交換留学について(1)

大学2回生の夏から大学3回生の春にかけて、カナダのモントリオールへ留学した。マギル大学という京都大学との協定校に、2セメスター在籍した。
どうしてマギル大学を選んだのですか?交換留学先を選ぶ決め手はなんでしたか?と聞かれることが多いので、留学に対する考えを文字に起こしておこうと思う。

実はマギル大学なんていう大学は全然知らなかったし、モントリオールというフランス語圏は全く眼中になかった。どうしてモントリオールに行くことになったか、長々と説明しよう。よっぽど暇ならば読むことをお勧めする。

大学入学時にまで遡ろう。いや、まずは中学生か。私はアメリカの高校に行きたかった。昔カナダに住んでいた頃がめちゃくちゃ楽しくて、北米に戻りたかったのと、High school musicalという映画にどハマりして、私も歌って踊るような高校生活を経験したいと思っていた。もちろんこんな理由でアメリカの高校に行きたいという私のお願いを親は全く聞き入れてくれなかった。納得である。父親の「真理が思っているほどアメリカはいい国ではない。」と言われたのを鮮明に覚えている。

日本の高校生活はHigh School Musicalとは程遠い生活であった。プロムなんてなかったし、イケメンと屋上で踊ることはついになかった。(参照:https://www.youtube.com/watch?v=fCa8pxUtN1s)誠に遺憾である。それよりは、大学受験を見据えていた。眼中には京都大学か東京大学くらいしかなく、いい成績を取ることに専念していた。すると、色々な先生に「海外の大学行けば?」という助言を受けるようになった。しかし、その頃はもう、屋上で踊ることは諦めていたし、海外の学校に行くことの意義は感じなかった。それよりは、「世界で戦える人材になって海外進出したい」という感覚になっていた。

この感覚が、自分の「海外進出」に対する考えの根幹になっていると思うので、分かりやすく解説しよう。「世界で戦える人材」というのは、いわば「切れ味のいい刀」である状態だ。高校卒業したばかりの自分は鉄の棒である。鉄の棒のまま戦に出向いてもまあ、磨かれることよりも苦労の方が多いだろう。ならば、ある程度磨いて良い刀になってから戦に出よう、そういう魂胆だ。日本語が母国語である以上、日本で研磨した方がお金も労力もかからない。まあつまり、日本で実力を磨いてから海外に出てみようと思っていた。

大学に入学後、すぐに交換留学という存在を知り、焦点を合わせた。同じ学部に通っている姉に「何回生に留学したらいいと思う?」と聞いたら、「2回生暇だった」と言われたので、2回生の後期に留学しようと決めた。調子に乗って大量の授業をとり、夏休みはTOEFLの勉強に勤しんだ。結果、GPA3.9、TOEFL105/120という「いえーい」というような成績を準備し、申請することになった。大学1回生、希望に溢れた夏のことである。若い。

行き先は、英語圏。憧れのアメリカか、大好きなカナダに行こうと考えていた。自分の英語能力を試したかったのである。つまり、カナダのフランス語圏は、アウトオブ眼中。マギル大学という大学は、全くもって目に止まらなかった。第一志望はカナダのトロント大学。第二希望はワシントン大学。成績が良かったので、自信満々で書類を提出した。甘い。

メールで不採用通知が来た。びっくりして椅子から飛び落ちそうだった。と、同時に「やっぱ京大だと成績めっちゃいい人いっぱいいるんやなあ」と悟った。メールの最後に「まだ席が空いてる協定校があるから、第三希望出したかったら連絡ください。」とあったが、なんせトロント大学に行く気満々だったので、来年もう一回チャレンジする気持ちの方が強かった。

どうすればいいか分からず、いろんな人にアドバイスを求めることになる。

(続く)(疲れた)

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