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2022年を振り返る。中編

(前編より続く)

また、6月の第一土日で、親族顔合わせ会という名の私たち夫婦の披露宴的な集まりをこなさなければならなかった。ちょうどコロナも下火になっていた頃だ。
この集まりをやりたいと言い出したのは姑である。「しおんさんのご両親にも●●(ダーリン)の育った環境を見てもらいたい」とたっての希望で、正月早々から近くの高級温泉旅館を予約してしまっていた。
ダーリンは長男だし初婚だ。姑の気持ちもわからないではない。だがダーリンの両親以外皆都内近郊に住んでいて、ダーリン一族と私の両親を文字通り顔合わせさせるためだけに、田舎の温泉くんだりまで出かけなければならないのだ。誰もが心の裡では「こんな集まりやらなくてもいい、むしろやりたくない」と不満に思っていたし、当のダーリンが一番嫌がっていた。ということを姑は知らないだろう。
義両親は宿代を全部持ってくれたが、足代は自前で行かねばならず、初月給をもらう前の身でのこの出費はかなり堪えた。足代だけでは無論済まなかった。主役は私たち夫婦であり、集まってくれた皆を手ぶらで帰すわけにはいかぬと手土産なども用意したし、カメラマンを呼んで一同の集合写真も撮ったし、義姉の発案で両親へのお礼の花束と手紙を添えなければならず、この時びっくりするくらい諭吉が飛んで行ったものだ。
ダーリンの義兄に司会進行をしてもらい、義姉妹の計らいで豪華なケーキやシャンパンが振舞われ、宴はつつがなく終えることができた。全員姑のためを思って、姑が満足するよう動いたのだが、翌朝姑は「料理もさして美味しくないし大した宿じゃなかった」と一人怒っていた。

その大役をこなした後は、特段何ということもなく日々は過ぎていった。例年より梅雨の始まりが早くて短かったということ、台風が来る時期も早かったし上陸した回数が多かったということ、夏も猛暑と脅された割には秋が来るのもあっという間だったような気がする。
しかし、この顔合わせ会を終えた後くらいから、ダーリンが作業所に通えない日々が続いた。恐らく蓄積された疲労によるものだと思う。そこで私はついに立ち上がってしまった。

ダーリンの通う作業所の責任者であるK女史に私はおもむろに電話をしアポを取り、その30分後くらいにはK女史と対座していた。そして開口一番「ダーリンを退職させるために今日は伺いました」。

K女史は大層驚き、何とか辞める方向ではない方法を模索してみてはと提案してくれたが、私がダーリンの家での様子や時折漏らす作業所への不満などを吐露すると、「もう●●さん(ダーリン)の心はここから離れてしまったようね」と観念したように呟いた。

そこからはあれよあれよという間にダーリンの退職が決まった。1年4ヶ月の短い就労期間だった。それでも私はよく頑張ったねとダーリンを労った。これ以上無理を続けさせることはできなかったし、傍で見ていてつらかった。毎朝行くの行かないのと逡巡する時間が一番地獄なのだ。甘えも出るが、ちょっとでもここで無理をするとかえって長期にわたって休んでしまう危険も孕んでいる。その匙加減は本人でもとても難しい。

そして盆を過ぎた辺りから今度は私が倒れた。下痢と腹痛に加えて発熱があった。近所のクリニックにかかると医者はウィルス性胃腸炎だという診断を下した。時節柄またコロナの感染者数が増え始めていたため、会社は37度以上の発熱があれば出勤するなと言ってくる。熱が下がらず1週間が過ぎてしまった。最終的にはPCR検査を受け、陰性の判定が出るまで出勤できなかった。

さらに9月の下旬から10月頭にかけて、今度は私がすとんと鬱スポットにはまってしまった。その穴から1週間抜け出せず、また欠勤してしまった。
そのため会社からはすっかり勤怠の悪い社員扱いをされるようになった。「しおんさんは出勤さえできれば仕事はできるんだから」と温情をいただき、時短勤務をすることになった。

10月下旬~11月末は15:30上がり。
12月~翌年1月末は16:30上がり。←イマココ
2月~3月末は17:30上がりとだんだんと勤務時間を延ばして体を慣らしていき、最終的に4月から定時上がりを目指そうということになっている。

ところがここで、来年4月からは会社の定時が9:00~18:00になるという通達が出たのだ。私にとっては願ってもないことで、17:30上がりで体を慣らした後は30分しか違わないで済むという実にラッキーな状況下に置かれている。
時短だと帰りの掃除当番を免除されたりだとか、業務が途中だと誰かに引き継いだりなど、チームの皆に皺寄せが行く。それが申し訳なくてお菓子を時たま配って胡麻化している。
何せ一年半近くも無職が続いたようなものなので、身体が仕事モードになかなか慣れなかったのだろうと思う。今はとにかくもう休まないよう、チームメイトや会社全体に迷惑をかけないよう、出勤することで信頼回復に努めるしかないのだと思う。

一方ダーリンは、また働きたくてうずうずしている。そう言いつつ具合が悪く、寝ているだけの日も続いている。要するに調子が安定しない。
そんな中、年の瀬も押し詰まった頃に事件は勃発した。(後編に続く)