それぞれの20年

 手紙を書き終えてペンを置いた時、チャイムが鳴った。時計を見ると、午後11時。こんな時間に誰だろう?

 チェーンをかけたままドアをゆっくり開けると、
「山田先生ですよね! 秋元です!」

 隙間から声が飛び込んできた。久しぶりに“先生”と呼ばれた懐かしさからか、手が勝手に動いてチェーンをはずし、ドアを大きく開けた。そこには健康そうに日焼けした青年が、体を強張らせながら立っていた。

「お久しぶりです!」
 頬を紅潮させて言う。“先生”と呼ぶからには昔の教え子なのだろうと思い、小さな部屋に招き入れた。

「遅くにすみません」
 一礼してから顔を上げ、家族がいる気配がないのに気付いて、笑顔を停止させた。

「大分前に離婚してね」
 私の説明に納得したように小さく頷く。彼を小さなテーブルの椅子に座らせ、二人分のお茶を淹れた。

「ずっとお礼を言いたかったんです。でも先生の行方がわからなくって。先日、偶然女房の父親の会社の忘年会の写真を見て、そこに写っていたのは絶対先生だって思ったんです。それで頼み込んで、ここを教えてもらったんです」

「お礼?」

 彼は茶碗を置いて、私を真っ直ぐに見た。
「先生に言われた言葉を忘れず、頑張ってきました。中学生の頃、学校にも行けなかった俺がここまでこられたのは先生のお陰です」

「私の、言葉?」

「登校を怖がってた俺の部屋まで来て、言いましたよね。“この世には強い人間なんていない。弱いままでいいという人間と、強くなりたいと願う人間がいるだけだ”って。あの時から、強くなろうと思ってきました。で、強くなれたかどうかはわからないけど、今は社会人になれて、結婚もして、この前子供も生まれたんです」

 20年前、私は若くて熱い教師だった。しかし教師になって5年目に生徒から逆恨みされ、妻が暴力事件に巻き込まれた。それをきっかけに離婚。私は教師を辞め職を転々としてきたが、この不況の中、ついに職を失ってしまった。

「ありがとうございました」

 深く頭を下げる様子を見ていたら、不意に胸の奥が熱くなった。私とは正反対に見える立派なこの青年を救うような言葉を、私が?

「今度、女房と子供を連れてきてもいいですか?」
「ああ」
「近いうちにまた来ます」

 彼は頭を何度も下げて、帰っていった。

 強くなりたいと願う、か。

 かつて放った言葉が思いがけず戻ってきた。 

 ――また、来るのか。じゃあ、いないといけないな。

 私はこの世に別れを告げた手紙を、片手でくしゃっと握りつぶした。

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mari

つきのむら

自作短編小説です
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