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オリジナルバンドからDTMerへの道のり。

先日新曲が完成した。Beyond the Journeyという曲である。

そう、この曲は3年前に人生で初めて作った曲で今回リアレンジしてみた。今回の記事では、どのような心境でこの曲を作ったかについて語っていこうと思う。


軽音楽部で組んだ唯一のオリジナルバンド

オレは元々軽音の頃にオリジナルバンドを組んでいた。

過去の記事にも書いたが、うちの軽音はコピーバンドが中心で、オリジナル曲をやる人が皆無であった。基本的にオリジナル曲というのは、超上手い人がやると思い込んでいたのである。

そんなある日、学祭限定で後輩に誘われ、オリジナルバンドをやる機会が与えられた。最初は二つ返事で受け入れたが、これが想像以上に茨の道であった...。

例えば今までやってたコピーバンドであれば、まずバンドスコアを買って、そこに書いてあるフレーズを暗記してあとは反復練習すればいい。
(無ければ耳コピという手もある)

しかしオリジナルバンドであればそのフレーズも自分らで手探りで探さなければならない。

コードも全部一から考えて、そこにいい感じのフレーズを当て込んで行く。これが思っている以上に難しい。

いいフレーズなんてなかなか出てこなかったし、出てきたとしても忘れないように、当時Tuxguitarというタブ譜を作れるソフトで一回一回打ち込んで忘れないようにしたものだ。

当時はまだDAWがなかったのでTuxguitarが唯一の打ち込み方法。

そんなわけで人生初のオリジナルバンドは苦悩の毎日であったが、実際やってみて本当に達成感はあったように思えた。

編曲の苦悩の果てに...

学祭でやってみて、ボロボロの曲はあったけれど、自信のあった曲もあった。

そして自分たちの演奏を聞いて、自分にとって憧れである先輩にギターソロをめちゃくちゃ褒められたこともあった。

また少し自慢のようになって恐縮だが、バンド初合わせまでに何気なく考えてきたギターソロやリードギターのフレーズを引っ提げ、いざ合わせてみた時...、

琴線に触れたのか他のメンバーが終わった後涙を流していた。笑

また終わった後みんなそこら辺歩き回ったりと、とにかく落ち着かない様子であった笑

オレは正直大袈裟だろ...って思ってたけど、今考えれば自分の音楽で他人を本気で感動させた経験って、実はこの瞬間だけだったのかもしれない。

自分のギターで、涙を流すほど他人の感情を揺れ動かしたと考えれば、かなりデカい事をやってのけたんだなと、僭越ながら誇りに思う。

オレたちはコピバンしか経験してこなかったので、なおさらオリジナル曲のフレーズに対して感動しやすくなっていたのかもしれない。

そう考えれば、最初は戸惑ったものの、オリジナルバンドをやる意義は十分にあったんだろう。

コロナ禍になったのでギターを家で録ってみた。

時は流れ、コロナウィルスのパンデミックが起こり始めた2020年。この頃というとバンドマンはライブできず、またライブハウスの閉鎖が続いたりなど、エンタメ界隈に大打撃をもたらした。

ギターはやっているものの、自由に外で演奏できない...、自分もご多分に漏れずそんなジレンマに陥っていた。

そんな時に目をつけたのが、DTMだ。もともとギター教室の先生に勧められてオーディオインターフェースとCubaseは2018年ごろに買っていたが、結局使わないまま...。

おうち時間が推奨されてる今こそ、こいつらを使う時なのでは?と思い、手探りながらもCubaseの立ち上げ方やオーディオインターフェースの同期の仕方、そしてギターの録音のやり方など色々調べてやってみた。

DTM始めたての頃のデスク環境。懐かしいですね。笑

最初、自分の弾いたギターの音をパソコンのCubase上に録音して、その音を聞いた時の感動は今でも忘れられない。

ボイスメモやスマホの動画よりもいい音でギターを録れている...!そんな事実が、オレをさらにDTM沼に引き摺り込んだのだ。笑

オリジナルバンドの曲たちを生ギターや生歌で再現!!

そこでオレは思い出した。大学時代、軽音の後輩とオリジナルバンドをやった事を。

あのバンドの曲は、サブスクやCDで音源化はしていないものの、YouTube上で曲をUPしている。よければ見てほしい。

さて、このバンドの曲自体、ストックはあるものの、すべて合成音声ソフトに歌わせている。

そこであの頃のオレは思いついた。これらの曲を、生ギターや生ベース、生歌で録音してDAW上で再現すればいい感じになるのでは?

それからというもの、ひたすらCubaseに向き合う日々が続いた。後にオレのチャンネルでも挙げた、"蒼のままで"や "月と校舎と菜の花畑" もこのチャンネルにもともと存在した曲だ。

他にも "邂逅プラネット" や "プリズムのアリバイ" 、"宇宙(そら)を飛ぶクローバー" なども当時色々自分なりにアレンジして行った。

まだマスタリングも、iZotopeやWavesと言った有料プラグインも何もかも知らない時代だったが、あの頃はあの頃なりに楽しくやっていたものだ。
(そもそも2020年代初頭にPlugin Allianceのようなサブスク制度は既にあったのだろうか?笑)

断言しよう、オレが4回生の頃に後輩からオリジナルバンドに誘われなければ、今オレはこうやってDTMをしていない。本当にあいつらには感謝だ。

曲アレンジ→Beyond the Journeyの誕生へ。

そうしている中、いつしか自分もオリジナル曲を作りたい欲が出始めてきた。ふとしたきっかけはない。

他人の曲をアレンジしていじくっていくうちに、自分でもおんなじようなことがしたくなっただけに過ぎない。自然な流れと言えるだろう。

どういうテーマでやろうか...、ここはやはりオリジナルバンドのRe:frogにしようか。

大学時代、共に音を合わせたあの充実した時間に戻れない歯痒さはあれど、振り向かずに前へ歩いていきたい。

あいつらの想いも糧にして前へ進む。どこを目指してくのかはわかんないが、もっともっと上に行きたい。

DTM始めた頃、そんなことをずっと思っており、今こそそれを曲にする時が来た。

オリジナル曲を初めて作るということでちゃんとした環境で作りたい。そんなわけで、当時通っていたギター教室の先生と一緒に作っていくことになった。

歌もベースもギターも全て先生の教室にある実機で撮ってもらった。

紆余曲折を経て、なんとか完成した。

少しヴィンテージ感ある旧バージョン。

ギター教室の先生は、60年代70年代や、その前後のレジェンドロックギタリスト(Led ZeppelinのJimmy PageやEric Clapton、Jeff BeckやJimi Hendrixなど)やブルース三大キングなどに影響を受けている。

どちらかといえばアナログ思考のプレイヤーなので、今のDTMerみたいに打ち込みやプラグイン中心で音を作らなかった。

たしか教室にあるマイクプリやコンプ、EQ(Universal AudioやAPI、Rupert Neve Designsなど)の実機を経由した後、オーディオI/F(SSLのBiG SIX)で録音した。

プラグインは確か空間系とPOST EQを少しだけかけてたように記憶している。

なので、今オレが出している音源と比較すると、アナログ感があり渋めのバンドサウンドという印象だ。

3年前と変えたところや、リアレンジするにあたって注意した事。

それから更に時は経ち2023年。改めて今の技術で取り直してみようと思った。

2020年当時はDTMに関してまだ右も左もわからない状況だったので、レコーディングやミックスに関しては全部先生に丸投げしていた。

なので今もう一度自分の演奏力やミックス・マスタリング力を発揮して、改めて音源化したいと思った。そう、自分を試す時がやってきたのだ。

まずリアレンジする時において気をつけたことは、できるだけリファレンス曲に似せる。

今回で言えばDAMIJAWの永遠の星座だが、前の音源だとテンポが遅すぎる。なので、原曲ぐらい(165)まで早くしてみた。

この曲。

またキックやベースフレーズも、前は休符を生かしたフレーズなのだが、今回はリファレンス曲に従い、ルート弾きでシンプルに弾くように心がけた。

ここでリアレンジするにあたって一番重要なことがあって、それは奇をてらったやり方をしないこと。

とにかくシンプルに作る。この一点にのみ集中して音源作りを行なった。ドラムの難しいフィルインやギターソロの派手なフレーズなど、挙げればキリはないが、そういうのも排除していく。

こういうややこしい展開って、賞レースの曲ほどやっちゃいがちだが、所詮オレごときがちょっとカッコつけて難しいことを表現したって、奇はてらえないのだ。

実際に完成してみて、構成的にも物足りなさを感じるが、それでいい。むしろリスナーからすればそれくらいの方が伝わりやすいのかもしれない。

まとめ

そんなわけで、最近カヴァーも含め色々な動画を出せるようになってきて、少しずつ自分の中で音源作りのペースが見えてきた。

音色の作り方や、難しい事を排除して奇をてらわないやり方など。あとは好きな曲だけをただひたすらコピーしていくなど...

"こうしたらスムーズに作れる" っていうやり方に沿ってできてるような気がする。こんな感じで少しずつ自分のできる事をやっていこう。

ヒビロック