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美容文化論 ー引眉とお歯黒ー

 今の時代劇は少なくとも昔の価値観では描かれていない。当然『美』や『恋愛』の考え方も現代の考え方に沿って描かれており、そのせいで当時の人たちが本当はどう思い どう感じていたのかはドラマや映画を見てもわからなくなっていると思う。厳しい表現をするなら、時代物のドラマや映画は、さながらコスプレをした現代劇なのかもしれない。
 かく言う私も キムタクが織田信長役を演じて大ヒットした例の映画を観たが、彼の妻役である綾瀬はるかさんの引眉(眉を剃り、額の上方に丸く眉を描いた 殿上眉 = マロ眉)を見て変だと思って笑ってしまった。偉そうに言ってもやっぱり私も現代人なんだなぁと感じたことである。当時の人にとっては、眉を落とすことは少なくとも笑いの対象とはならなかったであろうから。

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引眉(眉を剃ること)とお歯黒(鉄漿)
 雛人形を時代風俗の教材に引用してみよう。雛飾りはお殿様とお姫様の婚儀を表している。式の主役であるお殿様とお姫様のすぐ下、二段目には『三人官女』が晴れの日に臨む。この三人はお姫様が幼少の時よりお世話を務めている女官であり、彼女たち自身 身分の高い女性であるが、よく見ると一人だけ眉毛が無い。さらにミクロな見方をすればこの女官だけ口元が黒く、お歯黒(鉄漿)を施しているのがわかる。
 実は真ん中の女官は唯一既婚者なのである。だから 眉が無く、口元が黒いということを 認識している人は少ないんじゃないかなと思うが、『◯段飾り』になった立派な雛人形を見る時や、古い時代が舞台になったTVや映画でを観る時に、こんなことを知っていれば さらに面白いんじゃないかなぁと思う。

三人官女
真ん中の女官は引眉お歯黒(鉄漿)をつけている
15人飾り 雛飾りのフルセット
(上から2段目が三人官女)

 古くは奈良の都の時代より明治時代頃まで、女性は成人(結婚)すると歯を黒く染めたり(お歯黒=鉄漿)、眉を剃るのが当たり前の身だしなみ(通過儀礼)だった。文献によると、引眉は明治以降は急激に減ったとの記録があるが、お歯黒は眉を剃らなくなった後、かなり時代が下っても風習として残ったようだ。お歯黒は歯科衛生の発達していない時代の虫歯予防の手段であり、甘いものをよく食べて虫歯になりやすかった公家など身分の高い女性に広まったことから、黒い歯はステータスの一つだったという。

仮にその物語が江戸時代が舞台の作品であっても、引眉とお歯黒が映画やドラマなどで忠実に表現されることはほぼない。現代のメイクにおいて、眉の重要性はわざわざ語るまでもないし、歯医者で何万も出してホワイトニングをしようという私たちの今の価値観からみれば、黒い歯など気持ち悪いとしか映らず、そもそも一部の女優さん(下記参照)を除きリアルに時代を反映した役は嫌がるだろうから。

 少し前に 映画で満島ひかりさんが引眉とお歯黒の姿で出演されていた時は驚いた。彼女はその映画のさらに数年前、非処理のワキ毛を銀幕にさらして話題になっていたこともある。プロ意識なのだろう。ところで個人的な感想ではあるが、現在auのTVCMで流れている女王様役の満島ひかりさんは、彼女のいいところが全部出ているように感じる。

能面
引眉(殿上眉)、お歯黒である

 今でこそビジュアル的にかなりのインパクトがある感じになってしまう引眉お歯黒だが、結構最近までその風習は続いた。かように人の価値観など育ってきた環境でどうにでもなるものだ。自分は気持ち悪いと思っても 違う人が見ればおいしそうだったり、他人がカッコ悪いと思うものが自分にとっては唯一無二の価値を持っていたりすることは少なくない。前述の腋毛なども女性にとってはその『消し方』に心血注いだりするが、欧米においては男女ともに陰毛もあってはならない対象(不潔だと感じる)であるし、活け造りを残酷だととらえたり イルカショーを虐待だと思う価値観を持つ人は、我々日本人には少ないと思う。

 今の価値観で見れば眉が無く、黒い歯の女性に性的魅力を感じる価値観は理解しがたいものなのだろうが、きっと昔の男はその姿にビビッときたのだろう。

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