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専用車両は居場所がない。①両目

 20××年、時代は流れ、流行のファッションはもう何周目に突入しただろう。かつてのパリコレで披露されていたような「これは誰が着るんだ」というような洋服を当たり前に身にまとっている。およそ60年前に一世を風靡した映画、マイフェアレディで上流階級が着ていたドレスを私服のように。
 家事は9割、ロボットが行っている。医療も、美容院も、人間の形をした人工知能ロボットがミクロの単位で正確に対応してくれる。下手に人間が接客するよりも何倍も感じが良い。対人間より、対ロボットとの交流を求め、ロボットは1人に1台の時代。ある調査によると独身は増えたが、孤独を感じている人は減ったと言う。
 新薬も次々と開発され、平均寿命は100歳に達した。しかし、人口は激減した。第三次世界大戦が起きたからだ。生き残った人類はロボットを駆使して、異常なスピードで復興を進めていった。悲劇が起きたことを忘れるには早すぎるテンポで。そう、音楽のように。3拍子で機械音が鳴り響き、車のクラクション、風の音、犬の鳴き声などがオーケストラのようにその音をシンクロさせながら、街を創造していくのだ。その音色に乗って、生を失った人々が3D映像の中で踊り続ける様子を、生を持つ人々がうつろな目で見ている。
 車が空中を走る時代が来るかと思われたが、そうはいかず、相変わらず渋滞があり、事故も起きる。電車は時刻通りに線路を走っている。ただ、遅延はなくなった。人身事故が起きようが、車内に不審物が置かれようが、その処理は一瞬。それは設置された防犯カメラに予測機能が付いていて、事故が起きる前から、それが認識されているらしい。ならば事故自体を無くせばいいのに、それはできないらしい。
 電車には専用車両が変わらずある。女性専用車両はどの電車でも真ん中に据えられている。女性の首相が10年前に誕生し、もうとっくに女性優位の時代になっているが、さらに権利を主張したためだ。いつの頃からか一家の稼ぎ頭が女性である家庭も増え、大黒柱は女性がほとんどだ。人口が減ったこの世界で子供を宿すことが出来る女性は、何にも代えがたい、魔法の力を持っていると言える。しかし、女性の定義も曖昧なものになった。女性になった男性、心は女の男、また逆のパターンも然り。自分のアイデンティティを求めて、皆が叫び、主張する。ビジネスのために性別を変える人間までもがいる。果たして「性」とは何か。男女の違いとは何か。

 女性専用車両には独特な広告が並ぶ。女性の地位や権利を主張するモノ、美容やファッションに関するモノ、恋愛や異性に関するモノ…。女性が生み出す経済効果をどの企業も是が非でも手に入れようとしている。
 専用車両の種類は増え続けた。特定の時間帯にしか設置されない専用車両もある。
 女性専用車両があるのならば、男性専用車両だってあるべきだと主張した男性政治家がいた。当時の女性首相は「それもそうですね」と翌月からすんなり導入した。冷房が女性専用より2度低く設定されており、座席の幅も広く造られている。匂いはないが消臭効果のあるアロマが焚かれているが、この機能が備わっていることを男性は知らない。堂々と風俗関係の広告が掲げられる一方、育毛剤やらEDやらの広告に囲まれ男性は自身の悩みに対峙しなければならない場にもなっている。
 夜10時を過ぎると、酔っ払い専用車両が登場する。週末は16両のうち2両だ。駅員ロボットが酔っ払いの体温と動きを判断し、車両に誘導する。ドア付近のセンサーで定期の情報を読み取り、降りるべき駅に着く直前になるとベルと振動で知らせる。それに気づかなった場合は、登録されている連絡先に自動で連絡がいくようになっている。嘔吐しそうになったら、まるで非常時の飛行機の酸素マスクのように上から袋が落ちてくる。酔っ払い同士も助け合い、終着駅で寝て過ごす羽目になる酔っ払いはほとんどいなくなった。
 比較的電車の空いている日中の時間帯は、富裕層車両が出てくる。車の移動に飽きた名家育ちの青年やお嬢様が社会勉強のために、また裕福なご年配が暇つぶしのために乗ってくる。座席は高級ブランド家具を思わせる設え、飲み物サービスは週十種類あり、荷物が多ければスタッフが手伝う。富裕層同士のひと時の社交場としての利用も増えており、環状系の路線ではずっと乗りっぱなしのお客もいるとか。
 切り口の違う車両、ニオイ専用も存在する。これは体臭だけの問題ではなく、持ち物、つまりニオイを発するものを持っている場合に乗るべき車両である。体臭については自覚症状があるかないかによるので、この車両を選ぶ人が少ないのが現状で、ましてや乗れば「自分はクサいです」と主張していることになる。なのでこれは551の豚まんやマクドナルド、お好み焼きなどニオイの強いお土産を持ち帰る人々に喜ばれている車両である。我慢しきれず食べたとしても、白い目で見られないのも嬉しい。
 間違って乗ってしまうとエライ目に遭ってしまうのが、カップル専用車両である。この車両であれば堂々といちゃついて構わない。爆音でBGMが流れていて、椅子ごとに仕切りがある。その中で何が行われているかは想像にお任せする。周りの見えないお熱い男女—同性の場合も—は椅子に座れなくたって関係はない。他のカップルにこれ見よがしにアピールする。まるでどこかのクラブのようだ。デート終わりの22時を過ぎると、一斉にラブホテル街のある駅でカップルたちは我先にと降りていく。

 色んな立場の人々が自分が乗るべき専用車両が欲しいと声を荒げ、次々と導入されて生き、いつしか電車は専用車両だらけとなっていた。

 ある晴れた日の午後、電車の前に立ち尽くしている一人の男がいた。

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