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「アート・コレクターと税制―マイ・ルール構築に向けて」#1アート・コレクターの経済活動と税制


 本note記事のシリーズは、アート作品をどのように買い、所有し、あるいは引き継ぐのか、アート作品にかかわるコレクター側の意思決定について、マイ・ルールを構築するにあたり少なからず影響するであろう経済的側面、とりわけ税制に着目して整理することを目的とする。

 前回記事:#0アート作品を買うということ では、アートの価値、価格との関係、アートを買うということについて書いた。今回はアート・コレクターを取り巻く税制の全体像をざっと眺めていく。

#1アート・コレクターの経済活動と税制 

アート・コレクターに纏わる経済活動

 まずはアート作品の所有や利用を中心とする、コレクターの経済活動の例を見てみよう。たとえば以下のようなものがある。

・アート作品を鑑賞することに伴うもの
・アート作品を購入、所有または(独占的に)利用することに伴うもの
・アート作品を手放すことに伴うもの 
・アート作品を遺す、引き継ぐことに伴うもの 

アート作品を鑑賞する

 アート作品を鑑賞する行為は様々な場所で行われる。例えば、展覧会、ギャラリー、芸術祭、アートフェア、各種施設内や公共空間、ないしはインターネット空間において、有償・無償の鑑賞が可能だ。

  展覧会チケットを購入するという行為一つ一つは、経済的インパクトの大きな行為ではないため、アート・コレクターの経済的意思決定を考えるうえでは、サブ的扱いとなる。しかし、この鑑賞体験こそが各々固有の動機を生成し、作品を所有し愛しむ起点となるはずだ。

アート作品を購入し、所有または利用する

 いざアート作品を購入しようというとき、主要な購入場所としては、ギャラリーやアートフェア、オークションなどがある。世界的に成長しているとされるオンラインアートマーケットは、日本ではまだまだ小規模なチャネルだ。

  作品を購入するという行為の持つ経済的な意味合いは、購入主体の目的により異なる。

 たとえば、事業を営む個人や企業が、その事業に関連してアート作品を購入するという場合、販売目的で仕入れたものなら、会計上は「商品」となるし、自社(自己の事業)で利用する目的で購入したなら、「固定資産」として取り扱われる。前者は美術商のケース、後者は非美術商のケースだ。

 ところで、会計の世界には、資産を「貨幣性資産」と「非貨幣性資産」に分類する考え方がある。

 「貨幣性資産」は現在または将来において貨幣で回収されうる資産、言い換えれば換金が想定される資産であり、「非貨幣性資産」はそのような性質を持たない資産である。「非貨幣性資産」の中には、将来的に費用に転化する性質の資産、いわゆる「費用性資産」が含まれる。

 美術商が仕入れるケースのように、作品が「商品」となる場合、将来の販売時に「売上原価」として費用に転化される。一方、非美術商が購入するケースのように、その作品を事業で利用する目的で購入する場合は「固定資産」として扱われ、場合によっては「減価償却」の対象となる。

「減価償却」とは、資産の価値の減少を資産の評価額に反映させるための会計上の仕組みだ。言い換えれば、「固定資産」を費用に転化するための具体的方法のことである。

 最近の法人税法や所得税法における美術品に関する減価償却制度の改正は、事業家、とりわけ非美術商による購入意思決定に少なからず影響を与える。特殊な制度なので、あらためて別の回に詳しく取り上げていきたい。

 以上事業家のケースを記述したが、非事業家として、例えば個人が自宅に飾り趣味的に楽しむ目的で購入する場合には、その行為は事業とは無関係であり、経費化はされない。

アート作品を手放す

 さて、長い人生の中では、所有していたアート作品を手放す、というシチュエーションもあるだろう。

 人の趣味嗜好、美的感覚は変化する。また、住環境の変化により作品を取り巻く物理的環境が変化することがある。家族構成が変わったり、ライフステージに伴い経済状況が変化し、手放す必要性が出てくるというケースもある。

 例えば、あらかじめ相続税の納税資金を準備しておくために、あるいは相続後に残された家族の意思により、作品が売却され換金されるケースがある。事業家であれば、経営危機や経営方針の転換、廃業などにより、放出するケースもあるはずだ。

 資金に困ったとき、美術品を担保に融資を行う制度もある。しかし、もしも債務の弁済が困難になった場合には、質物である美術品は強制的に換金(競売)されてしまう。

 アート作品を手放すというとき、所有者にとって止むに止まれぬ事情があることもある。逆に前向きなシチュエーションもあるだろう。作品を大事にしてくれるであろう主体の元に行くなら、作品にとっては幸せなシチュエーションと言えるかもしれない。

 アート作品を売却して利益が出た場合の課税関係はどうなるか。作品売却の時期について注意すべきことはあるか。市場価格が高騰しているような作品を、相当に安い金額で譲った場合に注意すべきことはあるか。あるいは作品を寄贈するにあたって注意すべき点は何か。こうした点も別の回で整理していきたい。

アート作品を遺す、引き継ぐ

 自分の死後も、遺族のもとにアート作品を遺す、ということは簡単ではないだろう。

 なぜなら故人が残した美術品に対して遺族が同等に価値を感じるかどうかは不確実であるし、住環境における現実的な空間や管理コストの問題もある。家族との関係性だって色々だろう。

 最近は美術品の信託サービスを始める金融機関が出てきた。信託サービスを利用して作品の散逸を防ぎながら、作品の継承や保管・売却等を円滑に進めたい個人・法人がターゲットだ。

 大好きな作品も、死後の世界までは持っていけない。死後の作品の処遇は残される人に全面的に委ねるという選択もある。

 高いマーケット価格が付く作品などについては、相続税負担の問題が遺族を苦しめる場合もあるだろう。相続税法上、相続財産の評価は時価評価が原則だ。美術品などは売買実例の他、精通者意見価格等を参酌して、評価額を決定しなければならない。

 こうした問題があるため、相続対策として生前に作品を売却したり、一定の方法で国、自治体、独立行政法人、公益社団・財団法人、学校法人などに寄贈あるいは遺贈するといったことが行われている。所得税や相続税を非課税とする要件は厳格であり、周到な事前準備やネゴシエーションも必要だ。これらの対策に関係する租税特別措置法上の取扱いは別の回に取り上げる予定だ。

 文化財レベルの作品ともなれば、国・自治体や国立美術館などに譲渡する場合、所得税の非課税措置を受けることができる他、「登録美術品制度」を利用して、相続税納税時の当該美術品の物納順位を上げることもできる。相続税上の物納の取扱いについても別の回に整理することにしたい。

 最近では特定の美術品について、一定の計画の下、美術館に継続的に寄託することを要件に、相続税の納税猶予を認める制度も創設されている。国としても次世代に価値ある文化・芸術が継承され、何らかの方法で社会的に活用されることを促進する方向だ。

 美術業界ではしばしば税制優遇の拡大が叫ばれるが、課税の公平性の観点に着目すると、どうなのか。芸術や文化と社会との関係性、そして相続税制度の基本的な設計思考を踏まえ、現状の「遺す」ための制度の状況についても、考えていきたい。

 次回は、まず手始めに、アート作品を購入するという経済行為を相対的に捉えるために、美術品の資産としての特徴を、他の資産と比較しながら、ゆっくり掘り下げてみようと思う。→ # 2-1美術品の資産としての特徴―総論


                                                                                Artwork by Takashi Horisaki
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