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よめますか

世界の最恐生物を見せるテレビ番組がある。人々を恐怖の底に突き落とすような恐~い生き物の生態に迫る企画だ。定期的に放送しているその類の番組に自分も携わっているのだが、本物の世界最恐は、自然界の“動物”ではなく人間界の “天然” だと思う。

天然は、お笑いの世界でも怖れられている。彼らの行動は読めない。読めないからこそ面白い。だが、天然を計算してやろうとすると、読まれてしまう。いくら計算しつくした笑いでも、天然には軽々と凌駕されていく。あの松本人志さんをして「ウド(鈴木)は天才」と言わしめるほど、天然の力は恐ろしい。

自分が中学生の頃、レーシングカーのアーケードゲーム(ゲーセンにあるやつ)が話題になった。学校の帰り、近所に住む天然キャラのクラスメート(以下、天然君)が「やりに行こうぜ」と、誘ってきた。「下校途中の寄り道は禁止」と、生徒手帳に書いてあったので気が引けた。誰かに見つかったら呼び出し&反省文だ。自分は倫理の授業のノートを忘れた時、400字詰め原稿用紙2枚分の反省文を書かされたことがあったので、校則には敏感だった。

とはいえ、最新のレーシングゲーム。以前から興味があったので、生徒手帳は見なかったことにした。

ゲーセンは、駅の栄えている側と反対側の雑居ビルにある。改札を出て、制服のまま登下校とは違うルートを進むだけでドキドキした。けもの道を行くようだ。ゲーセンに着くと、人はまばら。天然君は、お目当てのゲーム機を見つけると「あったあった!これだよ、コレ!」と、無邪気にテンションを上げた。まるで自分が初めて発見したかのような、はしゃぎっぷりだった。中学生の頃って、テンションの沸点は低いよね…

1回100円。今では普通だけど、コックピットのようなブースに入ってシートに座り、ハンドル、ギア、アクセル、ブレーキを操作する。本物のレーシングカーのようで、中学生には夢のマシンだ。

自動車のギアといえば、通常低速から徐々に上げていくものだが、天然君のテンションのギアは、はなっからトップをキープしたまま。夢中になってトライ&エラーを繰り返していた。自分も1回やってみたが、すぐに一筋縄では行かないことがわかり、天然君の奮闘を見守ることにした。

すると、後ろから見慣れない学生服を着た男子2人がやってきた。彼らもやりにきたのだろうと思った。学生服のズボンは、ダボっとしていて、建築現場で見かけるニッカポッカ型、いわゆるボンタンってやつだ。彼ら(以下、ボンタン1号、2号)の佇まいから、ゲーセンはホームグランドのようにも見えた。すると、いきなり話しかけてきた。だが、ゲームマシンがブ~ンブ~ンとうなりを上げているので、聞き取れない。少々耳を傾けると、ボンタン1号から”プ~ン”と蚊の鳴くような細くてかん高い声が聞こえてきた。

カネ、カシテクレヨ

一瞬、意味がわからなかった。自分は中学生なので、人に貸すほど持ち併せはない。「両替機なら、あっちのカウンターにありますよ」と進言しようかと思った。しかし、ひとけの少ないゲーセン、ダボっとした制服ズボン、金銭貸借の依頼。5秒くらいかかったが理解できた。今、自分たちはカツアゲされそうになっている。初めての経験だ。

ちょうど天然君のプレーが終わったので「うしろ、並んでいるよ」と声をかけるとブースから顔だけ出して「次やる?」ときいてきた。

私は、心の中で「なに呑気なこと言ってんだ!大事故が起こるぞ!」と叫んだ。すると、天然君が状況を飲み込めていないことを察したのか、ボンタン2号が「お前ら何年だよ?」と訊いてきた。天然君が「中3だよ」と答える。

すると、ボンタン1号は、再び蚊の鳴くような声でタメかよ…と言った。タメとは “同い年” という意味だが、天然君は聞き取れなかったのか「はぁ!?」と聞き返した。もともと天然君の声は “だみ声” なのだが、その時の「はぁ!?」は、スズメバチの羽音くらい大きかった。ボンタン2号は、もう一度「お前らタメかよ」と言った。ようやく聞こえたのか、天然君は「カメ!?」と聞き返した。

ボンタンたちは、黙った。天然君は、畳みかけるように「カメって何?」と言いながら、ブースから出てくると、今度は、私に向かって「カメって何?」と訊いてきた。当時、自分も「タメ」という単語は初耳だった。ボンタンたちが「カメ」ではなく「タメ」と言っているのはわかったが、今は「タメ」を明らかにするより、緊急事態からの脱出が優先だ。このままでは、小銭を奪われてしまう。マシンごと炎に包まれ、まさに火の車だ。

自分は、天然君の袖を引っ張り「もう行こうぜ」と促した。天然君は、なんだか腑に落ちない様子だったが、チーム・ボンタンにゲームを譲り、歩き出した。

私は、ギアをトップに入れて出口を目指す。後ろを見ると、チーム・ボンタンがついてくる。天然君は、「あれ、あいつらついてくるぞ、ゲームやらないのかな?」と、相変わらずだ。

説明は後回し。なんとか後続車両を引き離し、ひとけの多い場所に辿り着いた。脱出成功。

天然君は「新しいコースが出てくると読めないな。毎日練習しなきゃ」と、トップギアのまま。読めないのは天然君の方だ。

「また明日も行こうぜ」と誘われたが、あのレーシングゲームは自分にとって最初で最後の体験になった。

今、思い返して確信する。

「不良より恐いのは天然だ。」

天然は、努力して身に付くものではないから、どうしようもないな。


沖縄出身のお笑い芸人さんが命名してくれたペンネーム/テレビ番組の企画構成5000本以上/日本脚本家連盟所属/あなたの経験・知見がパワーの源です