簡潔にまとめられない駄文

簡潔に話せる人がうらやましい。
「Q&A」の「A」を一言で表すことができる人。
そんな人はきっとタイムショックも、ネプリーグも、東京フレンドパークのランニングマシンを走るやつも得意だろう。

社会人になってから、気づいたこと。
私の話は相手の要約によって成り立っているということ。
私の飛び散らかっている雑話を、聞いてくれる相手がうまく編集し、意図を汲んでくれる。
まぁ、これは大問題だわさ。
これまで支障のない会話、まぁたまに「会話が飛んでいっちゃう」と友人から笑い話にしてもらいながら教えていただいたこともありましたが…それでも、会話は成り立っていて、いろんな世代と話せる方なのではないでしょうか!と自信はあったのですが。
社会に出た瞬間、自分の言葉を操る言語力の弱さに、毎日へこむ日々です。

小林賢太郎さんのインタビューとか読んでいると思うんです。
なんて回答が明快なのだ!端的で気持ちがいい!知りたいことをちゃんと知れる!聞き手が話を編集する必要がない!…と。
特に「知りたいことがちゃんと知れる」っていうのは本当に重要だ。
たとえ、寄り道話があったとしても、それが質問や話の主題にとって必要な会話だったなら、むしろボーナスポイント加算しているのと同じで、いいことでしかないんですよね。

あと、簡潔に話せていない自分のダメさに加えて、いつもの自分らしさが消えてしまっているのも面白くないなと感じている。
その自分らしさっていうのが、いわゆる、ジョーク大好きで(ブラックも)、日常のおかしなこととか失敗談とかをネタにして笑いに消化したがるところ。
私のしょうもない冗談で周りが笑ってくれたら超ハッピー!な自分が、社会に飛び出した途端、空倉庫の柱みたいなとこに縄でくくりつけられちゃって。でも、叫びもないし、もう泣いてもない。「あー今日も拘束されてしまったが、夜には解除してもらえるしな〜」と慣れちゃってる。
で、やっと社会から抜け出すと、自分を縛っていた紐は、いつの間にか社会で生きているもう1人の自分が解いてくれて、るんるんでお家に帰るんですよねー。すごい単純だけど。
あ、私の中では、「社会」と書いて「会社」とも読みますし、「家の外」とも読むことができます。

夜中だといろいろ思い出して書けるけど、たぶん、朝になって冷静になった瞬間「この人、やばい!!!!」ってドキドキ動悸がしてしまうんだろう。
明日はハッピー在宅DAYなので、自分らしさ全開で働こう!
…だから、人に伝わらんと意味ないんだって…。  草

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