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恩着せがましい

「昨日もね、夜遅くまで町内会のお祭りのチラシ作りをしていたの。誰もやる気がないみたいだから、町内会のためにやることにしたけど、意外と大変」
 私は休日の夫のための昼食づくりをしながら、言った。夫は手伝うでもなく、食卓の椅子に座ってテレビを観ている。
「お義姉さんからメールがきてたから、返事もしなくちゃならない。お義姉さん、愚痴っぽいからなだめるのが大変なの。まったく、あの人、小さいころからあんななの?」
 口数が少ない夫は聞いているのか聞いていないのか、なにも返してこない。腹立たしくなってきた。
「ねえ、聞いてる? 私ばっかり、なんでこんなに大変なの?」
 腰に手を当てて、夫のほうを向くと、視線はテレビに向けたまま夫はぽつりと言った。
「俺だって、会社で忙しく働いてるよ」
 頭に血がのぼった。
「そんなの、当たり前でしょ!!」
 夫のためのカレーライスをお皿に盛りながら、涙がにじんだ。出がけの忙しいときに、自分は食べない昼食を夫のために作っているのに、ねぎらいの言葉もない。
 私は夫のためのカレーライスを食卓に置いて、せわしく家を出た。

恩人:その1
 マンションの玄関を出たところで、携帯が鳴った。出ると、人材派遣会社のスタッフだった。2日前に、気になる案件があったので問い合わせをしたのだ。
『申し訳ございません。ご希望の案件は定員いっぱいになってしまいまして。代わりに、ご希望の案件と似た案件をご紹介したいと思いまして』
 内容を聞くと、通勤に不便な場所だった。
『そうですね~、少し通うのが大変になってしまいますが、お仕事内容がご希望の職種と思いまして、紹介させていただきました!』
 ――こんな条件の悪い仕事を紹介してきて、“私に合うようなお仕事を紹介していただいて、ありがとうございます!”という感謝の言葉を期待しているのだろうか。
「すみません、そのお仕事はできません」
 短く告げて、電話を切った。

恩人:その2
 電車に乗ったら、ほどほどに混んでいて満席だった。ドア付近に立っていたら、乗ってきた中年男性と目が合った。男性はなぜかニコリと笑った。
 気持ち悪い。痴漢?
 中年男性が話しかけてきた。
「覚えてません? ほら、この前、席がひとつしか空いてなくて」
 思い出した。ひとつしか空いていない座席に向かって、私とこの人が向かっていき、男性が身を引いて、私が座れたのだ。
 しかし、いちいちそんなことを覚えていて、話しかけてくるか? “あのときは、ありがとうございました”って言葉を期待しているの?
 私は言葉を返さず、次の駅で電車を降りた。

恩人:その3
 待ち合わせまで少し時間があったので、目についたコンビニに寄った。ペットボトルをとって、レジに向かう。お財布から小銭を出そうとして、手が滑って、床に小銭をばらまいてしまった。
「すみません」
 と言いながら小銭を拾っていたら、陳列をしていた学生バイトの女性が駆け寄ってきて、一緒に拾ってくれた。
「大丈夫ですか~」
 鼻にかかった声を出しながら。
「はい、どうぞ」
 拾い終えた小銭を私に手渡しながら、満面の笑みを浮かべている。アイドルの媚びた笑顔のようだった。このコは、“私は人に喜んでもらえる良いことをした。私ってやさしい”と思っている。気分が悪くなった。
 無言で差し出された小銭を受け取り、会計を済ませてコンビニを出た。

恩人:その4
 久しぶりの友人との再会は不愉快なものだった。週末の午後のファミレスで、昼食兼お茶をしながら、友人は私との学生時代のエピソードを得意気に語っていた。
 私がすっかり忘れていることを、友人は事細かに覚えていた。
「人見知りで、いつも1人でいたあなたに声をかけたのが、友だちになったきっかけだったよね!」
「体育祭で、あなたが落としたバトンを、場外から思わず飛び込んで拾って手渡したことあったよね!」
「あなたに絡んでいた男子に、一発バシッと言ってやったことがあったよね!」
 ――私はこの友人に、そんなにお世話になったのだろうか。ひとりではなんにもできないような学生だっただろうか。
“学生時代は、本当にお世話になったよね~”と言えばいいのはわかっていたが、嫌悪感がこみ上げてきて、言葉が出てこなかった。不愉快きわまりなかったが、『じゃあ、またね』と笑顔で手を振る友人と、作り笑顔で別れた。

恩人:その5
 マンションに帰ると、夫はテレビを観ていた。まさかあれからずっと、テレビを観ていたのだろうか。「ただいま」と声をかけると、小さな声で「お帰り」と言ってきた。時計を見ると、夜の7時を回っていた。
「お腹空いてないけど、あなたのために何か夕食作るね」
 と言ってキッチンに立ったとき、メールの着信音が鳴った。見ると義母からだった。
『この前、プレゼントした服、どうだった? 気に入ってくれた?』
 20代の女性だったら可愛いピンク色が好きなんだろうと思い込んだ義母からの、フリルのスカートのプレゼントに対する感想を求めてきたのだ。ハッキリ言って、私はピンクも可愛い系の服も嫌いだった。でも義母は“素敵な服をありがとうございます! とっても気に入りました!”という言葉を求めている。
 ふつふつふつふつと、腹の底から怒りがわいてきた。まったく、もー、どいつもこいつも――
「恩着せがましいのよ!!」
 心の声が、叫び声になって口からこぼれ出た。物静かな夫が無表情で振り向いた。
「おまえもな」

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