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知名度とモチベーションと進捗と

八ツ橋まろん いわゆるバーチャルYouTuber(以下、Vtuber)

【プロフィール】
活動開始:2018年4月 
チャンネル登録者数:380人(2019年4月現在)
(YouTubeのチャンネル収益化可能なラインは1000人、「知名度のあるチャンネル」というと10000人以上)

こんにちは 八ツ橋まろんです
この記事は、自分の活動の目標・方針・モチベーションを整理するついでに書いたもので、与太話とでも思って読んでくれると幸いです。

上記のプロフィールをみてわかる通り、私はVtuberとして知名度のない部類に入っています。1年続けて伸びなかったのに、なぜ今だ活動を続けるのか?というお話です。

導入:心の闇と戦うお話

『全然知名度ないのになぜ辞めないの?』
周りにどんどん置いていかれる(ように見える)のに何故続けるの?』
『活動1か月の新人達にも先を越されているのに焦らないの?』
なんでVtuberやってんの?

このあたりの疑問を真正面から150km/hのストレートで投げつけられると、きっと7000人いるVtuberのうち6500人くらいが辞めてしまうのでは 笑

上記のような質問(詰問)はズルいもので、Vtuber関係なく「一般的な界隈」で大半の人に効きます。バスケットボールに置き換えてみます。
下手なのになぜバスケを続けるの?』
一緒に入った奴はどんどん上手くなってるのに』
『この間入った新人の方が上手いよね』
なんでバスケやってるの?』

つらいですよね。もし、バスケットボールクラブでこんなことを言われたら、途端にやめてしまいそうです。
実際にこんなことを言われたらそれはただのイジメなので、きちんと上に報告したり、出るとこ出たりしましょう 笑

幸いなことに、こんなに酷いことを(しかもVtuberという赤の他人に対して)言ってくる人はほとんど居ません
(ゼロとはいいませんが、ほとんどゴミのようなものです)

本当に戦うべきは「キツイことを言ってくる架空の彼ら」ではなくて、
「キツイことを言ってくる内側の自分」です。
上記の詰問は、まさに「もう1人の自分」が問いかけてきます。ネガティブな自分、「成功したい」と願う欲から生まれる負の自分です。(負の側面を持ちますが、成功したいと思うことは悪ではありませんよ)

導入が長くなりましたが、この内側から攻めてくるヤツに対してどう対処するか、ここをよくよく考えると活動の指針・信念・強さが出てきますよ、というお話です。

「楽しそう」から「楽しくない」へ

Vtuberの界隈に参加してくる個人の多くは「楽しそう」からスタートしている人が多いかと思います。私もそうです。

「Vtuberの界隈にはキラキラしてる人がいっぱいいる!」
「彼ら/彼女らは楽しそうだ!」
「自分もそうなりたい!」

こんなところから活動をスタートしました。(きっとみんなもそうだよね?)
実際に活動してみると、
「あれ、何をやれば良いのかわからない」とか、
「これって(技術的に)どうやればできるんだ?」という壁にぶち当たり、

それを乗り越えて
「(ネタ作りとか準備の間は)楽しいな」って思っても、撮影後に見ると
「全然面白くなくね?」って思ったりして、なかなか思い通りのことができなくて苦悩します。

さらにこれを乗り越えた先には
「動画投稿したけど再生数伸びない」
「配信で人が来ない」
という壁が立ちはだかり「周りはもっと伸びてる」とか「後から来た人の方がすごい」とか比較したりしちゃいます。

「それでもいつか自分も!」と信じて続けると、半年や1年経った時点でYouTubeチャンネル収益化に届いてないという事実を目の当たりにしてしまい、「楽しくない」の完成です。

「楽しくない」から「楽しい」へ

~人は何を「楽しい」と感じるのか~

ところで、人間は何をもって楽しいと感じるのでしょう?
(私はバーチャルな存在なのでここは推測に過ぎませんが)

一説によると「①他者に認められたとき」「②自分の成長を感じたとき」「③他者に奉仕したとき」というのは楽しさ・嬉しさを覚えるポイントだそうです。

① 認められるというのは動画の再生数だったり、チャンネル登録数、Twitterのリプライやリツイート、いいねに相当しますね。

② 成長を感じるというのは、例えば次のような場面です
「逆上がりができるようになった」
「シュートが入った」
「ゲームをクリアした」
これらの成長を自覚しやすい事象は特に「楽しい」と思える場面ですね。

他にも、
「前より配信で上手く喋れるようになった」
「動画の編集が上手くなった」
「自己紹介を噛まなくなった」
「字幕の誤字がなくなった」
という目に見えづらい要素も成長です。特に後者2つはマイナスからゼロにするという、外から見ると成長が非常に見えづらい部分ですが、成長し、楽しさを感じられる大事なポイントです。

こう見ると「動画の再生数が伸びない」とか「配信で人が少ない」とかいう「楽しくなさ」よりも、成長による「成長した!楽しい!」の方が数が多くないですか?
Vtuberを始めた当初に比べて、たくさんの「できなかったこと」が「できる」ようになっていると思います。数か月、半年、一年と活動するにつれて、コツコツと続けたあなたの活動は確実に成長につながっているんです。

視聴者数による「楽しくない」は成長する楽しさを加味することで全体として「楽しい」に変わります。自分自身の成長を見つける力が、活動全体の楽しさを左右します。動画を出すたびに、配信をするたびに、「これをクリアする・成長させる」というポイントを1つ設定しましょう。達成できれば、確実に成長(=楽しい)になります。

「楽しい」から「みんなを楽しく」へ

さて、成長というのはだんだん知覚しづらくなるもので、ある程度の実力に達すると横ばいになります(そう見えてしまいます)。そうすると「楽しい」がなくなってしまうので困るのですが、ここで真価を発揮するのが「③他者に奉仕したとき」の楽しさです。
これは例えるなら
「弟・妹に何かしてやることが楽しい・嬉しい」だったり、
「実家に帰って両親の喜ぶ姿を見たい」というような、ある種の家族愛の拡張でしょうか。

「自分の動画を見てくれる人が楽しんでくれて嬉しい」
「配信に来てくれた人が笑顔になるのが嬉しい」
(これは再生回"数"や視聴者"数"とは別で「数」というものに依存しない感情)

これらの奉仕がもう一つの「楽しい」です。
これはVtuber活動の核となりえる部分で、これを持っていると活動の方針・指針が明確になります。(Vtuberというジャンルでなくとも重要)

他者に与えたものはいずれ自分に返ってきます。どこでどんな形になるかはわかりませんし、証明も容易ではありませんが、奉仕というのは、する側される側の双方を幸福にしてくれるものです。愛が供給されて大切にされているコミュニティからは人が出て行きません。いずれ大きな輪になって「①他者から認められる」という「楽しい」も満たされていきます。

長々と書きましたが、Vtuberに限らず色々な分野で「思うところのある」人へ。楽しいとはなにかということと、他者を楽しませることが巡り巡って自分を楽しませる、というお話でした。

あなたは何故Vtuberをやるのですか?
Vtuber活動はあなたにとって楽しいことですか?

八ツ橋まろん

https://www.youtube.com/watch?v=a8D_Icdj6l8&t=33s

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