「FIXで」と言えない人生

以前、お世話になっているAさんから「〇〇の件、FIXで!」と言われたことがあった。

Aさんは、そんな言葉を使う人ではなかった。私よりもだいぶおじさんだし、フリーランスだし、大きな会社に属しているわけでもないので、日常的に使うこともない。

だから、その言葉を口に出したとき、それはもう目がギンギンで、肩から“『FIXで』と言いたい!”というオーラが出ていた。

人の気持ちなんて分からないし、こちらが詮索するものでもないのだが、面白いからそう思うことにした。あと「FIXってどういう意味なの?」と思ってネットで調べた。

Aさんはそれ以降も「エビデンス」「リスケ」など、(社会人は当たり前だろうが、私にとっては)新進気鋭の横文字をたくさん使うようになった。

私は逆立ちをしても「FIXで」とは言えない。

10年位前のことだろうか。ロフトプラスワン的なイベントへ取材で行ったとき、音楽が流れた。すると、隣で静かに座っていた女性が、目を閉じてゆっくり揺れだした。縦に横に、揺れる、揺れる、揺れる。それはもう自分の世界に入り込んでいた。

ああいうのってドラマの世界だけの話だと思っていたが、本当にいるんだと思った。あの人にとっては当たり前の行動なのだろうが、私にとってはカルチャーショックだった。

私は逆立ちしても、目を閉じて揺れられない。

ああそうか。Aさんは目を閉じて縦に横に揺れているんだ。「FIX」や「リスケ」という言葉を使う自分に酔っていて、“悦”に入っているんだ。

「別に勝手やん」と言われればそれまでの話なのだが、自意識過剰が邪魔をして、私はできないなと思った。

その世界に飛び込んでしまえば、おそらく人生が1.2倍楽しくなるだろう。でも、揺れる自分が自分ではなさすぎて、それを拒否してしまう。

でも、勇気をもってその世界に飛び込もうと思った。「誰も私の生活や思いに興味がない」と思っているので、Xも告知ばかりでほとんどつぶやけないが、これを乗り越えたら、私も縦に横に揺れられるのではないか、そう思ったーー。

私はインタビュー写真にはこだわりたい方だ。白い壁をバックに棒立ち写真でもいいのだが、それでは味気ない。構図やイメージを考えて写真を撮りたいと思っている。その方が特別感が出るし、ファンの方も喜んでくれるからだ。

先日、インタビューした相手が個性的な方だった。というか、話を聞いてみて、個性的な方だと判明した。事前に私が考えていたイメージが合わないと思った。

ここだ!

そう思って、写真のイメージを伝える際に「こんな写真を撮りたいんですが、〇〇さんの“ブランディング”的にいかがですかね?」と伝えた。

そうだ。横文字だ。私は横文字を使える人間になったのだ! これで私も目を閉じて揺れる人生が送れる!

……そう思っていた。でも現実は違った。相手は怪訝そうな顔で「ブランディング」と小さくオウム返ししたのち、笑顔で快諾してくれた。

私はドキッとした。おそらく、あの言葉の裏には(なんだその横文字は)がこびりついているのだろう。

素人がうかつに「目を閉じて揺れたい」と思ってはダメだったのだ。

これからも私は横文字を使えない。揺れることはできない。

そういう人生なのだ。

ああ、今日もAさんが横文字を使っている。


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