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業績予想についての議論@ABD

2013年当時の楽天での判断

 さて、前回書いた6月21日のABD(アクティブ・ブック・ダイアローグ、新しい形の読書会)で、もっとも白熱した議論が上場企業が公表する業績予想についてです。『楽天IR戦記』の中でも、9ページと、他のテーマに比べて多くを割いています。
 その9ページを要約すると、2000年にIPO以来、ジャスダックでは業績予想を公表していなかった楽天が、2013年に東証一部にくら替えする際に、東証から業績予想の公表を迫られ、検討の上、数字ではなく定性的な記述による業績予想を公表することで、東証から一部上場承認を得られたというものです。
 事業戦略を朝礼暮改どころか朝礼朝改くらいで変えないとインターネット業界では生き残れないと思っている楽天には、1年という期間での固定的な業績予想を出すのは結構難しいことだったからです。
 その前年、2012年3月に東証から、定型的な業績予想は必ずしも公表しなくともよい、という指針(*1) があったことや、楽天を担当するアナリストや投資家から、「業績予想がないコミュニケーションに慣れているので、変更しないでほしい」という声があったことも定量的な予想を出さない理由でした。また、社内予算と社外予算のようなダブルスタンダードも作りたくないと思っていました。
(*1 『東京証券取引所『業績予想開示に関する実務上の取扱いについて』)

事業会社の悩み

 業績予想の下方修正を余儀なくし、株価下落の対応に苦慮されたことがある企業の方から最初に質問がありました。

質問者1:「楽天という、比較的時価総額の大きい会社だったから、定量的な業績予想を出さないことが認められたということはないでしょうか?」
私:「そんなことはまったくありません」

 特別扱いではなく、楽天の前にも後にも業績予想を定量的に出していない会社は意外とあります。代表的な会社は、大手証券会社各社です。株式市況の変動が激しい証券会社は、投資家の投資判断に資するような精度の高い業績予想を出せず、精度の低い予想を出せばかえって投資家をミスリードしてしまう怖れがあるという理由です。楽天の上場審査では、上記指針でいうところの「合理的な根拠に基づく予想」、要は精度の高い業績見込みができていないことを、東証に対し結構な時間と労力をかけて説明しました。

 質問された方が所属する企業も、市場環境の変動が激しく、業績予想が難しい事業を保有しています。投資家をミスリードしないと自信を持っていえる数値の予想はなかなか難しいことでしょう。出さなくてもいいなら出したくない気持ちもあるけれども、なかには業績が安定している事業もあるので、株式市場とのコミュニケーションツールとして継続すべきか・・・とお悩みのようです。前述の東証の指針は、業績予想を公表していた会社がそれを取り止めることについては「事前の相談を要しない」としているので、その企業も決断すればできることではあります。具体的に株主とのこれまでのやりとりや社内の反応などを思い出しながら、考えている様子でした。

 異なる意見として、別の企業のIR担当者からは、為替や生産台数などのある前提条件を置いて業績予想を行えば、予想を下回った(上回った)場合に一定の説明が付くので、業績予想を公表することに違和感がない、むしろ業績予想がない方が投資家との対話が難しくなる、という声もありました。

 この場では出ませんでしたが、ダブルスタンダード(社内予算と社外予算)に悩む事業会社の意見も、ABDの終了直後に複数名から個別にいただきました(その場では言えなかったんですね...)。

投資家・アナリスト経験者の意見

 一方、そこに参加している投資家・アナリストの方々(経験者含む)は、企業に業績予想の公表を望んでいました。投資に際して参考になるから必要であり、企業は原則的に開示すべきだとの立場です。
質問者2:「業績予想がない場合には何を基準に投資家とコミュニケーションしているのですか?」
私:「当時の楽天では、第1四半期で実現していた前年比での成長率が、第2四半期でも継続するのか?というのがひとつの基準でした。」

 それに加えて、季節要因や特殊要因(たとえば消費税増税)や、先行投資を行う事業分野(費用が先に多く出るので、利益は遅れて出ます)を説明する、というやり方でした。実際に当時楽天を担当するアナリストや投資家は、そのやり方に特に不満を感じていないという声が、(当時は)多かったと記憶しています。

 その方からは「そんな会話だと、機関投資家は、IR担当者の顔色を見て判断してしまうから、個人投資家に比べて不公平ではないでしょうか」という意見もありました。が、業績予想を数値で公表していても同じように顔色を見る状況が発生します(それは否定されませんでした)。表情は見えないとしても「そんな会話」で会社が話している内容を、文章に落として決算短信に書けば、個人投資家と機関投資家との情報の差異が縮まるであろう、という考えがあり、それが当時の東証の審査担当者に認められたのでした。

 また、「業績予想があった方が、投資家やアナリストとしては好ましい、というか、分析のベースがあって楽だけど、業績予想があると変な売買トリガーが発生することは確かにあります」
 という実体験を披露してくれる方もありました。

 私の周囲では、機関投資家やアナリストの間でも、「業績予想はアナリストや投資家が分析して作るもの」として会社の提供する業績予想不要論を唱える人が増えていたので、そうではない人もまだまだいることを確認できました。多様な意見が存在する株式市場を、あらためてよく捉える必要がありそうです。

投資・ガバナンス研究者の意見

 その数日後、前述の指針のきっかけとなった、上場会社における業績予想の開示の在り方に関する研究会(*2)のメンバーのひとりにお会いする機会がありました。
 研究会では、画一的な形式(年間の売上高・営業利益・経常利益・当期利益の絶対値)の業績予想を公表することを、全ての上場企業に無理に適用させることはない、と報告していたとのことでした。研究者でも投資家でもあるその方は、せっかく指針を作ったのに、その後も東証において、定量的な予想公表が上場審査のボトルネックになっているとは少し残念、とのことでした。

 また、業績予想を行わないデメリットとして、『楽天IR戦記』の中では、米国企業で、業績ガイダンスを公表している企業が、業績悪化等を背景にガイダンスを止めた場合には、アナリストの予想にばらつきが発生し、資本コストが上昇する、という論文(*3)を紹介しています。これについてその方にお考えをお尋ねすると、米国企業については、「日本の年間業績予想と米国の四半期ガイダンスとは少し意味合いが違うように思われます」とのことでした。

 それよりも、先行投資時期など、1年、あるいは1四半期といった短期の業績の見込みが難しい時ほど、その先の中長期の企業価値のイメージを伝えることの方がよっぽど重要、ということで議論が落ち着きました。
 それが難しいんですけど。
 でもそれにチャレンジし続けるしかないのかもしれません。

(追記)そういえば、楽天時代の12年間に2、3回、業績予想を出した方がいいかもしれない、と思う時がありました。M&Aなどによる大型新規事業もなく既存事業でも新しい大型施策(マーケティング投資など)がない場合(そんな無風の年はめったにありません。)で、セルサイドアナリストの業績予想が第1四半期を終えてもなかなかアップデートされなかったり、アナリストコンセンサスのばらつきが大きかったりする時でした。


*2「上場会社における業績予想の開示の在り方に関する研究会報告書

*3 「米国における経営者予想開示の推移とわが国へのインプリケーション」 証券アナリストジャーナル 2011年6月号 (日本証券アナリスト協会の会員は入手可能) 







IR(インベスター・リレーションズ)の経験などに基づいたテーマで記事を書いています。幅広い層のビジネスパーソンにも読んでもらえたら嬉しく思います!