天使のいない12月のすばらしさについて語る。

(本記事はleafのADVゲーム「天使のいない12月」のネタバレを含みます。)

「天使のいない12月」は2003年9月28日に発売されたwindows向けADVゲームである。制作は、「雫」「痕」で名を上げ「To Heart」の爆発的ヒットによって同作を美少女ゲームの代名詞的存在にするなど、一時代を築き上げたLeafである。
本稿では「天使のいない12月」についてその魅力を語っていきたい。

1.「天使のいない12月」の評価

客観的にこの作品はどう評価されているのか。
巨大レビューサイトであるerogamescapeのデータを引用する。

中央値78
平均値76
データ数1557
標準偏差14
最高点100
最低点0
giveupした人37(2%)
積んでる人193(10%)


ちなみに同中央値でデータ数が1,000以上の作品は下記のとおりである。なかなかに有名メーカーのビッグタイトルも含まれている。

マブラヴ/暁の護衛 ~プリンシパルたちの休日~/暁の護衛 ~罪深き終末論~/11eyes -罪と罰と贖いの少女- /恋色空模様/恋する乙女と守護の楯/千恋*万花/ToHeart/D.C.II ~ダ・カーポII~/SNOW/プリマ☆ステラ/CHAOS;HEAD/スズノネセブン!/Clover Heart’s


個人的な感覚だが、中央値が85を超えると名作と呼べるだろう。90を超えると後世まで語り継がれるほどの超名作だと思っている。
そんな中で、「天使のいない12月」の 78 はおおむね良作といった評価だと推測される。しかし、ハマる人はとことんハマる、ハマらない人は駄作扱いするのも中央値79~70のレンジではないだろうか。


2.カルト的な魅力のある「天いな」

とある有名なコピペがある。

■エロゲ初心者に貸すならコレ!

果てしなく青い、この空の下で…
 田舎町を舞台にした穏やかな心温まるラブストーリー

君が望む永遠
 ゲーム史上にその名を刻むナイスガイ鳴海孝之の漢ぶりに注目

銀色
 特にお薦めは第三章 美人で優しいおねえさんに萌えろ!

好き好き大好き!
 元祖 電車男

さよならを教えて
 女子高に赴任した新人教師と生徒が織成す感動のラブストーリー

螺旋回廊
 厨房掲示板で展開されるドタバタギャグコメディ 笑いながら抜ける傑作

スクールデイズ
 伊藤誠の鳴海孝之にも劣らぬ漢ぶりも見所だがなにより桂言葉の健気さに圧倒されるゲーム

沙耶の唄
 事故の後遺症にに苦しむ主人公と友人たちが織り成す青春ラブストーリー作

永遠となった留守番
 ロリコン必見!かわいい娘とのお留守番をお楽しみください

ゴア・スクリーミング・ショウ
 トラック野郎が人形劇を通して主人公とヒロインの恋を成就させる恋物語

サマーデイズ
 スクールデイズに続く傑作!凄い!なんたって凄い!買え!

天使のいない12月
 雪が織り成す学園青春爽快ハートフル恋愛ADV


狂った果実
 ノーコメント

https://anond.hatelabo.jp/20070307135726


このコピペは若干の悪意といたずら心に満ちた、よくできたものである。エロゲに少しでも造詣のある者が読んだら、いずれの作品もどんなに広い心でとらえても ”エロゲ初心者” には正直お勧めできないとわかるだろう。
(「君が望む永遠」とか「沙耶の唄」ならメジャーだし良いんじゃないですか?とも思う。)


しかしこのコピペ中の作品は、刺激的なシナリオやビジュアルを含むことからカルト的な人気を誇り、中古で数万円の値で取引されるものもある。逆にエロゲ初心者にプレイさせたところで無限の深みに沈んでいく可能性も孕んでいる。


そんな中で、私はこのコピペ中の作品の中で、「天使のいない12月」が非常に好きである。はっきり言って人生に影響を与えた作品の一つとも言ってもいい。自分だけでなく多くの人が同様な体験をしているらしい。特に、有名なライターであるにゃるら氏も同様に人生に大きな影響を与えた作品と言及している。

3.アンチ“純愛ゲー”としての「天いな」

天使のいない12月が一部の愛好家に現在まで至るまで愛されているのは、この作品が提起する普遍的な問いにあると考えている。

             それは「心のつながりとは何か」である。


天使のいない12月をプレイした方ならお分かりかと思うが、ゲーム開始直後、唐突なセックスシーンから始まる。
ひとしきりの情事の後、画面は切り替わり、OPムービーへとつながる。

彼女は、俺の恋人じゃない。
友だちでもない。
セックスフレンドでも金や力で買い取った関係でもない。
ただ、なにかに…自分の中にはなかったなにかに、突き動かされて俺たちはその関係に至っていた。

「天使のいない12月」


ゼロクリックでHシーンに至れるエロゲはそうそう無いのではないか。
(しかもこのHシーンは初回起動にしか発生しないギミックがある)

シナリオライターの三宅章介氏は、インタビューのなかでこう言っている。

いわゆる恋愛モノではないということ。
恋愛の話は盛り込まれていますけど、恋愛モノのオチではないんです。

『天使のいない12月 ファーストファンブック』ソフトバンククリエイティブ,2003

このように、序盤の唐突なセックスシーンは、この作品が並みの、いわゆる「恋愛ゲーム」でないことを強烈に伝える演出として機能している。
(何千クリックと読み進めた後におまけみたいなHシーンがある甘っちょろいゲームではない。)

その後、文章を読み進めていくと、主人公と透子がセックスに至った経緯が判明する。
おおよそ下記の通りだ。


以下要約

①主人公は授業をサボっては屋上に煙草を吸いに行く青年。生きることに意味はなく、無気力さを感じているという。
②少女は引っ込み思案で周囲とうまくコミュニケーションが取れない。周囲からは陰で要領の悪さを馬鹿にされる。そのことから幼馴染であるクラスの委員長の庇護を受けているが、息苦しさを感じている。

ある日、主人公は屋上で吸った煙草の吸殻を落としてしまい、たまたま校庭にいた少女(透子)がそれを拾ってしまう。屋上の存在を知った透子は主人公に詰め寄り、「ここにいさせてほしい」と懇願する。主人公はセックスに応じることを条件にそれを認める。


主人公の主体性のなさも相まって、なりゆきで出会った透子と、身体の関係を継続してしまう。透子と主人公の関係について、主人公は「身体だけの関係」と割り切っているが、ある日、二人の関係性が破綻してしまう出来事が発生する。

主人公と透子の爛れた関係は、「携帯電話」をきっかけにして、透子の親友かつ庇護者であるしのぶに露見してしまう。クラスでぼっちである透子がしきりに携帯電話を気にしていたところをしのぶは見逃さなかったのだ。
(決定的なことに、教室での情事をこっそりとしのぶに見られていた。長いってこのとき、しのぶの存在に気付く選択肢を選ぶと、しのぶルートに進む)

しのぶは、透子との関係を断ち切るよう主人公と透子に詰め寄るが、透子はしのぶを拒絶してしまう。しのぶが透子に差し向けた想いも、主人公が差し向ける想いも、結局自分の想いとつながらないことを透子は理解していたのだ。

透子の悲痛な叫び

主人公と透子の「身体の関係」も終わりを迎えてしまう。身体を重ねても、心が繋がらない距離感を意識してしまい、二人の関係は空転してしまうのだ。

しのぶと透子との決定的な衝突以降、主人公は学校にも通わず、空虚な日々を送っていたが、そこに現れたのが「悪女」麻生明日菜である。主人公に体よく接し、都合よく身体を差し向けてくる明日菜だが、主人公はそこに「差し向ける想いなどない」ことなどないと察してしまう。透子とあれほど身体の関係を求めたにもかかわらず、それだけではないことに気付いてしまったのだ。

その後、あることをきっかけに、主人公は自身の中にある「透子へ差し向ける想い」に気付いてしまう。二人は再び出会い、抱擁を交わすのだった。

名台詞

普段、「恋愛」の定義について特に深く考えずギャルゲーをプレイしていた自分にとって、これが一番刺さった。透子ルートはまさに恋愛の成立を描いた物語である。そして「心」と「身体」の二元論を超えて二人の想いが触れ合う一瞬をとらえたルートだと思う。
特に上掲の場面はまさに「透子が求めたもの」(=自分の存在が認められること) と主人公が今までもどかしくも出せなかった「透子へ差し向ける想い」(=透子の存在を想うこと) が双方向的に通じ合った瞬間である。降り積もった雪もいつ消えるかわからないように、刹那的な場面であって、それがいっそうの輝きを放っている。そう、「永遠」でなく

永遠でなく、真実でなく、ただ、そこにあるだけの想い…。


4.エロゲメタとしての「天いな」

「天使のいない12月」をプレイして以降、自分は普通のギャルゲーが面白いと感じることが少なくなってしまった。

ギャルゲーをするとき、プレイヤーである自分は気に入ったキャラクターを攻略するために選択肢を選んだり、コマンドを入力する。そうすると機械的にヒロインは主人公を好きになり、Hシーンがあったりして、物語は幸せに幕を閉じる。

そんなとき、頭の中の「天使のいない12月」が自分にささやきかける。
ーーー「そこに差し向ける想いはあるのか」
ーーー「結局、”それは永遠でなく、真実でなく” 刹那的な関係なのでは」

なかなかに迷惑千万である。やはりエロゲ初心者は「天使のいない12月」をプレイすべきではない。真面目に「心と身体の関係」を考え始めたら、どんなギャルゲーも嘘っぽく見えてしまうのだ。

「天使のいない12月」は”ふつうのギャルゲー”のフォーマットに寄せているが、やはり普通のギャルゲーではない。特に、キャラの設定についても独自のリアリズムを貫いている。

①ドジっ子眼鏡ヒロインー栗原透子


 ほかのギャルゲーに出てきたならば、ちょっと頭が悪くてドジな女の子でコメディータッチに描かれていただろうところ、「天いな」はそんなに甘っちょろくないのである。クラスメイトからは「頭悪いし、ヘンな子よね」と本気で悪意のある陰口をたたかれている。可哀そうすぎる。

モブがこんな陰口をたたくギャルゲーはいやだ。

②クラスの頼れる委員長ー榊しのぶ

 委員長的キャラとして、ドジっ子透子のお世話をしている。
普通のギャルゲーだったらほほましい場面なのだろうが、「天いな」はそんな甘っちょろいギャルゲーではない。庇護とは裏腹に、それは下位の者(透子)を自分の周りに侍らせ、自分が賞賛されるためのマウントの装置なのである。人間関係の醜悪な部分が詰まっている。

③甘々おねえさんー麻生明日菜

 やたら下ネタを挟んでくる愉快で楽しいバイト先の頼れるおねえさん。主人公のお悩み相談や落ち込んだ時にデートに誘ってくれる。しかし「天いな」はそんな甘っちょろいギャルゲーではない。

④不思議系同級生ー須磨寺雪緒

透子が子犬にハンバーグを与えようという話をしたところ、突如横からカットインしてきて「ネギ類は犬には毒よ」と有用なアドバイスをくれた同級生。しかし「天いな」はそんな甘っちょろいギャルゲーではない。

⑤元気系後輩ー葉月 真帆

主人公の悪友の彼女。しかし「天いな」はそんな甘っちょろいギャルゲーではない。

以上のように、いわゆる「普通のギャルゲー」だったらデフォルメされている部分が、天いなでは独自のリアリズムをもって描写されている。これも天使のいない12月が唯一である魅力の一つだと思う。

5.最後に

天使のいない12月は双方向的な「心のつながり」、それは「相手に差し向ける想い」と「求める想い」が刹那的に合致した瞬間の輝きを描写したゲームです。しかし決してドラマチックではなく、平坦な描写も多く、刺激的なギャルゲーに比べると見劣りしてしまうことは確かであります。
にもかかわらず、「天使のいない12月」が多くの人の心に残り続けるのは、このゲームの持つ普遍的なテーマと、人間描写の力だと思っています。

興味のある方は、ぜひ一度は触れてほしいゲームです。





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