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文化祭の想い出


 ある辞書によると、文化祭とは『生徒・学生が研究発表・演劇・音楽会・講演会・討論会などを企画実行する文化的な催し』であると説明されている。しかしそんな高い志を持って文化祭に臨んでいる人間がどれだけいるのであろうか。ほとんどいないだろう。むしろ、好きなクラスメイトと急接近できるとか、付き合ってる男女が一緒に出店を回るだとか、そんな浮かれ切ったイベントにしか思えない。


 私の通う女子高では、他の学校の生徒は参加できないようになっていた。いつもと同じメンバーで行う文化祭にどう浮かれればいいというのだ。何をモチベーションに取り組めばいいのか。女子だけの出店、女子だけの催し物、女子だけの…友情?そんなものわざわざ文化祭で培う必要なんてない。
 私には文化祭という舞台でよく起こるらしい「ドラマみたいな恋」や「運命的な再会」とは無縁だ。そう、思っていた。あの瞬間までは。

「文化祭でロマンスを求めるなら、外に出なきゃ」

 発想の転換とはこのことだと、親友の育子が気付かせてくれた。そうだ。ウチの文化祭がダメなら、他の学校の文化祭に出向けばいいんだ!なんでこんな簡単なことが思いつかなかったのだろう。それに気付いたのは3年生になってからだった。

 育子と二人、一番近くて、一般の人も参加できる、ある男子校の文化祭へ行くことになった。近くの駅で待ち合わせをして歩いていると、同じ方向へ進む女子がたくさんいた。その女子たちは明らかにハンターの目をしていた。制服のスカートの丈を3㎝ほど上げ、化粧はナチュラルに見えてしっかりめ、髪の毛は無造作っぽいけど計算されたフォルムだった。いつも通りの着こなしで行った私は自分を責めた。
 門の近くでもらった校内マップを見ながら、ズラッと並ぶ出店を物色しながら歩いた。途中、育子が焼きそばを食べたいと言ったが即座に断った。私はお腹がデリケートなので、どこの誰かも分からない人の作った料理を食べるのが怖かったのだ。残念そうな顔をした育子の目線の先には、爽やかな笑顔でやきそばを焼く男子がいた。短髪で肌が焼けている、体育会系の細マッチョは間違いなく育子のタイプだった。
 いよいよ私たちは校舎に足を踏み入れた。大きく息を吸い込むと心臓がざわついた。そこは男のニオイで溢れていた。汗と砂埃と、そして男性ホルモンの香りを私は鼻の奥で感じていた。それは刺激的だった。活気のある掛け声やせわしなく人が動き回る音も耳に飛び込んで、心が躍った。
 ここは絶対に行こうと二人の気が合った場所があった。しかしそこには既に長蛇の列。小一時間ほど待ってようやくその扉の前に立った私達はドギマギしていた。

「お嬢様、おかえりなさいませ」

パリッとしたタキシードを身にまとったイケメン男子が、立膝をついて私達を見上げ、両方の口角を綺麗に45度上げて微笑んでいた。彼に案内されて席に座ると、どこかで見たことのあるようなメニューが出された。

・愛のオムライス ・LOVERYハンバーグ ・甘えん坊カレー
【オプション】・恋する呪文 ・君へのメッセージ ・夢がのびーる

「ご注文はお決まりですか。お嬢様」

 イケメンは跪いて、座っている私達に目線を合わせて言った。私はどうしていいか分からず「おすすめは?」と彼に訊ねた。「愛のオムライスにオプションをつけてはいかがでしょう」と耳元でハイレゾの良音が響いてきた。考える前に「そうします」と自然に口が動いていた。私はオムライスに『君へのメッセージ』をオプションで付けた。育子はカレーに『恋する呪文』と『夢がのびーる』のダブルでオプションを注文した。イケメンが去った後、私は育子にオプションの意味を聞いてみた。すると勘の良い育子は、これはメイドカフェの男性バージョンだよ、と私に囁いた。確かにネーミングを考えるとそのような気がする。まだ緊張が残っていたが、注文を終えた安堵感と少しだけ雰囲気になれた私は、他のテーブルの女子たちや、給仕しているイケメンたちを見る余裕が出てきていた。どのテーブルの女子たちも顔を高揚させ、いつもより目を1.5倍見開いて、ニコニコ、というより、ニヤニヤしていた。美しいものの前では、男子だけじゃなく、女子もこうなるのだと学んだ。そして自分も間違いなくそんな表情をしていると認識できた。

「お待たせしました、お嬢様」

 イケメンは不意に現れる。さっきのイケメンがいつの間にかテーブルの横に立って、料理を持ってきていた。私のオムライスには「I want you」とケチャップで書かれていた。育子のカレーにはチーズのトッピングが乗っていた。そしてイケメンは育子の耳元に何かを囁いた後ウインクをして去って行った。育子の頬は徐々に紅潮していった。きっと甘い言葉を囁かれたに違いない。私もそのトッピングを付けたくてたまらなくなったが、注文してしまったら負けた気がするので我慢した。そして、君への、つまり私へのメッセージが書かれたオムライスを口に運んだ。冷凍食品の味がしたが、噛むたびに「君がほしい」という言葉が脳内を駆け巡っていた。

 私たちは食事を終え、店を出た。そして体育館で行われているライブを見に行くことにした。プログラムを見ると、バンドが5組、演奏をするらしい。私達が体育館に入った時は、4組目の「futures」というバンドがビートルズのコピーを演奏していた。「未来って名前なのに、過去の曲やるんだね」と育子が言った。確かにそうだ。だけど、曲とは作った瞬間から過去のものになってしまうのだ。未来の歌を歌うのは難しい、と心の中で思った。
 そして、5組目の「Batters」が登場した。ボーカル、ギター、ベース、ドラムの4人が全員坊主だった。バンド名は「バッターズ」つまり彼らは野球部のようだった。彼らの演奏が始まった瞬間、というよりボーカルの声を聞いた瞬間、私の心は鷲掴みにされた。その声は耳じゃなく、身体中の骨に直接響いてくるようで、身体が麻痺している感覚に陥った。1曲終わって、リーダーらしきギターの男子がバンドメンバーの紹介をした。

「ドラムス、3年3組、ひだか りょうま」

なぜか担当と、クラスと、フルネームを言った。そういう決まりなのかもしれない。

「ベース、3年6組、かわの りゅうせい。ギター&ボーカル、3年1組、やまさき まさる。同じく、3年5組、さとなか きらめき」

「きらめき?」私は思わず言った。
「本名かな?きらめきってスゴイ名前だね」育子が笑いながら言った。
私は聞き慣れない名前だから繰り返したのではない。明らかにその名前を知っていたのだ。小学校3年生の頃まで、隣の家に住んでいた男の子と同姓同名だった。きらめき君は小さくて華奢で女の子みたいな男の子だった。私は大きい方だったので、いつもきらめき君を守ってあげていた。彼はいつも私の後ろに隠れて泣くのを我慢していた。

 しかし今ステージに立っているきらめき君の身長は優に180を超えている。そして体つきもガッシリしていて、顔も引き締まった「イケテル」部類に入る男子に成長していた。ふと会場を見ると、彼目当てっぽい女子たちが前の方に集って声援を送っていた。彼は私を覚えているだろうか。彼は本当にあのきらめき君だろうか。約10年の年月は人の見た目を跡形なく変えてしまうのだと驚いた。もしかしたら同じ名前の違う人間かもしれない、そう思うくらい、私の中にあった彼と、ステージに立つ彼は180度違っていた。
 彼の歌う姿を見つめていた。他の誰も目に入らない。そこに音は一切なく、ステージ上の彼と観客の私だけの空間。私の目からレーザービームが出るとしたら、彼は間違いなく死んでいる。それくらい、目を逸らさず、瞬きもせず、見つめ続けた。

「ありがとうございましたー!」

 Battersのライブが終わった。ステージから降りていく彼も見つめ続けた。育子に肩を叩かれ、我に返った。

「タイプでしょ、あのボーカル」

 育子は見抜いていた。でも返事が出来なかった。ステージを降りたきらめき君は私達のほうへ歩いてきたからだ。彼は私に気付いているかもしれない。金縛りにあったようにその場から動けなくなった。


彼の目線が、少しずつ、私の方へ・・・


彼の視界の中に、私が入って・・・


目が合って・・・


 きらめき君は軽く手を挙げた。

 私は嬉しくて、恥ずかしくて、胸がドキドキして、顔から火が出そうだった。やっとの思いで、手を少しだけ挙げた。

「久しぶり」

きらめき君は笑顔で言った。

何と返事をしたらいいのか迷い、一瞬、間が空いた。


「久しぶりやん!」


「・・・・」


その声は私の後ろから聞こえてきた。
振り返ると、ド派手な赤のシャツに黒いパンツを着たベリーショートの同い年くらいの女が高く手を挙げていた。そして女はきらめき君の近くへ行って、バシバシと背中を叩いた。

「あんた、おおきなったなぁ。伸びすぎやろ!」

 それは、私の言うはずだったセリフ。そしてそこから「ドラマみたいな恋」が生まれるはずだった。なのに、この関西弁の女が、私より先に、再会を果たしてしまった。いや、私の順番を追い越して、ズカズカと踏み込んできたのだ。悔しさのあまり、拳を強く握りすぎて、爪が手の平に食い込んで痛かった。関西弁の女をレーザービームで焼き殺せないかと目にありったけの力を込めて睨んでみたが、目は空しく乾いていくだけだった。

「久しぶりじゃん」

 誰かが私の肩を叩いた。我に返った私は、声のする方を向いた。そこにはさっきステージでメンバー紹介をしていたギターの男子が立っていた。残念ながら、今、この男子には用がない。きらめき君を奪われた喪失感で、愛想すらも失っていた。

「俺、さとなか、分かる?」
「え?」
「昔、隣に住んでた」
「さとなか・・・」
「きらめき!」

 きらめき君は関西弁の女と談笑しているはずだ。どういうことだ?この世にきらめき君が2人いるというのだろうか。

「分かんない?俺そんなに変わった?」
「あなたが、きらめき君・・・?」

 よく見ると、小さい頃守ってあげていたきらめき君の面影がそこにはあった。女の子みたいに長いまつ毛と切れ長の目。笑うと薄い唇が三日月みたいな形になるところも変わっていなかった。深呼吸し、頭の中を整理して、改めて彼をしっかり見ると、いわゆるイケメンに成長していると判断できた。

「どうだった?俺らのバンド」
「・・・よかったよ」
「その制服ってN女子?」
「そう」
「今もあそこに住んでんの?おばちゃん元気?」

 守ってあげていたきらめき君は今、会話をリードしてくれている。きらめき君だと勘違いしていた男子はいつの間にかいなくなっていて、目の前に本当のきらめき君がいて、私を見ている。胸の奥がじんわり暖かくなるのを感じていた。

もしかして、これが・・・

「運命的な再会」


文化祭の想い出は、これから作られるかもしれない。


~Fin~

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