見出し画像

2003年ヒッチハイクの旅 〜0番線〜 4日目「泣きっ面に蜂」

 山形市から南に歩き続け、上山市に入っていた。いつの間にか、隣の市まで歩いてきてしまった。
 雨もきつくなってきた。トラックが真横を通り過ぎるたび、傘を体にぎゅっとつけて裏返らないようにしていた。カバンはもうびしょびしょ。靴の中にまで雨が入ってきた。もう踏んだり蹴ったり。泣きっ面に蜂状態だった。
 歩けど歩けど、見えるのは同じような景色ばかり。道を照らす明りはちゃんとあるものの、それ以外はずっと遠くにいくつか明かりが見える程度。
 寒い。
 冷たい。
 しんどい。
 眠い……。
 何時間歩いているのか。休みたい。どこかで休みたい。
 明るくなってきた。太陽が昇ってきた。それは希望の光だった。同時に、夜の間ずっと歩き続けていたことを意味していた。
 歩いている左側は車道。右側にはぽつんぽつんと民家やらが見える。そして学校のようなものも見える。そこで休もうかとも思うが、今進んでいる国道を反れる道がない。いつ現れるかわからない国道を反れる道を目指しながらさらに歩く。しかし歩けば、学校は遠退いていく。
 やっと反れる道があったときには、もうそこには遠かった。そこには行けないが、近くにある十数メートル程度のトンネルの中に逃避した。
 雨だけはしのげる。しかし、一向に雨は止みそうにない。天気予報で、雨雲が近づいていたことは知っている。ただ、体を休めたい。
 トンネルを吹き抜ける風は冷たい。身体が冷える。地べたに座りこもうとも思ったが、汚いのでやめた。壁にもたれ、しゃがみこみ、傘で風をしのいで、無理やり眠ろうとする。
 疲れがどっと一気に出た。しかし、眠れなかった。
 身震いしながら、必死に眠ろうとするが、寒さのほうが勝る。それに、しゃがんだままだと、いくらなんでも眠るに無理があるみたいだ。

 歩き出すことにした。明るくなってきているので、早く場所を見つけて、ヒッチハイクできたらしたい。しかし、一向にそういった場所が見当たらない。
 中途半端に休憩したせいで、ものすごく眠い。幾度と幾度と睡魔が襲ってくる。そのたびに、手すりのような、国道の端にもたれかかるのである。幸い、今歩いている歩道は段差になっていて、車道と歩道がはっきりわかれている。車にひかれる心配はない。私が眠さで、道路に出ない限りは……。
 もう、立ったままでも眠れそうな気がした。もし、雨が降っていなくて、傘を差していないとしたら、多分、もたれたまま眠れる自信があった。
 進む距離も、まったくといっていいほど、進まない。歩いてはもたれかかり、歩いてはもたれかかり。
 あまりの眠さからか、ありもしないトンネルが前方に見えた。見えたというか、見間違えた。ちゃんと見れば見間違えるようなものでもないだろう。
 しかしなんとか、正気を取り戻し、しゃんとして歩き出す。

 前方に、建設中の民家が見えた。まだ木の骨組みの段階といったところ。人はいない。悪いとは思いながら、見つかったらヤバいと思いながらお邪魔することにした。
 上からは、ちょっとはさえぎられているものの、雨は降ってくる。
 座れる場所を探す。ゴミ袋を取り出し、濡れている木の骨組みの部分に敷き、そこに傘を差したまま座る。木のいい香りがする。
 雨打つ音の中、ほんの少し眠ることができた。

 歩き出し、近くでヒッチハイク出来そうな場所を見つけ、そこでヒッチハイク開始。
 もう、時刻は6時を過ぎている。
 頼む。停まってくれ。
 5分から10分ほどで、停まってくれた。
 助かった!
 そのあっけなさに驚いた。
 新潟には程遠いけど、途中まで乗せていってくれるというその人は、さわやかな男の人。
 仙台から東京までヒッチハイクしたことがあるらしい。やっぱり乗せてくれる人ってこういう人多いのかな。こんな土砂降りの中、びしょびしょな私を乗せてくれるくらいなのだから。
 米沢まで行くと言うが、途中の道を反れたところのほうが、新潟に行く人多いと言うので、その男の人の言うとおり、反れた道のところまで乗せていってもらうことにした。
 その車に30分ぐらい乗せてもらい、その道のコンビニで降ろしてもらう。

 依然として、土砂降りは変わらなかった。
 コンビニを見回し、コンビニから出てきた無口そうな太ったおっちゃんに声をかける。すると、なぜか無言のままコンビニに戻っていってしまった。トラックの運ちゃんにも声をかけるが、新潟方面には行かないと言われた。
 今回も声をかけるのはこれで終わり。恥ずかしさの限界もここまで。ボードハイに切り替える。
 少し歩いた場所がまあまあよさそうだった。この場所を逃すと後にあるかどうかわからないので、この場所でヒッチハイク開始。
 そして、またすぐに一台の車が停まってくれた。
 30前後に見える女性。こんな寒いのに関わらずなぜか半袖。そしてなぜか、助手席ではなく後部座席に乗せてくれた。
 私の横に車を停めるのが慣れているなと少し思ったのでそのことを聞くと、前に2、3回ヒッチハイカーを乗せたことがあるらしい。どうりで。
 道の駅のような場所が見え、そこで降ろしてもらった。

 そこは、「いいで」という道の駅だった。
 「トイレ」と書かれた場所へ歩いていく。
 休憩室みたいになっていて、その奥にトイレがあるみたいだ。中に入ろうと、自動ドアの前に立つが開かない。
〈なんでや?〉
 中に人いるのに。みんながこっち見ている。反対側にもドアが見えるので、そっちから入るのだろうか。
 恥ずかしいと思いつつ、傘を閉じる仕草をしてごまかしながら、次来た男の人がどういう行動に出るか見ていた。
 男は自動ドアの前に立つ。開かない。少し周りを見て、手でこじ開けて中に入っていった。私も中に入った。トイレで用を済ませ、トイレを出たところのベンチで休憩した。
 目の前には、ちゃんとした休憩所がある。大きなモニターがあり、ちゃんとベンチもある。まだ時間になるまで開かないのだろう。
 外は雨。近くには、私より年下に見える男の人がベンチに座っている。初めは気にならなかったが、徐々にその男が気になってきた。
〈なにしてんねやろ〉
 旅行客と思われる人たちはトイレから出たらだいたいすぐに外に戻るのに、この人はそこに居座ったまま。もしかしたら、この人も私と同じようなことをしているのかもしれない。そうじゃないと、これだけの時間、こんな時間帯にこんなところにいない。
 反対側のドアあたりに自転車が見えた。もしかして、あの自転車に乗って旅をしているのでは?
 その男が気になりながら時間を流していく。

 スーツ姿のおじさんたちがぞろぞろと中に入ってきた。中国かそこらあたりの言葉をしゃべっているように聞こえた。多分、強いなまりの山形弁なのだろうけど、私には、なにを言っているのかさっぱりわからなかった。会話をじっと聞いていると、日本語のフレーズが出てきたので、やっぱりなまりなのだとわかる。
 私の横に座ったおじさんに、なにがあったか尋ねてみた。どうやらバスが故障したらしい。どうりでさっきから、案内役っぽい人がケータイを片手になにやらせかせかしていたわけか。
 やがてその人らはどこかへ行った。
 8時半ごろ、女子高生らが集まりだす。そこで気づいたが、近くにいる男の人も、どうやらこの女子高生らと関係があるらしかった。同じ学校かなにかなのだろうか。ここにバスが来るのだろうか。それにしても、ずいぶんと前からここにいたものだな、この男の人も。
 男は、その女子高生らと一緒にどこかへと姿を消した。その男の人は旅をしているわけではなかった。
 私は、開いた目の前の休憩所へと移動した。そこで、夕方になるまで時間をつぶすことにした。時間をつぶす理由は、昼間にヒッチハイクするのが恥ずかしいことと、濡れた足を乾かすため。夕方の帰宅途中の車を狙おうと思った。

 その長い時間は、眠ったり、Sからもらったスケッチブックに絵を描いたり、目の前のテレビを眺めたり、外の様子を眺めたりした。朝からずっといるので、多分、変な目で見られているだろう。
 ところで、日に焼けた私の鼻がえらいことになっている。風呂にも入っていないせいか、ぐじゅぐじゅになっている。
 雨は、勢いが衰えたり増したりしていたが、まだ止みそうにはなかった。

 しっかり休憩を取った。足はまだちゃんと乾いていないが、歩き出す。
 もう夕方。しかし、太陽が沈むにはまだ時間がある。
 空は曇ってはいるが、今、雨は止んでいる。新潟方面へと、目の前の国道を歩き出す。が、ちょっと不安になる。本当にこっちの方角で合っているのだろうか。
 空は雲で覆われているため、太陽がどっちにあるかわからない。どっちが西か東かわからない。
〈ここに来るのに、確かあっちの道から来たよなぁ。来た、よなぁ……〉
 少し戻り、看板を見て、合っていたことを確かめ、歩き出す。
 少し行ったところのガソリンスタンドのちょっと先の緩やかな上り坂でヒッチハイク開始。かかげる行き先は依然として新潟。
 ヒッチハイクを開始して、すぐ、一台の車がウィンカーを出してきた。乗せてくれる、と思ったが、すぐ後ろの、目立たない細い道へと曲がっていった。
〈こんな道、行く人おるんや……〉
 森の中に彷徨っていきそうな道に見えた。
 車の通りも悪くない。時間帯も悪くない。場所もそれほど悪くはない。
 約30分後、後ろでクラクションを鳴らされる。数メートル後ろに車が停まった。小走りで近づく。運転席には女の人。乗せていってもらえることを確認して助手席に乗る。
 新潟まで行くらしい。急いでいると言う。今からライブがあり、それに向かっている途中だと言う。
 新潟の湯沢というところでやるらしい。
〈湯沢?〉
 聞いたことがある。秋田にも湯沢があって通ってきた。地図を見せてもらい、高速に乗って湯沢のインターチェンジで降りるという。本当に「湯沢」とある。
 身も心も若々しく見える20代後半と思われたその人は、歳を聞くと33。少し姐御肌という感じで、見ず知らずの私とも気さくにしゃべってくれる。
 いきなり言われて驚いたのが、私のしゃべりを聞いてのこんな言葉。
「津軽弁だってわかった」
 いやいやいやいやいや。津軽弁ちゃうし。大阪弁やし。
 確かにあまりなまっていないとよく言われるし、津軽弁の青森方面から来てはいるけど。
 とてもしゃべりやすくて、私も途中からほとんどタメ口だった。

 コンビニに寄って、食べ物を買い込む。私もお腹が空いていたのでおにぎりを一個持ってレジへ。私が金を出そうとすると、彼女は当たり前のように私の分のおにぎり代を出してくれた。そればかりか、もう一個おごってくれた。
「おにぎり温めますか?」
 と店員に聞かれる。それを聞くのは北海道だけと聞いたので「山形でも聞くんやぁ」と思った。
 車に戻る。彼女は運転しているので、買ってきた飲み物を開けてと頼まれ、開けて渡す。おにぎりも開けて渡す。
 外は雨。次第に強さを増してくる気がする。雲もどんよりとしている。

 彼女の話は面白かった。
 私がバイトもなにもせずにこの旅に出ていると言うと、共感してくれた。若いうちから就職なんてするもんじゃないと一緒に言う。彼女は、色んなところを旅しているという。旅をするのが好き。主に外国。この前はキューバに行ってきたと言う。
 凄い人だ。しかし、もっと驚いたのは、数日ではなく、長くて1年という期間行くということ。だから、日本で数年働いて、外国で暮らす。そんな生活。そんなこともあってかどうなのか、未婚。しかし、結婚しても旅はしたいという。
 山形の米沢というところ出身らしいが、あまりこの人もなまっていない。昨日、Sに会ったときに話していたことだけど、青森がなまりすぎているだけなのかもしれない。大阪と青森の言葉しかほとんど聞いていない私は、そこ以外のあまりなまっていない言葉を聞くと、「なまってへんなぁ」と思ってしまう。
 家から車に乗って5分くらいで私がヒッチハイクしていたところに来たらしい。新潟のライブはこれで三度目だと言う。
 そうこうしているうちに新潟県に入る。走っている間にすっかり夜になってしまった。
 途中、少し迷っていて、コンビニで道を尋ねる。そうなんでもすぐに人に聞けるのがうらやましかった。私はそういうのが苦手である。男と女の違いと言ったら言い訳だろうけど、そういうことが女の人の方が得意なのは確かである。とにかく見ていてうらやましかった。
 田舎道から次第に建物が密集している地域に来て、そこをさらに走らせ、迷いながらもバイパスに出る。ここは高速に入るためのバイパスである。ここまで来たらもう道に迷うことはない。
 「新潟の道はいい」と言っていた。それが、このバイパスのこと。高速でもないのに、時速100キロで走行出来る。もちろん、それは物理的に。ずっと真っ直ぐな道なのと、信号がないおかげ。
 雨の中、猛スピードで駆け抜ける。
 私は高速に乗せていってもらうか、手前で降ろしてもらうか迷っていたが、行けるところまで一緒に行くことを選んだ。なるべく先に進みたいというのもあったけど、できるだけ一緒に話をしていたいという方が強かったかもしれない。
 とにかく、そのバイパスから高速に乗る。

 これで、富山まではもうすぐ。
 富山で会いたいと思っている人がいた。前に、オフ会をしたときに会ったYとN。富山に住んでいる。しかし、連絡を取ろうとしたときには、ケータイのバッテリーが切れかかっていた。
 Yに、公衆電話から自宅に電話をかけてもいいかの確認のメールを入れる。いつ電話をかけてくるかを聞かれ、だいたいの時間をメールで送り、そのあとの20時38分にYから送られたメールを最後にバッテリーが切れる。阿呆なことに、なにも電話番号の控えを取っていなかった。富山まで行けるなんて考えていなかったし、遅くても富山に着く(と思われる)前日ぐらいに連絡入れればいいかと思っていた。しかし、ケータイが使えない以上どうすることもできない。その人の連絡先を知っている人の連絡先すらもわからない。

 高速のパーキングエリアを探しながら走る。ここで、またしても失態が。
 今、私を乗せてくれている女の人が行く湯沢は、私が行く富山方面とは別の方向。私はその分岐点の手前のパーキングエリアで降ろしてもらわなくてはならないことになる。
 気がついたときには、それはもう通り越していた……。
 二人とも、車が高速から出入りするインターチェンジとインターチェンジの間あいだに一つずつパーキングエリアがあるものと思っていた。そして長くしゃべっていたいがために、行けるところまで行こうと思っていて、一つ目のパーキングエリアで降りればいいものを、その分岐点が来てようやく、その阿呆さに気づいたのである。
 でも、まぁ、いい。
 過ぎたことをくよくよ言ってもしょうがない。
 なるようになれ。

 彼女は「どうしよう」と、一緒になって悩んでくれた。
 そのままついていき、分岐点から一つ目の、けっこう広めのパーキングエリアで降りる。
 雨は止んでいる。
 目の前をオレンジ色のシャツの男の人が横切っていくと、彼女はすぐさま近寄っていってこの先がどうなっていて、などを聞いてくれる。私もついていき、その男の人がいろいろ説明してくれるのを聞いていたが、直接の解決策には結びつかなかった。
 このままの流れで、関東方面に行ってしまおうか。それとも、ここから引き返して一度、分岐点の手前のパーキングエリアまで戻って、富山行きを探そうか。
 ちなみに売店の営業時間は24時間。ここで寝られないことはなさそうである。
 せっかくのライブなのに。3日間ぐらいあるらしく、今日は前夜祭みたいな感じらしい。今日は仕事が終わり、一番初めから間に合わないとわかっていたけど、急いで車を走らせていた。夜の9時から始まるらしい。もう9時半。こんな私を乗せたばっかりにと、申し訳ない気持になった。
 どうしよう、どうしようと考えていたが、ここでお別れすることにした。後は自分で考える。
 写真を撮り、彼女は車へ。すると、さっきのオレンジのシャツの人が通りかかった。彼女は、あの人がどこに行くか聞けばいいと言ってくれ、それに従うことにした。彼女にお別れを言う。

 走って近づいていき、その男の人にどこに行くか尋ねる。逆方向、つまり私が行きたい分岐点のほうへ行くらしいが、その分岐点の先までは行かないという。しかし親切に、ここのパーキングエリアの逆側まで車で連れていってくれるという。記念すべき10台目。
「彼女ですか?」
 そう言われて驚いた。今一緒にいた人が彼女に見えたのか。もちろん否定したが、言われれば、そう見えなくもない。私は老けて見られるし、女の人は若く見える。姉とかいとことかより「彼女」と見えるのが自然なのかもしれない。
 さらに驚いたのは、この男の人、私より年下だという。容姿は、少し太っているが体格はがっしりしていそうで、髭を生やしている。そう言われれば年下に見えなくもなかった。
 高速は流れがあるので、一方通行でしか行かない。つまり逆方向に戻るには逆方向の道に行かなければならない。その男の人の車に乗り、細い道を抜け、逆のパーキングエリアまで移動する。
 男の人が、女にフられたという話をしてきた。女がフるとき、自分を好きだと言いながらフったという。
 それにものすごく同感した。女の人って自分でフっときながら、愛してるとか言うから、女ってやつはわからん。
 そして彼は、その後もその女の人とセックスをしてしまったことなど話してくれた。
 売店の裏側で車を停め、売店の裏のドアから中に入っていった。
 向こう側の売店と違い、小さく、人も少なかった。
 どこかから男の人が持ってきた地図を広げて、二人でどうしようか考える。このまま南に下って、関東方面に行くのはやめた。じゃあやることはもう決まっている。決まっているけどなかなか行動に移せない。
 悩んでいても仕方ない。やっと行動に移す。
 近くにおったおっちゃん二人組に声をかける。しかし、乗せてはもらえない。そしてすぐさま近くにいた別の男の人に声をかける。
 髭でメガネの人。カレーを食べている途中だった。無口でちょっと恐かったが、乗せてもらえるとのこと。礼を言う。
 そして、ここまで一緒に来てくれた男の人とも礼を言って別れた。
 食事を終えるのを待ち、そして一緒に外に出る。
 11台目はトラック。
 トラックに乗せてもらうのは、今回の旅で初めて。助手席に乗る。
 助手席は、人を乗せることを考えていないためか、ごちゃごちゃしていた。辺りにもいっぱい物が散乱している。

 旅に出て4日目だと言うと「四日目でここ?」と言われてしまった。自分としては速いと思っていたけど、そうでもないのだろうか。考えてみればそうかもしれない。
 30代前半と思っていたその人は40の前半。乗せてくれる人はみんな若く見える気がした。
 来るときは、さっきの女の人としゃべっていたせいか、それほど遠いと思わなかった距離が、戻っている今は遠く思えた。
 そのトラックの運ちゃんが言うには、トラックは東京からのほうが九州に多く出ていると言う。
 分岐点を過ぎ、もと来た道「栄」という小さなパーキングエリアで降ろしてもらう。
 売店は閉まっていて、自動販売機だけしかないが、人はまあまあいる。
 中の、もう閉まっている売店の前にある自動販売機のところで一人のメガネをかけた女性に声をかける。女の人に声をかけるのは初めてだ。
 嫌な顔されるかと思ったが、されなかった。むしろ、笑顔で応えてくれた。そして、また自分が阿呆なことに気づいた。
 富山方面に行くか聞いて、行かないと言われて気づいたが、こっち側では新潟方面に行く人しかいないんだった。そう、このままだったら、新潟に戻ってしまう。富山に行くためには、再度、逆の方面に行くパーキングエリアへ行かなければいけない。
 質問を変えた。向こう側に出る道はないか、と。しかし、わからないらしく、自分で探すことにした。
 外に出てあたりを見渡す。それらしきところに歩いていってみるが、道らしき道がなかった。さっきの場所みたいに、逆側に出る道はないのだろうか。ここの売店で働いている人もいるだろうし、向こうの売店と繋がっている道があってもおかしくない。
 すると、さっきのメガネの女の人が私のところまで来てくれた。バス停があって、そこから降りる階段を見つけたという。
 礼を言って、そのバス停へ行くと、確かに、下へ出る道があった。
 普通の道から、高速に出る方法があると聞いてはいたが、このことだろう。さっそく、降りてみる。しかし、これだけ蜘蛛の巣がはっているのに、利用している人はいるのだろうか。
 階段を下りたそこはなにもなかった。
 田んぼか畑が一面に広がっている。そしてぽつんぽつんと民家が見える。明りもぽつんぽつん。左側の売店の裏側の道を歩く。そして、そのまま売店の裏へと続く上り坂を上るがなにもない。
 私はこういうことには勘がいい。ここになくても、向こう側へ出る道があるはず。そう思い、逆の道を行くと、向こうへ抜ける高速の下を通るトンネルがあった。そして、逆側に到達し、また同じような階段を上って上に出る。逆側のパーキングエリアに出ることができた。
 さて、誰に声をかけよう。
 女の人がいる。あの人にしようか、でも彼氏みたいな人がいるし、声をかけづらい。
 他の男の人にも声をかけてみたが無理。
 幸い、ここには室内に椅子と、壁にくっついていてスペースこそ小さいがテーブルもある。
 ここで日記を書きながら自動販売機に来た人に声をかけよう。
 さっきまでつかなかったケータイの電源を入れて、ほんのわずかだけ電源がついている間に富山のYの自宅の電話番号だけはどうにかひかえることはできたが、時間がもう深夜ということもあり、せっかく公衆電話があっても電話をかけられなかった。
 次第に人が少なくなっているのは感じていた。いつの間にか、人がほとんど来なくなってしまった。たまにトイレに来る人はいるが、こっちの室内の自動販売機にまではあまり人が来なかった。
 それにしても、ここは暑い。まだ長袖を着ていた。
 時刻は、もうすぐ5日目の午前0時になろうとしていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?