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小さかった女で

これは萌ちゃんとの合言葉のようになっている。今日は仕事が早く終わった、小さかった女でも行ってみようかな、ひょっとしたら萌ちゃんも行けるかしら。萌ちゃんに連絡をするとき、小さかった女行きます、とか、小さかった居ます、とか、小さかった女で、と言うのだ。萌ちゃんは今日来れないとのこと。了解。

小さかった女は、今日もどうせ暇であろう。失礼ながらもそのこじんまりとしていて、少し流行らない感じが私は大好きである。しかし今日は見当違いで、昼から夜まで客足は途切れなかったそうで、私が行ったときも紡ちゃんが一人せっせと働いていた。

この店は、女が一人でよく来る店だ。それは一見少し寂しい気もするが、だからこそ店には独特の雰囲気が漂い、私もその雰囲気の一部になっていると思うとそれはとても嬉しいことである。

カウンターに座るのが私は好きなのだが、それは目の前に様々な古本が並んでいるからである。時々ラインナップは変わっていたり、私が読み終わった本や漫画なども置いている。風香が持ってきたという手塚治虫の空気の底を、私は気に入って、家に持って帰ったままになっている。人はそれを、借りパクと言う。

この間、DIC川村記念美術館に行き、そこで見た絵がすごく好きだったのだが、どうしても作家名が出てこない。そんなとき、目の前にコレクションの図録を発見。名前はルイスモーリスであった。絵の具の滴り落ち方が綺麗なのだが、どうして液だまりや筆の跡がないのかしら、と不思議だった。実際彼の制作現場は誰も見たことがなく、未だに解明されていないとのことだった。

閉店時間になると、疲れ果てた紡ちゃんが一杯付き合ってくれと、アマレットジンジャーで二人で乾杯。氷がカラカラと鳴り、背の低い無骨なグラスは、汗をびっしりかいていた。それをぐびぐびとと飲むと、私の暑さは吹き飛んだ。紡ちゃんはガマンしていたヤニを吸い、ほっと一息ついた。私はなんとなく良いと思い、シャッターを切った。

小さかった女で、私は明日を迎える。

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