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【追悼】志半ばで自ら死を選んだ騎手および元騎手の皆様へ

兵庫県競馬に所属する「木本直」騎手が亡くなったというニュースが、ワールドカップ決勝戦などを耳にしていた私の知るところとなりました。無論、さらに多くの人にも。

自死は、決して選ばれるべきではない手段である。そのような断定は、私は行いません。どれほど苦しいか、死んででも逃れたかったか、それは本人の基準によるものです。私もまたそれほどの苦しみを感じたことが幾度かあり、それでも生きているというだけなのです。

しかし、生者として、また引き続き生きる予定の身として、まさか応援したことのある人がこのような最期を迎えるとは、と。息が詰まるような心地です。

あるいは、彼らにとっては迷惑かもしれませんが、近年の自死で亡くなった騎手および元騎手の方々のリストを作成しました。あくまで私の記憶と、簡単な検索ベースで恐れ入ります。ただ、そこにあった無数の苦しみから、目をそらしていた自分。その安穏とした気分を戒めるためにも、書き出す必要を感じました。

2007年12月24日「竹田吉孝騎手」
2008年9月28日「佐々木一夫元騎手」
2012年1月23日「小島貞博元騎手」
2012年12月26日「青木芳之騎手」
2013年8月9日「平目孝志元騎手」
2015年2月27日「後藤浩輝騎手」
2020年10月19日「嶋田功元騎手」
2021年7月30日「水野翔騎手」
2022年12月18日「木本直騎手」

ああ、かくも。かくも多くの人が、わずか15年のあいだに死を選んでいたのかと。そして、これはあくまでも表面化しているものであり、もしかしたらもっと多くの何かが隠れているのではないかと。そう感じずにはいられません。

「元騎手」には、すでに調教師になった方、調教助手に転身した方、さらには調教師を定年で引退され、一般人になっておられた方も含みます。

しかし、例えば『ウマ娘』でこの競馬の魅力に触れられた方に、「ミホノブルボンの主戦騎手の小島貞博さんはすごい人だった。だが、彼は調教師としての低迷に悩み、ついに自ら首を吊ってしまったんだ」というのは、故人にとっての失礼でしょうか、残酷な措置でしょうか?

それは失礼であり、残酷であり、ただし同時にいずれ知るべき事実であるというのが、私の考えです。馬と人がいるからドラマは生まれます。喜びも、悲しみも。

他方、人は自ら死を選ぶことがあるという事実を、私は思い返します。この国では数多くの人が、毎日のように死を選んでいるのです。上記のリストは、「たまたま騎手、または元騎手だった」というだけの話ではあります。

それでも、その名を知り、その命がけの戦いを目撃し、その名前を記憶に刻んだ人が不幸のなかで散ってゆくというのは、あまりにも心に重いものを覚えます。そうした営みが、実に数多く、全国で人知れず行われているのだと思うと、やはり何かしらの包括的な対策が必要なのかもしれません。

とりとめのない記事となりましたが、どうか皆様もお気をつけを。そして、良い陽気な日々を!

陰陽あっての人生ですが、最後は陽へ転びましょう。光の当たる場所へ歩みましょう。私のように、外へ出るのも億劫どころかままならない体になっても、陽気であれば、それなりには生きてゆけます。生きていて良いことばかりではありませんが、悪いことばかりでもありません。

それでは、わたくしは、もう少しばかり生きてゆきます