突然ですが、京都に移住します。

こんにちは。noteはじめました。
そして、この夏、京都に出戻りすることと相成りました(25年ぶり2回目)。

なぜ京都に戻るのか、といえば、まぁ、いろんな理由があるわけですが、元々、今は亡き妻・裕美が存命中のころから、子供を東京で育てるのってどうなんだろう?って思っていて、タイミングがあえば双方ともの故郷でもある京都か、もしくは別の場所に移住しよう、ということはずっと話し続けていました。

「うーん、できれば海外とかがいいよね?」
「海外でベジタリアンの食堂だったら、なんとかやっていけるかもね?」
「でも、やっぱアジアが棄てがたいなぁ。東南アジアでなんとか食べていける方法はないもんかね?」
「アメリカとか、保険料が高すぎて、現実的じゃないしね……」

なんて話し、未来を夢見ている間に、妻は病気を患い、そして一足はやく、あちらの世界へと旅立って行きました。

一度、妻が亡くなったときに、2人の子供がいることもあって、裕美の実家もある故郷・京都へ戻ることも考えたのも事実です。ただ、もしそれをしてしまったら、義母や義叔母にまかせてしまって、彼ら2人の成長とともに自分も親として成長するタイミングを逸してしまうかもしれない。15年程度、というほんの短い大切な家族だけの時間を失ってしまうかも知れない。じゃ、たとえ面倒でも、これから先、どんな不安があろうとも、かっこ悪くとも、図太く、小汚く、この場所で踏ん張ってみようと思い……それから5年、なんとかかんとか、いや、正直言えば地獄のような瞬間もちょこちょこあったけれどさー、愚痴のひとつやふたつ、一万や二万は言いたいけどさー、過ぎてしまえば、なんとかかんとか、まぁ、平穏無事に暮らしてきたわけであります。かつては、絶望しかなかった人生も、子供と一緒ならば、世の中、まだまだ面白いことがある。裕美には申し訳ないけれど、も少しだけこっちの世界を楽しんでみよう、という気持ちが芽生えはじめて、そして、5年。が今です。

現在、僕は、東京は渋谷に「なぎ食堂」というヴィーガンのレストランを経営/実働しており、地元の武蔵小山に「hand saw press」というリソグラフの印刷スタジオ/DIY工房を数人と運営しております。それと、時折文章を書いたり、本を編集したり(最近は仕事としてはしてないかー)、レコードを作ったり、イベントを打ったりしながら、まぁギリッギリですが、糊口を凌いできております。

しかし、まぁ、いろんな事情もありまして、この夏、故郷でもある京都に戻らなければならないという現実が一気にふりかかってきて……はてさて、僕はいったいどうやって生きて行けばいいのか? どうやって日々の暮らしを立てればいいのだろうか? をふと考えざるを得なくなってきたのです。そして、その「25年ぶりの故郷で、新たな仕事を作りながらどうやって暮らしていくか?」をひとつひとつ考え、そして記録していこうと昼ごはんを食べ終わった幸せなひとときにふと思いたち、何年も登録するだけして原稿をアップひとつしていなかったこちらに、徒然と書きはじめてみたのが、今回のこのページ。いやはや、最初から見ていただけて有難うございます(笑)。

そんな移住の記録、ふと前に進むための、いやいや、もしかして、この先、とんでもない苦行が待ってるかも知れない日々の記録をこちらに綴っていければと思います。

あ、もちろんあれっすよ。「一度は住んでみたい京暮らし」みたいなブログとは大きく違う、ただただ現実が延々と過ぎていく、そんなきっついこと満載のページになるのではないか、まちょと覚悟はしておけ、なことで、とりあえずの第1回とさせていただきまーす。

追記:自分のこれまでのできごととなぎ食堂という店に関しましては、2017年末に発行いたしましたエッセー『渋谷のすみっこでベジ食堂』(駒草出版)に事細かに書かれてあります。もしご興味を持たれた方は、ぜひ書店で立ち読みでもしていただければ幸いです!


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Akinobu Oda

小田晶房:渋谷鶯谷町のなぎ食堂店主/武蔵小山のリソグラフスタジオhand saw pressを運営/インディ・レーベルcompare notesを主宰/出版レーベルmapの構成員。執筆や編集も行っており、自著に「渋谷のすみっこでベジ食堂」「なぎ食堂のベジタブルレシピ」他、がある。
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