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「 アート・コレクターと税制 ― マイ・ルール構築に向けて 」 #2-1 美術品の資産としての特徴―総論

 本note記事のシリーズは、アート作品をどのように買い、所有し、あるいは引き継ぐのか、アート作品にかかわるコレクター側の意思決定について、マイ・ルールを構築するにあたり少なからず影響するであろう経済的側面、とりわけ税制に着目して整理を試みるものだ。

前回記事 #1アート・コレクターの経済活動と税制では、アート・コレクターに関係する税制の全体像をざっくりと俯瞰した。今回はコレクター側の経済的意思決定を考える前提として、美術品の資産としての特徴をゆっくり掘り下げていきたい。

# 2-1美術品の資産としての特徴―総論

美術品とは何か

 まず、美術品は法律上どのように定義付けられているだろうか。曖昧さの回避のため、そこから始めたい。

 例えば、美術品が文化的資本として広く公開・活用されることを促すための法律である、「美術品の美術館における公開の促進に関する法律」において「美術品」とは、「絵画,彫刻,工芸品その他の有形の文化的所産である動産」であると定義される。

また、美術品の主たる鑑賞機会である展覧会における、政府による美術品の損害補償の仕組み等を定めている、「展覧会における美術品損害の補償に関する法律」においても、やはり美術品は「絵画、彫刻、工芸品その他の有形の文化的所産である動産」と定義されている。

  さらに、海外の美術品等の国内における公開促進を図るための法律である、「海外の美術品等の我が国における公開の促進に関する法律」において、海外の美術品等とは、1、絵画、彫刻、工芸品その他の有形の文化的所産である動産、2、前号に掲げるもののほか,学術上優れた価値を有する動産で政令で定めるものであるとされ、同施行令において2として具体的には、①化石、②希少な岩石、鉱物、植物又は動物の標本、③前二号に掲げるもののほかこれらに準ずる程度に学術上優れた価値を有するものとして文部科学省令で定める動産、が挙げられている。

 国税庁は、減価償却資産の範囲に関連した法人税及び所得税の基本通達の改正を受け、平成27年5月に「美術品等についての減価償却資産の判定に関するFAQ」を公表した。それによれば、この規定の対象となる美術品等は、絵画や彫刻等の美術品のほか工芸品などであるとされ、基本的に上記法律上の美術品を想定しているものと思われる。

日夜試される新しい表現方法

 広義にアート作品と呼ぶべきものの性質は多様であり、日夜新しい表現方法が試されている。例えば、デジタルデータやプログラムの形態を持つ作品もあるだろう。最近では仮想空間上でバーチャルな表現作品が発表され、取引されている。

 本記事は、日々誕生する多様な作品群の、物理的あるいは流通上の特性を整理することをテーマとはしていない。しかし、アート作品を「資産」として捉える場合には、作品としての何らかの価値が認められ、実際に購入が可能であり、当該作品を所有したり、あるいは法的に所有せずとも、何らかの形でその効用を(いわば独占的に)享受し得るものを想定していく必要がある。

そもそも資産の本質とは

 ところで、「資産」とはそもそも何であろうか。資産としての「美術品」を考える前提として「資産」の本質についても、整理しておきたい。

 会計学の世界で「資産」の本質とは、経済主体となりうる人や組織体に帰属する「用益潜在力」であると考えられている。

 「用益潜在力」とは、いわば「将来の経済的便益獲得力」のことを表している。もう少し噛み砕くならそれは、価値ある他のものと交換できるとか、何らか価値あるものを創造したり、生産したりするのに利用できるとか、あるいは負債を弁済するのに利用できるといった形で、その資源を支配する経済主体に「役立つ」力のことを指している。

 さらに、これをもっと広く捉えるならば、経済主体の経営などの目的への役立ち、あるいはそうした諸目的に関連する欲求を充足させ得る力、と言うこともできるだろう。経済主体である「個人」を想定する読者にとっては、最後に書いた表現が最もしっくり来るものではなかろうか。

会計が取り扱えるもの、取り扱えないもの

 余談だが、会計の世界では「資産」の全てを取り扱えるわけではない。会計上はあくまで「貨幣額で測定・評価が可能である」ということが大前提である。(現代の会計制度における資産の評価基準としては、取得原価主義、時価主義などがある。)

 例えば自ら生み出した技術、ノウハウ、組織文化、ブランドといった無形の価値あるものは、取引されない限り、資産として「計上」されない。貨幣額による測定・評価が難しいからである。ここに会計学の限界があるが、だからこそオンバランス化(=計上)されないものに宿る見えにくい潜在的価値に個人的には面白みを感じもする。

 我が国の会計基準の概念的基礎を構成する「概念フレームワーク」によれば、「資産とは、過去の取引または事象の結果として、報告主体が支配している経済的資源のことを言う。ここでいう支配とは、所有権の有無にかかわらず、報告主体が経済的資源を利用し、そこから生み出される便益を享受できる状態をいう。経済的資源とは、キャッシュの獲得に貢献する便益の源泉をいい、実物財に限らず、金融資産及びそれらとの同等物を含む。経済資源は市場での処分可能性を有する場合もあれば、そうでない場合もある」とされる。

 本テーマにおいて、キャッシュの獲得に貢献する便益の源泉だ、と言われるとすぐに強烈に違和感を生じる人が一定数出るだろう。概念フレームワークは、あくまで「企業会計」の基礎にある前提や概念であることを補足しておく。

動産としての美術品

 さて、「美術品の美術館における公開の促進に関する法律」に従い、まずは美術品を「動産」の一種と考え、その特徴を整理する。絵画、彫刻、工芸品などがその中心だ。

 民法において「動産」とは有体物のうち不動産(土地及びその定着物)以外の「物」と定義される。

 「有体物」とは、空間の一部を占める有形的な存在であり、「物」は人が物理的に支配可能な有体物を指す。「所有権」に代表される、物に対する権利すなわち「物権」の客体(≒対象)が「物」である。

 一方、形を持たない存在は「無体物」であって、「物」ではない。したがって、例えば預貯金などの「債権」や、著作物を対象とする「著作権」は「物」の定義から外れる。

  電子データやプログラムのように有体物以外の形態を持つアート作品は「物」でない、ましてや「動産」ではない。ゆえにそれ自体は前述の「美術品」の定義に当てはまりそうにない。このことに伴う影響については、様々な議論が生じ得るだろう。

「物」は不動産と動産に分かれる。「不動産」は基本的には動かせないという特徴を持つのに対し、「動産」の基本的な特徴は持ち運び可能であることだ。

 世の中には、不動産である建物自体を直接の(表現のメディアないし場という意味での)キャンバスにした作品もあるが、それらはいったん例外的な位置付けに置き、話を先に進めることにしよう。

「動産」には、美術品の他、現金、貴金属、家財、販売用の商品在庫や自動車や船舶など多種多様なものがある。その特徴は様々だ。たとえば、美術品と同じく「動産」の一種である「貴金属」と比較してみるとどんな共通点、相違点が浮彫りになるだろう。あるいは「金融資産」や「不動産」と比較してみた場合はどうだろう。自明と思わず、一つ一つ丁寧に比較することで見えてくるものがあるのではなかろうか。

 次回は、美術品を他の種類の資産と具体的に比較し、その特徴を炙り出すこととする。# 2-2 美術品の資産としての特徴 - 預貯金、株式、美術品 へ 

                      Artwork by Takashi Horisaki
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