見出し画像

コンクールの苦悩

2018年最後の脚本コンクールへの応募が完了した。

脚本コンクールというのは大きいものから小さなものまで色々とある。映画、テレビ、ラジオ、ネット。開催しているのも、テレビ局だったり、それ系の協会だったり、地方自治体だったり。下手したら、毎月締め切りが来るくらいたくさん開催されている。もしかしたらあまり被らないように締め切りのタイミングを考えて作っているのかもしれない。

そのお陰で、今度はどこのコンクールに出してみようとか、これは毎年出そうとか、計画的に書くことができる。出来るわけだけど、締め切りがあるが故に、ギリギリにならないと本腰が入らないこともよくある。これは私の悪いクセ。そして締め切りがあるが故に、本当はまだまだ悩み抜いて考え抜いて書き上げたいのだけど、「えいっ」って出してしまうことがほとんどである。きっと締め切りがいつであっても、最後の最後まで足掻くんだけど、出した後に「あ、あそこあぁ書けば良かった」とか「もっといい設定があった」とかタラタラ後悔の念が押し寄せてくる。

舞台の脚本だったら、作りながら変えていくことも可能で、役者の声が反映されることもある。でもコンクールはそうは行かない。それはきっと何かの発表会でも、スポーツの試合でも、お笑いコンテストでも同じなんだろうけど、脚本は全て自分のペースで進めていき、相手がいないわけだから全責任は自分にあるからこそ、あとからクヨクヨしてしまうのかもしれない。そうならないように書ければ一番いいと分かっている、一応。

そして不思議なことに、そうやって悩んで書き上げた作品のどれも、読み返してみると面白いと感じるのである(笑)。どんだけ自分の作品好きやねんって感じなんだけど。もっとこう書いてたら、と思う一方で、なかなか面白いですね、って思う自分がいる。

自分の作品は好きでありたい、だけど、一番冷静に客観的に見ることができる自分もいないといけない。現に、賞が取れていないのだから。ストーリーの面白さ、セリフ、設定、描写、色々と課題がある。それも痛いくらい分かっている。。

コンクールに通らず、成仏できていない作品をブラッシュアップして、どこかで発表できたらいいなと思う。通らなかったから面白くないわけではないと思う。そう思いたい。なんて自己評価しつつ、反省しつつ、また来年も書き続ける。賞を取ることも、誰かに見てもらうことも、もちろん大切だが、やはり書くことが好きだから。

クリエイトすることを続けていくための寄付をお願いします。 投げ銭でも具体的な応援でも、どんな定義でも構いません。 それさえあれば、わたしはクリエイターとして生きていけると思います!