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イスラエルの旅-その2;パレスチナ自治区の分断壁

※この記事は1年前に書いたまま、放置されていたものです...
👉記事その1はこちら

単一民族の神格化により虐げられてきたユダヤ人が今、イスラエルで何をしているのか、というのが大きな問題です。エルサレムを少し回った後日は、パレスチナ自治区の壁を見てきました。

パレスチナ自治区へー世界を分断するための「壁」

パレスチナ自治区にあり、イエス生誕の地としても知られるベツレヘムには、大きな「壁」がそびえ立ちます。「壁」と聞いて最も有名なのはベルリンの壁ではないでしょうか。また、現在トランプ大統領はメキシコとの境界に膨大な予算をつぎ込み「壁」を建設しています。

これらの壁は、まさに分断のシンボルです。壁は常に、限定的な空間を生み出し、こちら側とあちら側、を生み出します。私達の家だって壁に囲われていて、それは私の家とその外側、を作り出すことで安心できる我が家を得ているわけです。

つまり、この壁はイスラエルの領土とパレスチナの領土を断絶するための壁なわけです。そしてこの壁に阻まれ、パレスチナ人はイスラエル側に入ることは許されず、逆にイスラエル側はユダヤ人をどんどん入植させています。

■ミュージアムから学ぶ
この分断壁は2002年に建設開始され、当初は2000-2005年の占領に対する暴動激化への一時的な対応として銘打っておりました。現在では、パレスチナ側のテロ防止という名目を掲げています。壁はまだ拡張し続けており、810kmに及び、その85%は実質の境界線ではなく、パレスチナの土地を侵食して建てられている、というのがまた恐ろしい事実。

ちなみに国連は2004年時点で、分断壁の建設は国際法への違法であるとしながらも(アパルトヘイトゆえ)、壁は拡張され続けるという事実が存在します。また実質、国連側からのそれに対する取り締まりはないに等しいと、ミュージアムでは展示されています。ここでも世界が黙認しているという事実。

そして、このミュージアムは実はバンクシーホテルの中にあるのです。バンクシーホテルとは、世界的に有名な現代社会を風刺する覆面グラフィティアーティストであるバンクシーが建設したホテル。壁の目の前に建設されているために「世界最悪の眺め」と称しています。このミュージアムはバンクシーととある教授がキュレートしたものなのですが、重要なのは彼らがイギリス人であるということです。なぜならイスラエルとパレスチナの対立の発端の一因は、イギリスの三枚舌外交にあるから。

だからこそイギリス人がこの物語を紡ぐミュージアムをデザインしたということが大きな意味をもつと思います。そして、イスラエル側でもパレスチナ側でもない第三者の立場(元凶でもあるが)により編集されているため、このミュージアムでは多角的な視点を取り入れられるように設計されているのが特徴的。

また、ミュージアムの展示方法も非常に趣向が凝らしてありました。例えば、当時、パレスチナ人の家にいきなりイスラエル兵から電話がかかってきて、10分後にこのあたりを爆破するから避難しとけよ的なメッセージが告げられたそう。そしてこれを追体験するために、なり続ける電話の受話器を取ると実際にそうしたメッセージを耳で聞き追体験ができます。ぼくはこれ、本当に鳥肌が立ちました。最初、電話に出た時はショックで仕方がなかった。

■明るみには出ない、様々な小さな物語

「幼い時は、恐僕たちはサッカーしてたら、イスラエル兵が現れて連行されたんだ。そして建物の中で縛られた。10時間もの間、尋問官に殺すぞと脅されながら、全く僕がしてもいないことを認めるように言われたんだ。彼は僕を殴り、締め付け、あらゆる方法で拷問した。そして、ヘブライ語の書類にサインするように言われ、手錠をかけられ、牢屋にいれられた。医者でさえ、僕のことをテロリストと呼んだ。警察犬の鎖を解き、襲われた。とても冷たくて、汚い場所だった。家族と連絡もできずにいた。あそこには二度と戻りたくないよ。
ーダウド,13歳, アイダ難民キャンプより
15万のイスラエルの家庭が軍事産業によって生計を立ててるんだ。それは我々の経済政策の柱を担ってるわけだよ。
ー前イスラエル防衛大臣より
おれは壁に描かれた絵で、食ってるんだ。毎週、絵を巡るツアーを行ってるんだが、まあ観光客は喜ぶね。年々需要は高まってる気がするし、イエスの聖地を見に来ただけの観光客に現状を説明したり、政治を語る言い訳にもなってるよ。
ーラジャ, ローカルガイド

こうした普段は明るみに出ない、異なる立場からのそれぞれの物語が紡がれていました。
遠隔操作で操縦される、マシンガン搭載付きのパレスチナ人住宅を破壊するためのブルドーザーや人間には耐えられず痛みを引き起こす周波数を発信する軍事兵器など、高度なテクノロジーの結晶でもありパレスチナ人にとっての死神でもあるこれらは、イスラエルのユダヤ人の生活を支えているものでもあることがわかったり、皮肉にも壁に描かれた訴えが金稼ぎの道具になったり、壁の中で悶え苦しむ惨状の断片が垣間見えました。

しかし、イスラエル在住ユダヤ人およびイスラエル兵の声はそこに載っていなかったのが気がかり。さすがにイギリスの立場からして、それをインタビューするのは無理があったのか、なんなんだろうか。
ただ、多くのイスラエル在住ユダヤ人は分断壁を建てるのに賛成しているとの言及はありました。壁がある今でも国が常に外敵にさらされていると信じている人も多いのが背景であると。長い間、自国をもたずに散り散りになっており、虐殺もされてきた彼らにとってイスラエルとは護るべき居場所であり、世界中に存在するユダヤ人の保険でもあるから、それを守りたいと思う気持ちがあるのは分からなくないけど、、複雑。

壁じゃなくて、フムスをつくろうよ!

上述の分断壁には、写真の通り様々なグラフィティ・アートが描かれています。有名なのはバンクシーの、花束を爆弾にすり替えて投げようとしている男の写真であったり、平和の象徴であるハトが防弾チョッキを着て、銃口に狙われている、といったものではないでしょうか。バンクシーもこれを描くときにはイスラエル兵に銃を突きつけられながら描いたらしい。

その他無数のアートある中、ズドン!と個人的にやられたのは下記の写真にある"MAKE HUMMUS, NOT WALL"というメッセージ。

HUMMUS=フムスっていうのは中東料理で、ひよこ豆のペースト状の料理のことなのです。が、大事なのはこのフムスがイスラエルでもヨルダンでも食べられているということです。つまり、両国は生活の中核でもある食の中でとりわけソウルフード的ものにおいて共通項を持っている。食生活はお互い変わらない小さな人間なのだから、壁なんて作ってないで、一緒にフムス作って食べようよ。と言っているわけです。

首都イスラエルの美しさとベツレヘムで起きているリアル。やっぱ一面性だけではだめ。両方、あらゆる多角的視点から物事を知らなければ。片方の現実だけではわからないなあと痛感した旅でした。

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