「不安」から「覚悟」へ

近しい人が、ステージ4のがんの寛解後、再発を宣告された。その人は、怒っていた。診断が遅れた医者に、医者に言い返せない家族に、早く気づかなかった自分に。

死ぬのは不安だ。不安な気持ちは、人を責める怒りになったり自分を責める後悔になったりする。

「死ぬのが怖い。もっと生きたい。あのとき違う医者を選んでいれば。あのときもっと早く言ってくれていたら」

そう嘆いて、周囲に怒りをぶつける人に対して、どんな声をかけてあげられるだろう。

怒りが何も生まないことはわかる。残された少ない時間を、そんな感情で周りを巻き込んで苦しめるのはきっと幸せなことではない。

でも「不安がっても、怒っても、後悔しても仕方ないよ。時間は限られているんだよ。」という正論は伝わらない。ただただ、聴いてあげることしかできない。不安な気持ちを受け止め、本人がそれを受容することをともに待ってあげることくらいしか。大切な人の苦しみをともに待つことは、周囲にとっても苦しいことだ。

第三者として見れば、その人に必要なのは、死を受け容れる「覚悟」をすることだとわかる。過去や未来に苦悩するのではなく、限られた「今」の一瞬一瞬を大切にすることだ。大切な人に愛を伝え、生きていることに、生きてきたことに感謝をすることだ。

「不安」が「覚悟」に変わったとき、きっと怒りと後悔は、感謝と愛に変わる。そこで初めて、人生をつくっているのは過去や未来ではなく「今」だと気づく。

喪失を受け容れる「覚悟」が人をやさしくするのかもしれない、と思う。

死への不安はきっと人が抱えうる最大の不安だ。でも、大なり小なり人は不安を抱えながら生きている。そして不安に支配されて「今」を失っていることに、本人はなかなか気づくことはできない。

私たちは、不安に支配されて、大切な「今」を怒りや後悔に使ってないだろうか?限られた時間を大切な人への感謝や愛に使えているだろうか?

身近な「死への不安」に直面して、改めて考えさせられています。




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