イビサ島とブラックウォーター

バルセロナに住み始めて最初の2年、僕の生活を支えてくれていたのは空き部屋を日本人旅行者に貸して得た収入だった。 
(ことの成り行きはこちら→27歳のあの日、僕は貯金ゼロになった。

mixiのコミュニティに「部屋貸します。住んでるみたいに旅行しませんか?」と書き込んだら、問い合わせがワンサカきて、本当にたくさんの人が泊まりにきてくれた。そのなかで忘れられない人がいる。残念ながら名前はもう憶えていないが、インパクトは特大だ。

僕と同世代、建築会社で働いていた彼は、mixiでメッセージをやり取りしているときから「いい人」感がハンパなかった。お金を払ってうちに泊まりに来るのに、「スペインでは手に入らないものもあると思うから、必要なものがあったら持っていきます」と自ら申し出てくれた。

うちは僕と日本人のMさんのふたり暮らしで、泊まりに来るのも日本人だから、醤油をよく使う。スペインでも買えるけど高い。そこで僕は「ペットボトルサイズでいいので、醤油をお願いします」と返信した。

それから数週間後の夜、その彼から突然電話があった。もともとの予定では東京を出てバルセロナ空港に着いたらそのまま乗り換えてイビサ島に行き、数日、イビサのクラブで遊んでからバルセロナに来るという話だった。

ところが、空港で飛行機の乗り継ぎに遅れてしまい、イビサ島に行けなくなったので、その日の夜、泊まることはできるか?という電話だった。たまたまその日は部屋が空いていたので、大丈夫ですよ、と伝えた。

しばらくしてやってきた彼は旅慣れた雰囲気で、荷物はこぶりのバックパックひとつだった。はじめまして、と挨拶をかわした後、彼は、すいません!と頭を下げた。なんぞや?と話を聞いて、僕は腹を抱えて爆笑してしまった。

親切な彼は僕らへのお土産としてわざわざ1.5リットルの醤油を買ってくれた。出国の際、自分の荷物は機内に持ち込んで、醤油だけを空港カウンターで預けた。自分はイビサ行きの飛行機を乗り逃がしたけど、その巨大な醤油は通常通り積み替えられて、イビサに飛んでいってしまったというのだ。

想像してほしい。クラブの島、眠らない島、イビサ島の空港、荷物が流れてくるベルトコンベアの上で、でっかい醤油が引き取り手もなく静かにぐるぐる回り続けているところを。空港職員は醤油を知らない可能性が高いから、この黒い液体はなんだ!? なぜ誰も取りに来ないんだ!? 毒物か!? と慌てたかもしれない。彼は申し訳なさそうな顔をしていたけど、その表情も含めて面白かった。

翌日すぐにイビサに行きたいというので、朝イチの航空券を取ってあげた。彼は早朝にひとりで空港に向った。翌々日、彼は予定通りバルセロナに戻ってきた。その表情は、初日とはうって変わって晴れ晴れとしていた。

イオさん、ありましたよ!と手渡されたのは、醤油だった。イビサについた後、空港で醤油の行方を探したところ、職員がどこからか持ってきてくれたそうだ。

職員は醤油自体を知らなくて、最初は英語でソイソースと伝えても理解されなかった。そこで、ジェスチャーを交えてブラックウォーター、ビッグボトル、フロムジャパンと話したら、ああ、あれか!とわかってくれたらしい。

そのやり取りを想像して、僕はまたゲラゲラと笑ってしまった。真性の好い人の彼は、お土産に買ってきた醤油を諦めずに探し出して我が家に届けたことで、とても誇らしげだった。今でもたまに、イビサ空港のベルトコンベアの上にポツンとたたずむ醤油を想像する。

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