ガルダ 第二話 経営の品格

「今日のソーシャルニュースです。今日は大型買収の話で持ちきりのDASHの話からです。」

店舗に最近設置した大型テレビから流れるネットTVのニュースではTwitterのFeedを見ればすぐわかるような話からだった。 微妙なネット美人のニュースキャスターである、佐野浩子がその特徴的な少しゆがんだ唇の動かして、ニュースを読み上げる様をみる鳳は、数年前ただのOLであった彼女の姿を思い出し、この日本のインターネット業界に漂う「インチキ」感はどこから生まれたのだろうか?と思うのであった。それはこの数年来のテレビ番組にも言えることであるし、20世紀終わりまでの本物と本物が作り出す素晴らしいコンテンツの価値は微塵も感じ得なかった。

そう言う意味だと72時間番組はすごくよかったと思う。強大なファンを持つ現役アイドルは40歳を超えてもものすごいインフルエンス力を持っていると言う証明だからだ。

さて、佐野アナが話す内容は、今日もTwitterとFacebookを賑わせている、秒速で買収された起業家の話だった。85億の価値を開始3ヶ月でつけられたそうだ。起業家、投資家共にアメージングと賞賛の嵐であった。だが、金はそもそも虚像であってそれ自体に価値が存在してるわけでもなく、信用創造と言う意味で、彼は85億円の利益をその後”産む覚悟”があったから引き受けたはずだ。もし、その覚悟がなければそんな額受け取れないはずだ。単発のイグジットではなく、未上場企業によるM&Aなのだから収益性が重要だ。どうやら、鶴川会長はDASHを中心に中古スマホの買取、特に日本ではiPhoneが大量に出回っているからそれを回収し、リストアしたのちアフリカや中東で大量に売りまくろうとしている。タイムマシン経営でもあるし、アービトラージとしてもとてもしっかりしている。日本で受け入れられる製品の品質は並大抵のものではないから、別の国では十分に中古でも新品同様に受け入れられる。

シンプルだからこそ、かなりの利益を見込めそうな分野であった。途上国で給料の3ヶ月分の商品を借金して買うという流れは、高度経済成長期の日本と同じ構図だ。今月は1万円しかないかもしれないが、来月になれば2万円になっているかもしれない。そういう夢のある国で戦えば、華僑ならぬ日僑と呼ばれるのかもしれない。

鳳はそのディスプレイ越しに見える、EMMの戦略に感心しながらも究極に儲かることは案外シンプルなものと思っている自分がそこにいたことに驚いていた。鳳たちは昼時のランチを社食がわりに1の店舗でとっている。ニューヨークとロンドンで流行っているBAOがこの店の売りだった。鳳はかき揚げ、クリストファーは三元豚の土手煮、レイチェルは蒸しエビのタルタルパクチー、そしてインターンの花純はサバの照り焼きを選んでいた。

包むと書いてBAOはほのかに感じる中華まんの皮の甘さが挟んでいる食材を邪魔せず程よいバランスを成り立たせている。これにビールが飲めればなと鳳は昼間から邪な思いに囚われながら、午後の来客とテレビに映るこの85億事件について、メンバーと会話をしていた。

「暗土さんはいい着眼点だったと思う。法的にグレーゾーンを攻めて、指摘されたら是正してってところは、ほんとベンチャーらしい。愚直にやっていたし、実際にものも動いていたのは隣のビルだからちょくちょく見ていた。そこは何も言うことはない。問題はだ、EMMの財務担当が数億しか評価しなかったバリュエーションをだ、10倍ぐらいで見積もり直した点にある。どう言う風に帳尻合わせるのか、孫さんと同じようにやるんだろうけれども、そうすると翌年度ののれん代が利益を圧迫する。上場企業じゃないからそれでもいいのかもしれないけれども。」

そう鳳は思っていることを全部吐き出すと、クリスはこういった。

「それは別にいいんじゃないの。むしろ、僕たちのエコシステムを回すためにも儲かっているだ企業からお金を引き出すのは重要なポイントなんだ。中小機構や産業革新機構、その他銀行や大手の企業がLPとして出資はしてくるけれども、出資される分だけ僕らの自由はなくなってくる。だから、Exit案件をどんどん増やすこと自体が重要で、それが原資で次のファンドが組成できるわけだし、僕たちの自由も大きくなる。大体、板垣さんもいっていたじゃない?3号ファンドぐらいまでやらないと、思ったことはできないって。特に独立系はね」

鳳もレイチェルも頷くと、インターンの花純が目をパチクリさせながら、

「あんまりわかっていないんですけど、私はこの人がこの85億をどう使うのかに興味があります」

鳳とクリスは、ほぉと言う顔で花純を見返すと、花純は続けて言った。

「この85億を子会社になったからと自分で使うのか、会社に再投資するのか、はたまたエンジェル投資家になるのか、LP出資に回すのか、それとも全く違う社会福祉に回すのか、気になります。私なら、この事業が本当にやりたいことでないならば、EMMのお金で回して、85億を社会福祉に入れ直します。そのための財団法人を作るかもしれません。」

鳳は少しだけ難しい顔をした。それは女性らしい素晴らしい提案だが、お金を簡単に失う悪い手でもあった。

「君の提案は素晴らしいと思う。だけれども、それはその85億をドブに捨てるような話なんだ。85億をドブに捨てず、1000億を生み出す必要がある。投資として成立するのかどうかは価値を生み出すかどうかなんだ。」

花純は、ムーっと頬膨らませたが、レイチェルが軽く笑ったので軽くため息をついてBAOを最後までほうばって、出されたほうじ茶で押し込んだ。

「まぁ、彼がTFF(直接投資可能な金融資産が10億以上のエンジェル投資家だけが入れる投資クラブ)に入るのは間違いないだろうね。エンジェル投資家になるとは思うよ。さて、この話は終わりだ。次が問題だね。彼は事実上の倒産をしているから救うのかどうかと言う点と、本当にこの領域に投資することでビジネスになるのかどうか、そこを決めたい。」

彼とは伊川正文34歳。経歴は日本の大手メーカーと孫氏率いるスプルバンキグループ出身で、テクノロジーを瞬時に理解し説明し導入させることに長けていたが、プレゼンテーションは下手だが、説得は得意というVC泣かせの人間であった。ピッチイベントに登壇させ、注目を浴びればそれだけ資金調達をしやすくなるわけで、ピッチが下手というのは目立ちづらいという問題もある。他の投資家やコーポレートベンチャーキャピタル(=CVC)へ上手くアピールできれば次のラウンドでのバリューが高まる。もちろん、従来のように、売上と利益を稼ぎ、DCF法(ディスカウントキャッシュフロー法・・・一定期間の稼ぎ出す利益を見積、将来の発生利益から価値を80%程度でディスカウントして会社の株価を見積る手法)で算出することもあるが、これは元々不動産の算定根拠のための方法だったから、今ではそれほど有効な手立てだとは思われていなかった。伊川は、時間があれば説明できるというのが口癖だったから、時間がない瞬発力の必要な場では彼の良さは発揮できない。それが悩ましいところであった。

だが、伊川の先見の目とアイディアの豊富さ、知見の深さは人としての投資としては対象内であった。だが、問題は経営の稚拙さが気になる、そういう人物である。どうやら3年ほど苦労し、昨年リリースしたサービスも先日閉じた。そこら辺の話ももう少し詳しく聞かなければいけないところであった。

「前回も話した通り、75%はアグリーなんだ。だけど、25%部分がきになるのは彼はチームを作れない」

クリスはそう言うと、食べ終わったBAOの包み紙をくしゃくしゃにして蒸しかごの中に入れ、残っていた自家製ビールで漬け込んだピクルスを口にいれた。

過去の動きを見ると、突発的な感情からチームをなんども崩壊させているのはわかっている。そこをうまく受け取ってくれる番頭が彼には必要なのは明白で、そこを口説き落としていないあたりに、彼の中に何かしらのメンタルブロックが存在しているのは明らかであった。

「チームが存在していれば、十分に面白い投資領域なんだけれどもね。それからそれを裏付けるためのデータが、無い。論文だけでも現在のプロダクトだけでも評価はしづらいのが本音だね。」

まぁ、そうだろうと鳳はうなづいた。レイチェルも、

「市場だけで投資できる訳でも無いのですよ」

それもそうだ、と彼は思った。

「うーん、私は面白いと思うんですよね。正直、今の作品って最低限の足並みが揃っていないから、AIとかがある程度担保するとかありえると思うんですよね。」

花純はそう言うと、鳳はニーッと笑って指をさした。

「そう、そこなんだ!AIが人間をサポートすると言う仕組みと思想はあまり無い。人間のオルタナティブばかりがもてはやされることに、俺は違和感しかない。正直、絵コンテから始まる管理ソリューションには興味がないと言うか、キャッシュカウになるとは思うが本質はDBだから、そこにこいつらを注力させたい。」

本質を突くと言うことがとても大事だと説くのが鳳だし、クリストファーだった。鳳はさらに続けた。

「だいたいにおいて、顧客がいると言う点はビジネスにはなるが、未来ではなく今を過ごすと言う意味だから、スタートアップ的な未来が待っている訳ではない。だが、キャッシュはとても重要だ。だから、そのバランスが難しい。正直小銭を稼ぐ話をする前に、ビッグピクチャーが欲しい。そして、彼にはそれが描けるはずだし、描いて欲しいと思っている。」

「つまり?」

「つまり、俺はあいつにビッグピクチャーを描かせるために、まずはコンバーチブルエクイティで総額5000万ほど集めようと思う。俺はリードを取る。みんなは?」

「どうして、我々だけで入れないんですか?5000万ぐらいならすぐにでも入れていいでしょう?」

花純は本当に賢い子だな、良い指摘だと鳳は思った。

「シンジゲートにする理由は単純だ。彼がどれだけの人を惹きつけられるのか、惹きつけさせるための訓練という側面もある。だめなら最後に俺達が入れればいい。納得できる?」

本当はファンドマネージャー且つゼネラルパートナーの鳳の一存で全て決まるのだが、彼は絶対に自分の意見だけで決めようとはしなかった。それは自分が間違っているかもしれないし、自分の視点以外の意見も常に取り込みたいと思っているからだ。自分は神でも帝でもない、ただの人間なのだから。

「異議なし」

そう言って、3人とも挙手を行った。本当ならば5Fの事務所でやるような話だが、オープンな場所の方が話が通りやすいというのもある。これが、彼らの日常でもあった。

「よし、Done。」


ーー昼も終わり、5Fに戻った4人は伊川を向かい入れる準備、とは言っても心構えぐらいの話なのだが、平静を保っていた。毎度のことだが、この投資を決めるのはあって決めるというよりもある程度の合意を事前に取っておいて、最後の裏付けとして会うというスタンスを彼らは取っていた。出会って即投資のような事はTwitterなどではまことしやかに語られているが、実際にはある程度の事前のすり合わせのようなことは行っている。

問題は、その基準から外れた人間を見つけた場合だけが、これがまた難しい。ファンドの残りの帳尻合わせだったり、ポートフォリオに足りなかった場合、他のファンドに取られるよりも前に入れたいという欲に駆られた場合など、様々だ。大体において、即投資を決めるというのは愚かな行為でもある。もちろん、直感が正しい場合も多いのだが、だからといって企業のオーナーでもある自分の勘だけで経営判断するのは、正気の沙汰とは思えない。ロジックだけでも感情だけでも、まして勘だけでもだめでそれらのせめぎ合いこそが正しい投資判断が出来る、そう感じているのが鳳であった。統計的には5年以上投資経験がある人間が学歴や起業経験問わず良いパフォーマンスを出しているという調査結果もあり、鳳の勘が答えに最も近いのはわかってはいたのだが、若いメンバーの経験という面を考えると、常に問いかけ続ける必要が今の自分にはあると感じていた。秋空の心地よい空気の中で、空中庭園の芝生を輝かせていた。鳳には、それだけでも十分に気持ちが良かった。

秋空の心地よい空気の中で、午後の日差しが空中庭園の芝生を輝かせていた。鳳には、それだけでも十分に気持ちが良かった。そういう日はたいてい、上手くいく。そう自分に言い聞かせているのは、そんな成功体験など何も意味しないことは十分に知っていたから、常に前向きにどんなことでも受け入れようとする防御の構えであったのかもしれない。

エレベータの機械音が聞こえてきた。チンッと到着を告げる音が小さくフロアの奥から聞こえてきた。扉が開くと、タートルネックにジャケット、それにジーンズにスニーカーの装いの男が現れた。伊川である。伊川は青白い顔に無表情な顔で、声は元気がなくかすれていた。

「伊川です。鳳さんいらっしゃいますか?」

入口付近に座っていた花純にそう告げると、居心地が悪そうに伊川は佇んでいた。伊川は部屋をまんべんなく見回していた。鳳に伊川が到着したことを告げて花純は戻ってくると、伊川を空中庭園に案内した。

伊川は扉を開き、空中庭園の景色に息を呑んだ。このしばらく、絶望とアルバイトで精神が追い詰められていたから、渋谷で代々木公園以外でこんな景色を体験できるとは思ってもいなかったからだ。

「ようこそ、伊川さん。鳳です。ソーシャルでは何度かお話しましたけど、リアルではこれが初めてですね。どうぞ」

そういって、鳳は椅子に座るように促した。鳳はゆっくりと椅子を引き座った。その時、彼は癖なのか左に体を揺らし、バランスを崩しているようだ。

鳳は「大丈夫ですか?」と聞いた。伊川は「いつものことです」と返したが、その体のバランスのいびつさに彼の日頃の生活は過酷なのだろうと鳳は想像した。運命とは皮肉だし、神は超えられない運命は与えないと言うが、心が折れることはよくある。既に、疲弊しきっていた彼の表情には、ベンチャーキャピタリストへのそもそもの不信感と、どうせ話だけ聞いて終わりにしようと思っているんだろう?という時間の浪費に対する不信感が蔓延していた。それは目を見ればわかる。

「伊川さん、あなたがやってきたことは大体調べていますし、聞いていますので理解しています。そこで、今一度聞きたい。あなたは私達と一緒にやっていく気はありますか?」

伊川は目を細めた。目の前に座る男がいまいち何を言っているのかよくわからなかった。そもそもVCと言う存在が起業家を選ぶのではないのだろうか、と。それを一緒にやれますかと聞く意味がわからなかった。

「一つ聞きますが、私たちはあなた方にとってタダの金融商品のパーツにすぎないのではないのですか?ポートフォリオバランスを維持するための。あなた方だってLPたち機関投資家からみたら投資信託の1つにすぎない。機関投資家のポートフォリオバランスの一種にすぎない。だから、これはゲームなのんですよね。経営という名の。」

鳳は、そこまでこの30代の経営者の心を歪ませたのかと思うと、昨年騙した男が許せなかった。彼をここまで追い込んだのは、投資ファンドもまだ出来ておらず、見切り発車で勧誘し、数カ月も待たせた挙句、ビジネスをピポッドさせ、先行着手で開発も進めビジネスにもならないSEOとは名ばかりのどうしようもないメディアビジネスの後始末に奔走した結果であった。彼は本質的には責任を取る必要はなく、勧誘した側が持つべきリスクを一人で背負っていたに過ぎない。無責任なアソシエイトが招いた悲劇であった。

そのアソシエイトは嘘をいくつかついていた。稚拙で大した経験もないのに言葉の強さと立場の強さから事実誤認をさせて、あってはならない方向に話を進めていく。さすがは元コンサルだなと「ご立派な屁理屈」だけは見事だった。嘘か本当か、ファンドが成立しなくなったとき、まだ諦めていないとプロジェクトを一ヶ月も伸ばさせ、業務委託も取らせず、専任させた罪は重かった。仕事を作ることの難しさをわかっていない子供戯言にすぎない。そうしているうちに、支払いだけは残りクリエイターや開発者も抱えていた事から撤退と言えず彼はリリースしてしまった。くだらないプライドを捨ててしまえばそんなことは、その後はまだなんとかなったのに。

とにかく起業してからの彼は完全に運に見放されていた。罠にハマったとしか言いようのない転落劇であった。4年もやって仲間は集まっては消え、集まっては消え、それは彼のパーソナリティにもよるのだが、構想は十分に面白いのに形にできない。そして、形にしようとするとチームが離散するそんなことが何度も何度も繰り返されてきた。そして、そんなことが繰り返されたからなんとかしてリリースだけはしたかった。もう誰かの下請けにはなりたくはない。そういう思いが彼を暴走させたことは間違いない。

くだらない、とは一蹴しようもない。だが、実に人間的でくだらないプライドが歪みを産んだ結果だった。彼には才能がないのか?と思うが、結果的に彼には経営の才能は無いだろう。だが、言葉の強さとものづくりの勘は強い。特に企業向けコンピュータサービスについては長くやってきていてその次代の最先端に触れているから、詳しいし業務理解も速い。

だから、彼はこう言った。

「僕は、この4年ほど時間をムダだと思ったことは一切ありません。確かに1年程寄り道していましたが、私にとってこの一年は飛躍のためのスイングバイみたいなものだと思っています。綺麗事はもう言わなくなりました。地獄も見ましたが、ご飯が食べられるだけましですし、雨風がしのげればそれでいいんです。そして、私は思いました。これまでの私のサービスは顧客不在だったんです。でも、今は顧客がいます。この業界にデジタルトランスフォーメーションを起こせれば、勝てると思っています。」

あれだけ絶望的な表情を見せていた伊川は、この時ばかりは目に炎が立ち込め、体からもオーラらしきものが見えはじめた。

「では、もう一度質問します。私達と一緒に歩む気はありますか?」

伊川は目を真っ直ぐに鳳に向けて、頷いた。

「はい。」


ーー夕暮れ時の渋谷は神々の黄昏とも言うべきグラデュエーションに染まっていた。鳳はこの瞬間が何よりも大好きで、もう今日は仕事をやめようと、1Fから樽生のダークエールを専用グラスで持ってきてもらい、薫りをじっくり楽しみながら、ゆっくりと口に含んだ。そのダークエールは、赤い血の色が特徴的で、最後に山椒のピリッとした辛さが舌先に一瞬のしびれを感じさせる。これがこのエールの特徴だし、世界で受け入れられている和でもある。

「よかったですね、仲間になれて」

「仲間、ね。これからだよ。これからが一番しんどいんだ。」

クリスはポートフォリオが一つ増えたこと、それを成長させるために最も大変な仕事であること。そして、イグジットまでの長い長い航海のような旅路であること。コロンブスもマゼランも命をとして船を漕ぎ続け新しい大陸を見つけた。来る日も来る日も海ばかり。陸地が見えないときの絶望感も太陽と月が見えている限りは癒やされたのだろうと思う。

5世紀以上も立って、投資家と船乗りの関係は維持されている、そう鳳は思っていた。そして、昔と違うのは投資家も船乗りになるということだった。

リスクは半分持つ。それがベンチャーキャピタリストだと思っている。ミドルリターン/ミドルリスク。それがベンチャーキャピタルだと思っている。ジャンク債に手を出すよりもハイリスクではない。ビットコインのボラティリティに一喜一憂するよりも楽だ。ただ、待つだけの徳川家康のような方針の会社もある。だが、自分たちは秀吉のような存在だと思っている。「鳴かぬなら鳴かせてみよう」というのが本心だ。だが、海外の投資銀行は鳴かぬなら殺してしまえが心情だから、グリードだ。ベンチャーキャピタルの本質は農耕であると鳳は信じていた。畑を耕し、種を植え、水をまき肥料を与え、虫を取り除き、農薬をまいて・・・そんな丁寧な育て方をしなければIPOなど出来ない。IPOという市場に出荷して高い値段がセリでついてもらわなければ、手間ひまかけた果実が報われない。そういうビジネスだからこそ、自分の性に合っているのだなと、鳳は思っていた。

クリスは鳳に聞いてみたいことがあった。鳳の背中越しに質問をした。

「あなたはいつも、他が死んだと思って手を出さない会社に投資しますけど、それはなぜですか?」

鳳は、クリスに背を向けたまま、鳳は答えた。

「ガルダはインドの神だが、その性質はフェニックスにある。不死鳥としての黄金の輝きはスパルナなどにも継承されているが、猛々しい猛禽の特性と、何度でも復活してくるというその不死性があの鳥の神様の特徴だ。だから、灰になろうが、ブラックホールに放り込まれようが、バニッシュされても無から有を生み出すような人は、どんな絶望からも復活するのさ。つまりは、死なないということだ。死ななければどうということはない。人間は簡単には死なないさ。その生存本能が、必ず動き出すのだから。」

クリスは神話の話を聞きたいわけじゃないので、もう一歩踏み込んで聞いてみた。

「会社の由来は何度も聞いているからわかっているんです。そうじゃなく、どうしてリビングデットかもしれないものに投資するんですか?」

リビングデッドかもしれないという表現は当たっていて、表面と内蔵が全く食い違っているパターンは往々にしてある。だから、この話は当たっている。

「リビングデッドなのか、そうじゃないのかは創業者の想いの重さに比例する。作り上げたい世界があるやつは死なない。ただ、金と名声が欲しいだけのやつは死ぬ。それだけだ。俺は死んだ会社にレイズさせていてるわけじゃない。作りたい世界を持っているやつに、神話の創生の手伝いをしているだけなんだ。だから、腹が立つ!視座を下げさせている奴がいることに。くだらないサービス論を振りかざさせて、その思想を完全に消しやがって!」

彼は珍しく酔っていた。ダークエールは9%。ビールにしてはハイアルコールなのだが、いつもはウィスキーを飲んでいる人間にしては酔いすぎだ。

「鳳、今日は酔い過ぎじゃないのか?」

「問題ないさ。たまにはいいだろう?そして、これは9%じゃない。2017年に作ったスペシャルエディションだから11%さ。」

そう言って、フルボトルが開栓しているのを指差した。あたりには2年熟成させた薫りが充満している。濃厚な味わいを感じさせる、その薫りを嗅ぐだけでも十分その酔を体感できそうではあった。これも一種のバーチャルリアリティかも知れない、そうクリスは思った。バーチャルリアリティもAIもまだ視覚情報のオルタナティブでしかないから、五感がすべて再現されない限り人間は生き残れるだろう。そして、そんなスーパーな人造人間が完成よりも、人は人の営みによって人を作り出した方が簡単に再現できているわけであり、このパラドクスは誰にも究明できない課題でもあった。

古代の錬金術師が賢者の石の錬成過程で何度も行き着いたこのパラドクスに対して、現代の錬金術師も同様の見解に行き着いている。ちなみに、伊川のやっている領域は精神の領域になる。人間の心の動きを可視化する領域でそれをエンタメでパッケージングしている。だからこそ、その後ろにあるビッグピクチャーを金でリパッケージングしていることが気に入らなかった。視座を底上げしてあげるのがVCのメンタリングのはずなのに、小銭稼ぎのちんけなメンタリングでここまで追い込ませた、他のVCやどうしようもないエンジェルもどき共を駆逐するためにも、明日も鳳は戦い続けるのだろう。

そう思うと、あまり酒を飲まないクリスも今日ぐらいは珍しく見えた星空をつまみに乾杯してあげてもいいかなと思った。残っていたレイチェルと花純も呼んで、グラスに注いだ。ガーデンから下を覗くと今日も店は賑わっているようだ。オレンジ色の光と、客の賑わう声が聞こえてきた。

「それでは、また明日に乾杯」

ダークエールがワインのように薄く入ったグラスから見える渋谷の黄昏は、いつしか藍色に染まり星々が輝く世界へと変わっていた。平和に終わりそうなこの日を切り裂くiPhoneの通知が飛んでくる。Slackに飛んできたのは投資先のスペース・アークからだった。

「ワンウェブの衛星の買収攻勢と新規増設により、契約の半分が反故にされた!?それとは別軸のビジネスだったんじゃ・・・?」

それでも夜は無情にも過ぎていく。森羅万象に、人間の営みは干渉に値しないからだ。

第三話につづく

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ガルダ

ベンチャーキャピタリスト鳳薫(おおとりかおる)が世の中の矛盾とともに、キャピタリストとしての矜持と共に、企業再生と日本の未来を作っていく話。
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