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一区切り

マグカルパフォーミングアーツアカデミーの最終公演『紅葉坂メモリーズ』の中止が決まった。例に漏れず、コロナウイルスの影響である。稽古場では幾度となく、誰かがかかっても誰かが代わりを務められるようにという話になっていたが、公演は叶わなかった。残念ではあるけれど、お客様のこと、これからの若きメンバーたちのこと、自分のことを考えれば最良の選択であると思う。関わって下さった多くの皆様に感謝が尽きない。

アカデミーには2014年の設立から関わっていた。当時、横国を根城に多目的プラザ(現スタジオHIKARI)での公演を重ねて、大学に籠っているよりはるかに演劇が面白くなっていた時期のこと、僕らを気にかけてくれて、何度か平塚の方のワークショップにも誘って下さった井上学さんが、こんなのが始まるよとチラシを渡してくれたのだった。演劇を続けていくなんてことを微塵も考えていなかったのだが、ミュージカルという触れたことも、まして見たこともないものへの興味でオーディションを受けることを決めた。扉座のこともここで初めて知った。たしか、まだふりーふらっとがあって、『獣のための倫理学』の稽古の最中だった。歌もダンスも心臓はバクバクだったのと、少し話したメガネの男の子は残っていなかったので残念だったことを覚えている。

その後、翌年の4月に行った成果発表会の後は大学のこと、進路のことで2年ほど離れて、空いているときにふらっと立ち寄ったりもしたのだが、公演には全く参加してこなかった。温かく迎えてくれたみんなには感謝が尽きない。それから『バイトショウーBEST盤ー』をやるよというタイミングで、僕にとっては初めてのバイトショウで復帰を果たした。その頃には就職を諦めて、どうやら自分のやりたいことはこっちらしいという遅い目覚めで、改めてというか、出戻りをしたのだった。

アカデミーは解散となるけれど、僕が横浜で演劇を続けている限りは何度もこの坂を上るだろう。その度に思いを馳せるだろう。20代のほとんどは青少年センター、紅葉坂と共にあった。出会いがあった。別れもあった。紅葉ヶ丘の上で過ごした時間は大きな財産として、これからの僕に影響していくことだろう。とても良い時間だった。

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