「アート・コレクターと税制―マイ・ルール構築に向けて」#2-2 美術品の資産としての特徴 - 預貯金、株式、美術品

 本note記事のシリーズは、アート作品にかかわるコレクター側の意思決定について、マイ・ルールを構築するにあたり少なからず影響するであろう経済的側面、とりわけ税制に着目して整理を試みるものだ。

前回記事:# 2-1 美術品の資産としての特徴―総論 ではアート作品を資産として捉えるための基本的な思考を整理した。今回はさらに踏み込み、他の種類の資産と「美術品」を具体的に比較することで、その特徴を炙り出していこうと思う。

# 2-2 美術品の資産としての特徴 ― 預貯金、株式、美術品

預貯金と美術品

 容易に想像が付くところだが、「預貯金」は寝かしておくだけで(超低金利ではあるが)利子が付く。しかし「美術品」は寝かしておくだけで金利が得られるといったことはまずない。それどころか場合によっては倉庫代等が嵩むだろう。(もっとも預貯金もこの時代にあっては引出しを繰り返すだけで手数料が嵩んでしまう。)
 
 「美術品」所有において、資産を保有することで流入してくる収入、すなわち「インカムゲイン」は殆ど期待できない。絵画の貸出サービスで得る収入のように「美術品」も「インカムゲイン」を全く得られないか、というとそういうわけでもないのだが、「インカムゲイン」が得られる状況は極めて限定的だ。

 多くのアート・ファンは、アート作品の真の「インカムゲイン」とは、作品を鑑賞する、傍に置くことで得られる精神的な高揚や安らぎ、充足などだと主張するだろう。個々における精神的な満足度は、客観的な測定が不可能なものだ。

 ところで「預貯金」は、金融機関により元本や利子の支払が保証され、万が一の場合も「ペイオフ方式」により一定の元本が保護される、いわゆる「安全資産」だ。また、低金利で収益性は低いが、容易に換金可能な流動性の高い資産である。

※「 安全資産」:元本が保証されており、価格変動がないか、少ない資産のこと。ただしインフレの影響を受けたり、金融機関の破綻により回収が保証されない可能性もある。

 対する「美術品」は、換金可能性が基本的に低く、キャピタルゲインが得られるかどうかは不確実という、経済的にはハイリスクな投資対象だ。そのため投資目的であろうと、使用目的であろうと、それなりの覚悟と予算制約の設定が必要である。個人的意見として、「美術品」購入においては、家計・事業体いずれも、利害関係者(配偶者などの家族、投資家、従業員、顧客等)の意向を無視出来ない、もとい無視しない方が身のためだ。

株式と美術品

 続いて、「株式」と「美術品」を比較してみよう。「株式」の特徴は、市場価値が絶えず変動し、預貯金のような元本保証の仕組みがなく、企業の経営破綻によって紙くずとなる可能性もある、いわば「リスク資産」であることだ。それと引き換えに「インカムゲイン」として剰余金の配当や株主優待などを受けることができ、さらに時価の値上がりにより、場合により大きな「キャピタルゲイン」を得られる可能性もある、というのが特徴だ。

※「リスク資産」:安全資産とは対照的に、利回りを見込めたとしても、元本割れリスクや価格変動による損失リスクを伴う資産のこと。

 なお、上場株であれば、市場を通じて容易に換金が可能だが、非上場株の場合そうはいかない。

 スタートアップ企業に対し、資金提供だけでなく、メンタリング、経営上の指導・助言なども含め支援する個人投資家のことを「エンジェル投資家」と呼ぶが、彼らやVC(ベンチャー・キャピタル)はリスクマネーの担い手でもある。株式に投じられた資金は、企業の経済活動を支える血液となっていく。

 「美術品」投資は、経済的に見た場合、即時の換金可能性の低さや、長期的な値上がりの可能性が、その他の面で見た場合、支援や育成の楽しみや審美眼を試すこと、価値観の表明といった質的側面において、非上場株への投資と類似した面もある、という見方も出来るかもしれない。

 「美術品」に投じられた資金は、芸術や文化を支える血液になる。アート・コレクターの中には、いわばアートにおけるエンジェル投資家的な役割を担っている方もおられるだろう。

 さて、ここからは、家計または事業体における資産の構成を各々想像しながら、読み進めて頂けると嬉しい。

家計における資産構成


 家計における資産構成を考えるとき、「金融資産」と「実物資産」とが対比して説明されることがある。

 「金融資産」は、そのもの自体に価値があるわけではなく、(発行体である)国や企業などの信用力に基づき、その価値が保証されている類の資産である。預貯金、株式はここに含まれる。

 片や「実物資産」は、実際に物として存在し、現物自体に価値が認められている資産だ。不動産、車両、貴金属、美術品などはここに含まれる。

 家計の「金融資産」といった場合、現金や預貯金、株式や債券、保険・年金や投資信託などを思い浮かべる人が多いだろう。日銀の最近の統計によれば、家計の持つ「金融資産」の50%超は現金や預貯金であり、保険・年金は30%弱、株式は10%程度、債券・投資信託はわずか5%程度だという。

 つまり、約8割強が「安全資産」とされる現預金や保険・年金などであり、株式など「リスク資産」の割合はごく僅かだ。

 家計の「実物資産」についても見てみよう。富裕層向けの ’おとなの投資’の対象として、美術品の他、クラシック・カー、ワイン、アンティーク家具といったものが取り上げられる光景を近年目にするが、家計の保有する「実物資産」の主要な部分は、土地、建物に代表される「不動産」である。

 直近の総務省の消費実態調査によれば、家計における(関連する債務を控除しないという意味での)グロスの「現物資産」のうち、居住用を含む所有土地、建物の全体規模は、家計におけるグロスの「金融資産」全体の約1.5倍あり、「不動産」は家計の資産構成の中心的存在であることがわかる。そして、同統計の範囲から「美術品」は外れており正確な規模・構成比率は不明だが、おそらく極めて僅少のはずだ。

事業体における資産構成


 企業などの事業体を想定する場合「金融資産」には前述のものの他、小切手、受取手形や売掛金、あるいは貸付金、デリバティブといったものが加わっていく。

 企業会計における「金融資産」の定義は、「金融商品に関する会計基準」やその実務指針の中で定められている。詳細はここでは割愛するが、平たく言えば、将来販売や利用されることで事業体の収益に貢献し、減価償却等を通じて費用化する資産などでなく、直接に金銭で回収される想定の資産が「金融資産」だ。

 事業体における資産構成は、毎年度末の貸借対照表上の「資産の部」に現れるが、現預金、売掛金、受取手形など「金融資産」の多くはそのうちの「流動資産の部」に計上される。ただし、投資有価証券(長期保有目的の有価証券)や長期貸付金、敷金・差入保証金など、投資その他の資産として「固定資産の部」に計上されるものもある。

 一方、事業体の「非金融資産」の中には在庫や備品、土地・建物など色々あるが、「美術品」もここに含まれる。

 これらの分類上の視点は多岐に渡るため、これ以上の説明は行わないが、#1アート・コレクターの経済活動と税制 でも書いたように、作品を販売対象とする場合、期末未販売のものは貸借対照表の「流動資産の部」に「棚卸資産」として計上され、販売時には「売上原価」として費用化されるのが会計上のルールだ。(ただし委託販売の場合を除く。)

 他方、事業体が事業に直接利用する目的で所有する「美術品」は通常「固定資産の部」に取得原価ベースで計上される。なお、仮にその時価が相当に値上がりし、含み益を抱えていたとしても、売却しない限り、決算書上では顕在化しない。

まとめ

 今回取り上げた各種「金融資産」は、「実物資産」ないし「動産」である「美術品」とは、やはり経済的な面において根本的に性質が異なる部分が多い。では、同じ「動産」同士の「美術品」と「貴金属」を比較してみたらどうか。あるいは家計における実物資産の中心である「不動産」を比較してみた場合はどうか。次回は少しマニアックな回になってしまうが、あらかじめご了承頂きたい。# 2-3 美術品の資産としての特徴―貴金属、不動産、美術品 へ

                                                                                Artwork by Takashi Horisaki
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mari_y

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