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アート・コレクターと税制―マイ・ルール構築に向けて #4-1 美術品を手放す~通常の譲渡編

 本note記事のシリーズは、アート作品にかかわるコレクター側の意思決定について、マイ・ルールを構築するにあたり少なからず影響するであろう経済的側面、とりわけ税制に着目して整理を試みるものだ。( 注)ここではコレクターという言葉を、いわゆる収集家というレベルの方だけでなく、例えば数点の作品を購入し自宅で楽しんでいる、これからそうしてみたい、といったアート好きを含む、より広義のニュアンスで使用している。

  さて、前回 #3美術品を買う、所有する~減価償却の話を中心に ではアート作品を購入し、所有する際に関係する税制や会計上の仕組みについて整理したが、入口があれば「出口」もある。そこで今回は、アート作品を手放す際に関係する税制などについて整理していこうと思う。

※ 途中ややこしい話も度々出てくるため、結論だけ早く知りたいという方は、最下段少し上のまとめの箇所をさっとご参照いただければと思う。

#4 -1 美術品を手放す~通常の譲渡編

アート作品の「出口」を想像する

 作品を購入する際、それを手放す時のことまで考えている、という人は少ないだろう。人はモノを購入する時、手放す際のことまでなかなか想像しない。自宅等の不動産や自動車、家電製品、家具といったいわゆる耐久消費財、書籍や洋服などの購入でさえそうなのだから、アート作品についてだけ特別に「出口」を考慮する、と言ったことは少し考えにくい。

#0アート作品を買うということ でも書いたように、アート・ラバーズにとって、アート作品を購入し所有することは、それへの愛情を示すアクションの一つであり、そこには自己表現その他それぞれに固有の動機があるだろう。

 購入者にとってアートの価値とは何か?なぜそのアートを買うのか?そうした問いに自分らしい解を持ち、言語化出来る人ばかりではない。でもそれでもいいはずだ。ただ、こうした問いに答えを得ていくプロセスの中で、コレクションはその主体にとってより有意義なものになっていくかもしれない。

 長い人生の中で作品との関係性が変化することもある。コレクションの方針を見直し、特定の作品(群)を手放して、新たに別の作品(群)を買い足すことだってある。人生に何かしらの変化をもたらすべく、あえて所有作品を手放すという人だっているだろう。

 引っ越しなどによる住環境の変化や、家族構成の変化などは、作品を手放す直接のきっかけになるはずだ。

 また、アート作品を手放すというシチェエーションの中には、所有者にとって止むに止まれぬ事情があることもある。例えば、事業上の業績難・資金難、経営方針の転換や事業撤退等、止むに止まれぬ事情で作品を売却しなければならないケースがその例だ。

 アート作品の市場価値が上昇した場合には、手放したことに伴う現金流入が身を助けることもある。そうした資金を通じて、教育資金や介護資金、事業資金、納税資金などを捻出出来、自分や家族が救われることだってあるだろう。

 作品を手放すというシチュエーションは、ここでは到底書ききれないほどに様々なものがあるだろうし、そこには悲喜こもごものドラマもあるかもしれない。

アート作品の売却に影響する要素

 さて、#2-3 美術品の資産としての特徴―貴金属、不動産、美術品 でも書いたように、「美術品」所有の難しさの一つはその売却の難しさにある。美術品取引は基本的に相対で行われるため、売主・買主の事情や、作品そのものの個別事情が、売却可能性に影響を与える。

 国内においてはセカンダリー市場がまだまだ未成熟であり、オープンなマーケットにおいて、様々な情報を得ながら、売り手としていつでも自由に売却できる、といった環境についてはまだまだ発展途上だ。

 出口においては、高度な流通市場がない中で、透明性確保のため、買い手は作品のプロブナンスや真贋の調査コストを覚悟し、売り手は買い手の探索コスト等を負担することになる。

 いざ作品を売却するとなった時、具体的にはどんな方法があるか。買取事業者・店舗に買取を依頼する、美術オークションに出品する、といった方法がその例だ。

 国内の美術オークションは増加傾向にあり、カジュアルに参加できるものも増えてきている。ただ、会員登録料、出品料を含むオークション手数料はけして安くないので、どんな所有作品でも気軽に出品出来るかというと、けしてそうではないだろう。また、換金まで通常月単位のタイムラグが生じるため、即時換金が可能というわけではない点には注意しておきたい。

 美術品買取に欠かせない真贋チェックや査定作業の費用が無料という事業者もある。売却準備にあたりまずは査定依頼を行い、売買時の手数料や、換金可能時期の目安についてもあらかじめチェックしておくとよい。

 最近では美術品の信託サービスを始める金融機関が出てきているが、そうしたサービスが作品の保管・売却等を円滑に進めたい人の期待にどこまで応え得るのかは個人的に気になるところだ。

アート作品売却に伴う税金

 では美術品を売却する際の税金はどのようにして決まるのか。個人が美術品を売却するケースと、法人が美術品を売却するケースとに分けて以下で整理していきたい。個人であれば所得税法、法人であれば法人税法など関係する法律が異なるからだ。

1、個人が美術品を売却するケース

(1)美術品を事業活動の中で譲渡した時の所得:事業所得

 まず、所得税は個人の「所得」、つまり儲けに課税される税金だ。事業を行う個人が美術品を商品として仕入れ、それを販売して利益が生じたならば、「事業所得」ないし「雑所得」としてその利益部分が課税計算の基礎となる。他に特別の控除制度はないし、その一部が非課税になるといった措置もない。もしも販売の結果、売却損失が生じたならば、その損失はその年において他の収入などと相殺され、課税所得を押し下げる効果を持つことになる。

・事業所得 = 売却収入(譲渡価額)-取得原価 -譲渡費用
(雑所得) 

(2)美術品を事業外で譲渡した時の所得:譲渡所得

一般に、個人が事業と関係ない自己の所有物である資産を譲渡し利益が生じた場合には、資産の値上がり益が実現したと考えて、その儲け部分が「譲渡所得」として課税される。( たとえ換金され現金を得たとしても買った額より低い金額で売ったのなら「儲けは無い」、ゆえに所得税は課税されない。)

(注)「譲渡所得」とは「資産を譲渡したことによる所得」のことをいうが、在庫を販売した際など事業に関連する所得や、山林を売却した際の所得は別の種類の所得として課税されるため、ここからは除外される。

 例えば土地・建物などの不動産を売却した時や、株式を売却した時に利益が生じた場合にも、それは資産の譲渡であるから「譲渡所得」として課税される。ただし、不動産や株式の売却と「美術品」の売却では課税ルールが異なるため注意が必要だ。

 まず不動産や株式では「分離課税」といって、他の所得とは合算せずに一定の税率をかけて税額を計算する。これに対して「美術品」への課税の特徴はいわゆる「総合課税」だ。「総合課税」では、他の種類所得、例えば給与の所得や事業の所得等と合算して税率をかけて税額を計算を行うという点が特徴で、かける税率は一律でなく「累進課税」の税率だ。

・分離課税・・・不動産、株式の売却など
・総合課税・・・その他の資産の売却など
(例外:生活に通常必要な動産は非課税)

※「累進課税」とは、課税対象の所得が大きくなればなるほど、段階的に適用される税率が高くなる仕組みのことをいう。同じ取引でも所得水準の高い人に適用される税率の方が相対的に高くなるため、結果的に所得水準の高い人の税額がより高くなる。

「総合課税」の対象となる資産の譲渡には、美術品の他にも、各種の動産や、法律上の権利などの譲渡も含まれるが、家具や衣類など「生活に通常必要な動産」の譲渡は例外的に非課税になる、という点が重要だ。これは生活に必要なものを売って得た利益にまで税金を負担させるべきではない、という考え方に基づく。

 では「通常生活に必要かどうか」ということを決めるものは何なのか?本人が’生活に通常必要だ’ と考えていればそれでよいのか・・残念ながらそうではない。

生活に通常必要な動産とは?ー30万円基準

「生活に通常必要な動産」とは「自己または配偶者その他親族が生活の用に供する家具、じゅう器、衣類、その他の資産」とされ、「美術品」は「その他の資産」の中に含まれるのが通常だ。ただし、1つあたりの価額が30万円を超えるものについては「生活に通常必要な動産」から除外しなければならないルールだ。

 端的に言えば、そこそこ高額な値段が付く作品を手放すという場合は、「生活に通常必要な動産」の売却とはさすがに言えないだろうと考え、仮に利益が出たら課税するが、そのラインが30万円だということだ。

美術品譲渡に課税される税金

 では実際に作品の譲渡で、どの程度税金が課されるのか?以下では一つあたりの売却価額が30万円を超えるケース(生活用動産と見做されないケース)を例に考えていこう。

・・・ここまででも十分にややこしい話だが、ここからさらにややこしい話として、所有期間の短期、長期の別、という話が加わっていく。

(1) 譲渡までの所有期間が5年以内(短期)

まず、譲渡までの所有期間が5年以内の場合には、総合課税の対象となる譲渡所得は以下の計算式で計算される。ここでのポイントは利益年50万円までは税金が掛からないということだ。

譲渡所得=譲渡価額ー(取得費 + 譲渡費用)-特別控除額(50万円)
※取得費が不明な場合は、譲渡価額の5%で計算しなければならない。

(計算例)
50万円で取得した美術品を150万円で売却し、売買手数料として30万円を支払った。

譲渡所得=150ー(50+30)ー50=20万円
→ 総合課税の対象金額は20万円

(2) 譲渡までの所有期間が5年超(長期)

次に、譲渡までの所有期間が5年超の場合には、総合課税の対象となる譲渡所得は以下の計算式で計算される。ここでのポイントは利益年50万円までは税金が掛からないということに加え、特別控除後の譲渡所得のうち課税対象は 1/2部分のみ、ということだ。

譲渡所得=譲渡価額ー(取得費 + 譲渡費用)-特別控除額(50万円)
総合課税の対象金額:譲渡所得 × 1/2
※取得費が不明な場合は、譲渡価額の5%で計算しなければならない。

(計算例)
50万円で取得した美術品を150万円で売却し、売買手数料として30万円を支払った。

譲渡所得=150ー(50+30)ー50=20万円
→総合課税の対象金額:20 × 1/2=10万円

2、法人が美術品を売却するケース

 法人の「所得」に対しては法人税が課税される。美術品売却により利益が生じた場合は、その全額が課税所得を構成し、法人税の課税対象となる。やはり税金計算上特別の控除はないし、その一部が非課税になるといったこともない。もしも販売の結果、売却損失が生じたならば、その損失はその年において他の収入などと相殺され、課税所得を押し下げる効果を持つことになる。

まとめ

 美術品売却に関する税金は、事業の一環で作品を所有し売却する場合は、利益部分全体が課税対象となると考えて差し支えないが、事業とは関係なく売却するという場合には、課税のされ方が場合により変化するので、以下のポイントに気を付けて売却計画を練っておきたい。

① 取得から5年超経過後に売却する方が課税上は有利。

② 譲渡所得が生じた場合も年合計50万円までは課税されない。

③ 譲渡所得計算にあたり取得費が不明な場合は、譲渡価額の5%で計算しなければならず、税金が高額になることがあるため、取得費の明細は破棄せず必ず取っておく。

④ 作品の譲渡価額が30万円以下なら課税されない。(生活用動産は非課税)

(注)ただし相当な期間に渡り継続して譲渡しているような場合、①〜④の取扱いに関わらず、事業所得ないし雑取得と見做される可能性があるため注意が必要。

特殊なケースについて

 美術品を自ら愛しむべく購入した場合に、事情があって手放す際も、わざわざ換金しようと思わないこともあるだろう。お世話になった人、大切にしてくれる人等に「差し上げたい」と思うこともあるだろう。

 では、このように無償や低額で作品を譲渡するような場合には、税金のことは気にしなくていいのだろうか。・・実はそうしたケースでも思わぬ落とし穴がある。そこで、次回は作品を手放す際の特殊ケース、作品の無償の譲渡、低額な譲渡などについて取り上げていきたい。#4-2 美術品を手放す~特殊な譲渡編1 へ

                                                                                Artwork by Nobuyuki OSAKI
                                                                                  Instagram@nobuyukiosaki

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