灰村茉緒

画家。なおも続く《近代の終焉》を嘆き警鐘する者。 #ドイツ表現主義 https:/…

灰村茉緒

画家。なおも続く《近代の終焉》を嘆き警鐘する者。 #ドイツ表現主義 https://www.maohaimura.com/

マガジン

  • 強迫症的なオレンジ色の部屋

    「強迫症的なオレンジ色の部屋」は、灰村茉緒による自らの四半世紀の人生を描いた絵画による叙事詩である。 「強迫症的なオレンジ色の部屋」 1. 薄明の命名者 2. オレンジ色の研究 3. オレンジ色の囚獄 4. 強迫症的なオレンジ色の部屋 5. アラベスクに取り憑かれた強迫病者 6. 空間恐怖症的なオレンジ色の部屋 7. 大都市に臨むオレンジ色の部屋 8. アラベスクに取り憑かれた強迫病者 2 個展「強迫症的なオレンジ色の部屋」 〈日時〉 11月4日(金) ~ 11月9日(水) 12:00 ~ 20:00 ※6日(日) ~18:00 ※9日(水) ~17:00 〈場所〉 新宿眼科画廊 スペースO https://www.gankagarou.com/show-item/202211haimuramao/

  • ヴァルター・ライナー《コカイン》日本語訳

     画家の灰村茉緒が翻訳を手がけた、ドイツ表現主義の詩人ヴァルター・ライナー(Walter Rheiner)の自伝的短編小説《コカイン(Kokain)》を掲載。  全9章から成り、翻訳全編と解説を収録した書籍が2022年11月出版された。   現在Kindleにて電子書籍版《コカイン》を販売中。https://amzn.asia/d/diyjBnw  忘却の砂塵に埋没していた表現主義の詩人ヴァルター・ライナーが生前に唯一書き遺した小説「コカイン」は、麻薬中毒者の奇抜な幻覚物語というだけではなく、《黄金の20年代》前夜の大都市がベルリン患う病の記述であると同時に、そこで生きたひとりの青年による苦悩と絶望の独白でもある。  なおも続く《近代の終焉》の危機を警鐘するために、人間回復を願い叫喚する表現主義の精神を、画家の灰村茉緒が翻訳を手がけ現代の日本に甦らせる!

    • 強迫症的なオレンジ色の部屋

    • ヴァルター・ライナー《コカイン》日本語訳

最近の記事

「理知」と「遊び」、または「知ること」と「信じる」ことについて

 昨年までわたしは、「知る」ことが人生を愛する最善の方法だと考えてきた。目前にあらわれる現象に対してその本質を探り、それを自分の論理に再配置することで世界を拓いてきた。この極端に客観的な態度は、わたしの内側に起きていた名前をもたないエネルギーの体系化を助け、自分がこの世界のどこにいるのかをあきらかにしてくれた。しかし同時に、言語による分析と再構成を繰りかえすようになった理知の信奉者は、思考に先んじて生じるはずのなにかを見失っていた。それは「知る」こととは性質がまた異なる世界と

    • 8. アラベスクに取り憑かれた強迫病者

      強迫症的なオレンジ色の部屋 8. アラベスクに取り憑かれた強迫病者 2  人間的な欲望と情動も、自然への崇拝も、形而上学への信奉も、愛について語りあうことも、結局のところすべてが退屈だ。  だが、退屈でいつづけることにはもう飽きた。わたしは退屈を紛らわすために、街を眺めることを好むようになった。  世界の叙事詩は、いつしか人々から紡いだ寓話になっていった。  わたしはアラベスクに取り憑かれている。そしてこれからも言葉の大海と論理の宇宙との境界に幽閉されつづける。さも

      • 7. 大都市に臨むオレンジ色の部屋 - 強迫症的なオレンジ色の部屋

        強迫症的なオレンジ色の部屋 7. 大都市に臨むオレンジ色の部屋  夕焼けの大都市を眺めながら、わたしはおもいだす。  わたしはかつて旅人だった。旅はもうやめた。都市も田舎も、どこへいっても同じだった。  土地を語る者たちは、陳腐な情動を愛だと喧伝し、それを真実だとおもいこみながら死ぬ。歴史を知る建造物は、儀式的な意味を喪失してしまった。悠久のふりをする自然は、人間によってすでに汚されてしまっている。  旅で知ったことは、わたしはどこへいってもつねに異邦人で、わたしはわた

        • 6. 空間恐怖症的なオレンジ色の部屋 - 強迫症的なオレンジ色の部屋

          強迫症的なオレンジ色の部屋 6. 空間恐怖症的なオレンジ色の部屋  余白はおそろしくわたしの神経を衰弱させる。  余白があることは美しくないとおもうようになった。それは均衡がとれていた秩序を撹乱させる。その醜悪の程度は精神へ不和をもたらし、わたしをますます不健康にさせるだろう。美しさとは調和が取れた構造のうちにある。朝顔の花弁を象った細やかな幾何学模様をなおも壁にかきつづけた。  わたしはあるときから、模様がえがかれていない空間を通ってなにかが部屋のなかへ入りこんでくる

        「理知」と「遊び」、または「知ること」と「信じる」ことについて

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        • 強迫症的なオレンジ色の部屋
          灰村茉緒
        • ヴァルター・ライナー《コカイン》日本語訳
          灰村茉緒

        記事

          5. 強迫症的なオレンジ色の部屋- 強迫症的なオレンジ色の部屋

          強迫症的なオレンジ色の部屋 5. 強迫症的なオレンジ色の部屋  病的なオレンジ色の部屋に閉じこもり、ひとり叙事詩をかきつづけていたわたしは、法則がみいだせないものを嫌うようになった。美しさもすべて法則のうちにみいだされるという考えに取り憑かれた。わたしは均衡がとれ、体系化され、整列されたものを好むようになった。論理的ではないものは、わたしの神経を衰弱させる。  さまざまな調子のオレンジ色に染まった部屋に対して、わたしは苛立ちと不安をおぼえるようになった。統一されていないオ

          5. 強迫症的なオレンジ色の部屋- 強迫症的なオレンジ色の部屋

          4. アラベスクに取り憑かれた強迫病者 - 強迫症的なオレンジ色の部屋

          強迫症的なオレンジ色の部屋 4. アラベスクに取り憑かれた強迫症病者  薄明の名前を名づけようなんて、なんて傲慢な考えであったのだろう。人類にできることは、小さく限定的な機能不全な脳みそで、光りのとある部分をオレンジ色だと傲慢に決めつけることだけだ。人間たちは愚かにも世界の謎を解きあかそうなどと考え、まやかしの技術で神秘を汚してしまった。神秘はそのまま保存しておくべきだったのだ。人間が干渉することではなかった。われわれは天からの祝福をありがたがり、ただただ祈りを捧げていれ

          4. アラベスクに取り憑かれた強迫病者 - 強迫症的なオレンジ色の部屋

          3. オレンジ色の囚獄 - 強迫症的なオレンジ色の部屋

          強迫症的なオレンジ色の部屋 3. オレンジ色の囚獄  かつてわたしは、人類の技術を賛美し、悠久な歴史を憧憬し、それらにかかわるものから美を感じていた。  わたしは自分の目を満足させる美しいものを蒐集し、部屋の装飾に勤しんだ。自然界に存在する貴重な鉱石を、その道に精通する職人によって見事な装飾品に変えさせ、玄関を飾った。美しい大理石のテーブルに、なめらかなベロアが張られた椅子や、艶やかな毛並みの虎の毛皮の絨毯。それらをどの位置からみても均衡が美しい調子で部屋に配置した。孔

          3. オレンジ色の囚獄 - 強迫症的なオレンジ色の部屋

          2. オレンジ色の研究 - 強迫症的なオレンジ色の部屋

          強迫症的なオレンジ色の部屋 2. オレンジ色の研究  単純にオレンジ色だというには、薄明の色はあまりにも複雑な具合であった。  わたしは薄明の色を再現するための研究を始めた。  そもそも、オレンジ色は風変わりな色だ。  陽気な風を装っているが、その奥には空虚な道化師のような悲しみが宿っている。熱っぽく刺激的な佇まいだが、官能的なそぶりは一切みせず、実のところ厳格である。なにかに駆りたてられているかのように、つねに神経質に緊張している。気難しい色だ。奇抜な趣味とこだわりをも

          2. オレンジ色の研究 - 強迫症的なオレンジ色の部屋

          1. 薄明の命名者 - 強迫症的なオレンジ色の部屋

          強迫症的なオレンジ色の部屋 薄明の命名者  はじめ、部屋は真っ白であった。  東を臨む部屋は、周囲のなによりも空に近い位置にいて、大都市を眺めていた。  わたしは部屋に坐り、朝陽を待ち望んでいた。闇の色によく似ている白い部屋に、光りがさすことを願っていた。  ある朝、夢のように晴れた日の朝だった。唐突に始まった朝だった。突如として、世界が色に満たされたのだ。色は天空の向こう側から太陽の贈りもののように降りそそぎ、たちまちに空全体を満たした。月さえも抑えこんでいた漆黒がつ

          1. 薄明の命名者 - 強迫症的なオレンジ色の部屋

          解説 ヴァルター・ライナー 《コカイン》

           《コカイン》はドイツの詩人ヴァルター・ライナーによる、一九一八年に発表された自伝的中編小説である。  かれがいきたのは、いまからおよそ百年前のドイツであり、表現主義芸術の現場であった。表現主義とは、あえてその概略を紹介するならば、一九一〇年ごろから二〇年代初頭までのドイツにおける前衛的な芸術の傾向であった。そして、表現主義は「近代の終焉」との遭遇のもとでうまれ、その渦中のなかで死んだ「病める」芸術だった。産業革命以降、世界は急速に変容していった。科学技術の発展は人間の個性を

          解説 ヴァルター・ライナー 《コカイン》

          ヴァルター・ライナー 《コカイン》 第一章

           第一章  囁きあう枝々のもとをトビアスが歩いていると、夜の闇が並木路の木々にだらしなくもたれかかり、かれの肩のうえに垂れた。かれはすすみつづけ、坂道をのぼってはくだり、気がつけばもうニ時間が経っていた。  時計塔(交差点に佇むブロンズの幽霊)はすでに十時半をしめしていた。いつまでも灰色がかった記念教会の巨躯のうしろで、数多のほのかな水玉模様にとけて夏の夜が死ぬころ、トビアスは出発した。——かれは不安に取り憑かれていた。重なりあうガラスが鳴り響くカフェ——あのみじめな狭い部

          ヴァルター・ライナー 《コカイン》 第一章

          ダヴォス旅行記

           ダヴォスについての記述は、絵画であればキルヒナーにお任せしよう。だがきっと、日本語で描写するのは、わたしの役割だ。  二〇一八年の晩夏、わたしはダヴォスという村におもむいた。アルプス山脈にかこまれた標高一六〇〇メートルに位置するちいさな村である。いまからおよそ百年ほど前、画家エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーが、ナチスドイツによる迫害からのがれるため、また、鬱とモルヒネ依存を癒すために移り住み、日々を過ごし、そして自殺した──その場所がダヴォスであった。  キルヒナーは

          ダヴォス旅行記

          Jakob van Hoddis - 夢みる人 Der Träumende 訳

          ヤーコプ・ファン・ホディス  夢みる人 –カイ・ハインリヒ・ネーベルに捧げる 静寂な色彩が燻っている、青緑色の夜。 かれはシュプレー川の紅い光線と 無残な戦車に怯えているのか? ここに悪魔の軍隊はやって来るのか? 影のなかを泳ぐ黄色い斑点は、 生気のない巨大な馬の双眸だ。 その躯体は裸で青白く、無力でいる。 薄色の薔薇が地球から膿んでいる。哀しみのまえに… 雪の結晶が落ちる。ぼくの夜は 喧噪となった、非常に厳格なあなたがたの光。 ぼくにとって爛漫にみえるすべての危殆は

          Jakob van Hoddis - 夢みる人 Der Träumende 訳

          Jakob van Hoddis 詩5篇

          表現主義の詩人、ヤーコプ・ファン・ホディス(Jakob van Hoddis)の黙示録的な詩を5篇、訳したものをまとめました。  † 世界の終わり 市民の帽子が尖り頭から吹きとぶ、 宙のあらゆるところで悲鳴が響めく、 屋根大工が落下しまっぷたつに割れて 岸辺では──新聞によると──高浪が打ちあがっている。 嵐がきた、荒狂う海が飛びはねて 地上では、巨大な堤防が倒壊する。 多くの人々が鼻風邪を引いている。 数多の鉄道が橋から落ちる。  † 夜の歌 夕暮れの茜色は蒼

          Jakob van Hoddis 詩5篇

          Georg Heym - 生の影 Umbra Vitae 訳

          Georg Heymの『生の影』(Umbra Vitae) を訳しました。 生の影 人々が通りの前線で立ち竦んでいる そして空に浮かぶ巨大な表徴を見上げている 彗星が炎の鼻のような塵とともに ギザギザの胸壁の傍を脅かしながら爬っている。 凡ゆる屋根に天体観測者らが犇めき、 彼らは大きな筒を空に向けて突き刺している。 魔術師たちは天井の穴々から起き出して、 傾斜した暗闇の中、彼らはひとつの星を祓浄める。 病気と不作が門からにじり寄る 黒い布切れの中で。寝台を担ぎ、 病め

          Georg Heym - 生の影 Umbra Vitae 訳

          Walter Hasenclever 恋愛詩3篇

          時たまの美しく燦爛たる夜に ぼくの紅血がぼくを苛め悩ます、きみがそれを呼び求めるから、 するとぼくはきみの結われ纏う髪へ手を指し延ばし 滑らかにきみの居所にキスをする、きみが眠っているところ そしてぼくは聴き耳を立てる、きみが夢見ているように、そして神から祝福される ぼくは知っている、きみはぼくのようだ。ぼくはきみのようだ。 …そして緩やかに ぼくの心が安まるよう歌っておくれよ ★ ある空虚な時間の哀哭 ぼくの髪を優しく梳かして、 僅かでもいい、友愛と信心をもって ぼ

          Walter Hasenclever 恋愛詩3篇