見えるようになった。それは望遠レンズで見るため、よく見えるとかではなく、観察眼だ。ただ、これには目的がない。何のための監察かと問われると、特にない。

 ものがよく見えるようになったのは被写体を探すためだろう。ただ、岸本は写真撮影には殆ど行かない。日常の中、立回り先で写している。

 その日も住宅地の車の少ない道を歩きながら被写体を探していたのだが

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酔生夢死



 人の気分は天気のように変わりやすい。これは天然自然でいいのだが、これをやり過ぎると気分屋と呼ばれ、不安定な人のように思われる。そのため、気分が変わっても、隠していたりする。そんなそぶりを見せなければ、気付かれないためだ。しかし、天気の移り変わり、流れのようなものは気分の上では生じているわけで、これは意外とコントロールしにくい。

 今まで意欲的だったものがそうではなくなったりするのは、晴れの

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ガード下の送迎バス



 大都会の駅近くにあるガード下の道路。上は線路が幾本も走っているため、結構長い地下道のようなもの。当然大きな道が走っている。そこは駅の裏側へ出る近道で、最短距離で抜けられる。駅は駅ビルとなり、何処が駅なのかが分からないほど。これは真っ直ぐ駅向こうへ行くとなるとショッピング内での迷路抜けとなる。しかしガード下のトンネルを使う歩行者は少ない。なぜなら排気ガスが凄いためだ。

 ただ、そのガード下の

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入らずの路地



 入らずの路地というのがあるわけではないが、立ち入ってはいけない通りがある。これは元商店街の洞窟のようなものではなく、普通の道だが、車は入れない。そのため道路ではない。この道は住宅地の中を貫いているが、古い家が目立つ。昔の村の道だろう。家と家の間の道なので、拡張されず、そのまま残っている。沿道は昔の農家の敷地。

 大きな農家の表玄関、立派な門があり、そこから少し歩かないと母屋の玄関に辿り着け

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瓢箪から駒



 瓢箪から駒が出る。このコマとは子馬のことだろうか。小さくても大きくても、馬が瓢箪から出るわけがない。中に種が入っているのだが、瓜のようなものだ。成ったばかりの青瓢箪ではなく、しばらく乾燥させておき、種などを抜いて、容器として使える。丸い瓢箪は瓢箪らしくないが、そのタイプは半分に切れば、すぐにでも器として使える。大きい目の茶碗のような。

 瓢箪から駒が出る瓢箪は、既に入れ物として使われている

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太鼓持ち



 さる業界の立役者、猿回しの猿ではない。千両役者、実力者のことだが、この男が曲者で、その立ち回り方が妙だ。変なことをする人ではなく、大物中の大物なので、堂々としている。そしてこういう大物には太鼓持ちや腰巾着がつきものだ。

 この大物とコンタクトを取るには、側近から攻めるのが早い。その側近も立派すぎる人だと、簡単ではない。重役のようなもので、重い。だからもう少し軽い取り巻きから攻める。腰巾着や

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