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”頑張る”の源<280/1000>

【ラジオ体操583日目】
『ニコチンレス生活304日目』

こんにちは。
こんなことを言ったら嫌われてしまうんじゃないかと、他人の反応をすごく気にしているつもりなのに、結局嫌われてしまうコマリストです。


今日は『世界を敵に回しても』というテーマで書いていきたいと思います。


自分さえ良ければそれで良い。
他人がどんな反応をするかなんて関係ない。


この言葉を見て、皆さんは何を感じますか?


私も含めて、多くの人はこういった言葉に対して否定的な感情を抱きやすいような気がしています。


世のため、人のためになることをしなさい。
郷にいては郷に従え。


こっちの考え方の方が正しいんだと、何年もかけて教育されてきた結果、当たり前のように、私利私欲に走る人や、周りに合わせない人を”悪者”として見ている人が多い


では、全ての人が周りに合わせるタイプで、自分の幸せより他人の幸せを本気で願って行動するタイプだったらどんな世界になるのか・・。
#技術革新
#人類の進化


今日は、一人になっても最後まで戦い抜ける覚悟があれば、大抵のことは何とかなってしまうのに。というお話です。


この手の話は、受け入れられにくいと分かっていますが、自分の言葉として定期的に整理したいテーマなので、イライラしながら読んでみて下さい笑

キレイゴトを抜きにして

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最初にお伝えしておきたいのですが、私自身『私利私欲に走る人や、周りに合わせない人こそが正義である』なんて考えを持っているわけではありません。


生まれも育ちも日本だし、小学生の頃には”道徳”という人が従うべきルールを教える授業をしっかり受けてきました。


大人になった今の自分が、当時の道徳の教科書を見ても、納得できるものの方が多いと思います。
#日本人らしい
#日本が好き


大部分の考え方については納得も理解もできるので、人のために尽くすことや、周りに合わせることが「社会を生きていくために必要なスキル」であるとは思っています。
#共感はできないかも


けどね、キレイゴトとか世間体とかそういったものをいったん全て横に置いて、自分事として考えてみて下さい


しんどいことに取り組む時、
❶これを乗り越えたら、『自分が』幸せになれる
❷これを乗り越えたら、『他人が』幸せになる


極論ですが、この2つのどっちが、頑張る理由になりますか?


もしかすると、
”自分も他人も幸せになれる道を探すんだ!”


みたいなことを考える人もいるかもしれませんが、それだと余計な時間がかかってしまうし、そもそも別の条件を出したら議論にならないので、却下です。


どうでしょう?
皆さんにとって『自分のため』と『他人のため』のどちらが頑張る源になると思いましたか?


ちなみに私は、一切の躊躇なく『自分のため』を選択します。


しんどいことに取り組まなきゃいけないのに、自分に見返りがないのは嫌だもん。


私は、そんな成人君主みたいな考え方が出来るほど成熟していません。


『自分にとって』楽しい方
『自分にとって』メリットがある方
『自分にとって』ワクワクする方


常に、自分にとって○○を選んだ方が頑張れるし、私にとっては健全です。


キレイゴトを抜きにして。
皆さんはどちらですか?

自己犠牲こそ美しい?

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私が、自分のためにしか頑張れない冷たい人みたいな印象を持ってもらったところで、その印象を少し変えにかかります。


先ほどの質問に、
”私は『他人のために』こそ頑張ることが出来る”という答えを持っている人もいると思います。


こういった人がいることは知っているし、心から素晴らしいと思います。
#ボランティア
#一緒に働きませんか


このタイプの人で世界で最も有名だと思っているのが”マザーテレサ”さん


私は小学校低学年の頃にマザーテレサさんと本を通して出会い、衝撃を受けました。


世界にはこんな人がいるのか!


数々の逸話を紹介されている本の中のマザーテレサさんは、まさに『愛の塊』みたいな人。


心から尊敬したし、亡くなられてから25年が経過した今でも、尊敬する人の一人です。


けどね、マザーテレサさんが、これほどまでに世界中の人から認知され、尊敬されている理由を考えてみてほしい。


大半の人がマザーテレサさんの行動に対して『私にはとてもできない』という感情を抱いていると思います。


そうなんです。
自分には真似できないことを極めているから尊敬されているんです。


ということは、マザーテレサさんは少なくとも『周りに合わせる人』ではなかったということが分かります。
#合わせていたら
#献身できない


しかも、勘違いしてはいけないのは、マザーテレサさんは確かに私利私欲のために行動していませんが、自分を犠牲にはしていませんでした。


悪意のある団体から寄付を受け取って炎上していた時期だってあることは有名な話です。


なのに、なぜか他人のために自分を犠牲にして、献身的に努めることが素晴らしいみたいな伝わり方をしています。


これは、本で紹介されている物語が”キリスト教の考え方を広げるために必要な部分だけ”を描いているということが伏せられているから。
#広告です
#聖書も物語


私が尊敬しているのは、マザーテレサさんの献身的な姿勢ではありません。自分が正しいと信じた道を貫き通したことであり、その道を貫き通すためには、時には良くないと分かっている選択も厭わなかった姿勢です。


自己犠牲は素晴らしくありません。


他人のためにこそ、頑張ることが出来るという考えを持っている皆さんは、その考えを貫き通してほしい。


けれど、他人のために自分を犠牲にすることが美しいと思っているなら、その考えは捨てた方が良いと思います。
#誰も望んでない


そして、私利私欲に走る人をいちいち批判するようなポジションを取らないでほしい。
#時間の無駄


頑張れる理由は、人それぞれ違うし、それでいいと思います。


少なくとも私は、自分が幸せになった後に、余裕があったら誰かの為に趣味で動くというくらいの感覚でしんどいことに立ち向かってますよ。
#嫌いにならないでね

じゃ、またねー!

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