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第95回アカデミー賞ノミネーション予想(最終版)

ひとつ前の記事でも書きましたが、昨年度の第94回アカデミー賞授賞式は賞レースウォッチャーの自分にとってひとつの節目となった授賞式でした。技術部門の扱い方(計8部門を生中継から除外し、授賞式前に事前に賞を授与し、その様子を録画、編集したものを生中継中に放映)に絶望させられ、僕にとって「映画」という芸術が最も大切にされる場所であったオスカーが音を立てて崩れ去っていくのに到底耐えられなかったのです。しかし、今年度は全部門の生中継が正式に決定され、ひとまず安心。これがこれからも継続することを祈りばかりです。

前回の記事を書いてから4ヶ月も経ったとは俄かに信じ難いですが、2022年度賞レースの予想記事は、2本目にしてもう最終予想という堕落ぶり。いや、今年は留学があり忙しかったということにしておきましょう。異国の地で生きていくのに必死だったのです。

それはそうと、近年のオスカーに関して、私はある傾向が強くなっているのではないかと感じています。それは、「本当にいいものをしっかり評価する」という、言葉にすると至極真っ当に思える傾向です。しかし、賞レースについてある程度知っている方ならお分かりいただけると思いますが、賞レースは真の意味での「最優秀」を決めるものではありません。例えば作品賞レースならば、優れた作品でもそれが低予算で作られたインディペンデント作品であると十分な数のアカデミー会員が鑑賞していないがために日の目を見ることがない、というのは往々にして起こる事態です。長年映画界で活躍し同業者からの信頼の熱いヴェテラン俳優の陰に、映画初出演の若手が隠れてしまう。そもそもオスカーは結局のところ「アメリカの映画の祭典」であるが故に外国語作品は英語作品に比べて圧倒的に不利である…。など例を挙げればキリがありません。ボクシングで言えば、同じリングでありとあらゆる階級の選手が戦わされているといったところでしょうか。

しかし、そうした状況の中でも「真に優れているもの」をなるべく評価したい、候補にあげたいという会員の想いが感じられることが近年多いように思います。その顕著な例は、監督賞において非英語圏の優れた作品の監督が指名を受けるというケースが近年明らかに増えていることです。これまでミヒャエル・ハネケ、パヴェウ・パヴリコフスキ、トマス・ヴィンターベア、濱口竜介らが指名を受けてきました。この傾向はハリウッド中心主義・英語(作品)中心主義の脱却という意味でも評価されるべきではないでしょうか。昨年で言えば、脚本賞にこの傾向を見てとることができます。昨年度の脚本賞レースは5番手に『愛すべき夫妻の秘密』がつけており、6番手が明確に存在しなかったためにそのまま候補入りするだろうと見られていました。しかし、賞レースウォッチャーや映画ファンの中には『愛すべき夫妻の秘密』の脚本の出来に疑問を抱く人も多かったのではないでしょうか。実際に作品を見てみると、決して拙いとまでは言えなものの、多くのテーマに手を出しすぎてまとまりに欠ける脚本という印象が拭えませんでした。さらに作品評価自体もオスカーノミネーション級にあるとは言えず、そのような作品が(恐らく)監督・脚本のアーロン・ソーキンのネームバリューのもと支持を集めているにすぎない状況に私は不満を隠せませんでした。と思ったら、ノミネーション発表当日、脚本賞の5番目の席を手に入れたのはヨアキム・トリアー監督による秀作『わたしは最悪。』ではありませんか。前哨戦でも当該作を脚本賞候補に挙げている賞はほとんどなく、はっきりとサプライズでしたが、優れている脚本にしっかりとスポットライトが当たった喜ばしい不測の事態でありました。また、昨年度の編集賞は、前哨戦の結果に従えば作品賞レースで快調にレースを進めていた諸作品(『ベルファスト』や『リコリス・ピザ』、『ウエスト・サイド・ストーリー』)が候補入りするだろうと思われていたところに、『ドリームプラン』『ドント・ルック・アップ』『tick, tick…BOOM!』と大穴の作品たちが悉く候補入り。しかし、『ドリームプラン』の試合場面の編集、『ドント・ルック・アップ』の作品の主役と言える編集、『tick, tick…BOOM!』のミュージカル場面の編集はどれも素晴らしく、作品賞レースで有力な作品がそのまま最重要の編集賞でも候補入り、という短絡的な展開が「優れた編集をしっかり評価する」ことで防がれたと言えるでしょう。

なぜこのような話題に触れたかというと、もちろん、今回の私のノミネーション予想が、ここまで述べたような「真に優れたものにスポットライトを当てる」ということを中心的なテーマに据えて行われたものだからです。では早速、それを念頭に置いて短編部門を除く全部門のノミネーション予想をしていきましょう。

略称一覧
PGA=全米製作者組合賞
SAG=全米映画俳優組合賞
CCA=クリティクス・チョイス・アワード(ブロードキャスト映画批評家協会賞)
GGA=ゴールデングローブ賞
BAFTA=英国アカデミー賞

作品賞 Best Picture

・『The Banshees of Inisherin』
・『Top Gun : Maverick』
・『Everything Everywhere All at Once』
・『TÁR』
・『The Fabelmans』
・『Avatar : The Way of Water』
・『Elvis』
・『All Quiet on the Western Front』
・『Women Talking』
・『Glass Onion : A Knives Out Mystery』

 今年の作品賞レースは『Everything Everywhere All at Once』が他の追随を許さない独走状態にあり、それを含めて『The Banshees of Inisherin』『Top Gun : Maverick』『TÁR』『The Fabelmans』が上位5作品となっており、もちろんこれらBIG5はノミネーション当確と言っていいだろう。
 また、『Avatar : The Way of Water』『Elvis』も候補までは問題なさそうだ。前者は前作が作品賞候補に挙がり『ハート・ロッカー』と一騎討ちを戦ったが、今作は前作ほどの絶賛は勝ち取ることができていない。しかしPGA, CCA, GGAと重要3賞全てで候補入りを果たしていることから、予想に入れるのが無難だろう。後者も圧倒的な絶賛を勝ち取っているわけではないのだが、主演のオースティン・バトラーの勢いに乗じる形での候補入りを狙う。重要3賞のみならずBAFTAの5枠に入ったのも頼もしい。
 となると、残り3枠をどのように予想するかがこの部門の鍵となる。昨年度はPGA候補10作品のうち8作品がオスカーでも指名を受けた。それを踏まえ今年もPGAから2作品が脱落するとしよう。PGAでは上記の7作品の他に『Black Panther : Wakanda Forever』『The Whale』『Glass Onion :  A Knives Out Mystery』が候補入り。このうち『Black Panther : Wakanda Forever』は脱落すると見ていいだろう。PGAではしばしば娯楽大作の候補入りがあり、今回もその傾向に当てはまる。では『The Whale』『Glass Onion :  A Knives Out Mystery』のどちらが漏れるか。後者は前作がPGAで候補入りしながらオスカーでは作品賞候補に一歩届かなかったのだが、今回も同じ轍を踏むと考えるメディアが多い。確かに、続編作品であることも考慮するとその可能性は大変高い。しかしだからといって組合賞の段階になってBUZZを復活させているとはいえ『The Whale』も積極的には推しにくい。というのも作品評価がオスカー・ノミネーションレヴェルにあるとは言えないからだ。もちろん、これら3作品が揃って脱落する可能性も大いにある。しかし、「真に優れたものにスポットライトを当てる」という今回のテーマに則り、『Glass Onion :  A Knives Out Mystery』しようと思う。
 では残り2枠だが、当初は賞レースの主役になってもおかしくない激賞を得ながらも(なぜか)後半急激に失速してしまった『Women Talking』とBAFTAでまさかの最多ノミネーションを勝ち取った『All Quiet on the Western Front』をチョイス。前者は、確かに理解に苦しむ冷遇に直面しているもののCCAでの候補入り、SAGでのキャスト賞ノミネーションと資格は十分にあるといえる(それに作品評価は抜群に高い)。せっかく10枠に固定されたのだから非英語作品にスポットライトが当たらないのは枠の無駄遣いというもの。今年その枠を勝ち取るならば、BAFTAで予想外の強さが明らかになった『All Quiet on the Western Front』ではないだろうか。
 最後に、『Babylon』も大いに匂う。デイミアン・チャゼル監督から映画業界へのラヴレターであり、昨年度評価が伸びきからなかったものの監督のネームヴァリューで最後の1枠を勝ち取った『Nightmare Alley』と状況が酷似しているのだ。

Next in line : 『Babylon』, 『The Whale』

監督賞 Best Director

ダニエル・シャーナイト, ダン・クワン - 『Everything Everywhere All at Once』
スティーヴン・スピルバーグ-『the Fabelmans』
マーティン・マクドナー-『The Banshees of Inisherin』
トッド・フィールド-『TÁR』
パク・チャヌク-『Decision to Leave』

 まず、作品賞の頂点まで最短距離にいる『Everythint Everywhere All at Once』のダン・クワン、ダニエル・シャーナイトのコンビの候補漏れはあり得ない。そして、スティーヴン・スピルバーグ(The Fabelmans)もまた、業界からの絶大な支持とネームヴァリューをもって落選は考えられない。
 作品賞予想の際に上位5作品(BIG5)を紹介したが、その5作から監督賞候補の5人も選出されるだろうか。そうはいきそうにない。まず、マーティン・マクドナー(The Banshees of Inisherin)とトッド・フィールド(TÁR)は候補までは問題ないはずだ。マクドナーは前回『スリー・ビルボード』で候補を確実視されながら落選した経験があり、その二の舞を演ずることも考えられる。『シカゴ7裁判』のアーロン・ソーキンもそうだが、脚本家としての仕事も高く評価されている場合、そちらに票が流れやすいのかもしれない、というのが考えられる原因の1つだ。ただ、予想から外すのは違うだろう。問題はジョセフ・コシンスキー(Top Gun : Maverick)で、当該作の評価は、コシンスキー作品としてではなく、トム・クルーズ作品としてなされている印象が強い。作品の高評価と特大ヒットは、主としてトム・クルーズの功績に帰されており、それが前哨戦の結果にもよく表れている。DGAこそサプライズで候補入りしたものの、重要賞はおろか批評家賞でも指名はほとんど受けていない。とするならば、BIG5のうち、4作品が監督賞候補を輩出するとして、残るは1枠ということになる。
 近年のこの部門が非英語圏の監督に広く開かれた部門になりつつあることは前述の通りだ。では今年その枠があるとすれば誰の手に渡るだろうか。多くのメディアはBAFTAで『All Quiet on the Western Front』が猛威を振るったことを踏まえ、エドワード・ベルガーを予測している。確かに、可能性は大いにある。しかし筆者は腑に落ちない。今までに同枠を勝ち取った主な監督たちを列挙してみると、ミヒャエル・ハネケ、パヴェウ・パヴリコフスキ、トマス・ヴィンターベア、濱口竜介…となる。ここにエドワード・ベルガーを並べることに戸惑いを覚えるのだ。彼らの共通点は、オスカーで指名を受ける以前にすでに代表作を抱え、国内外で高く評価されてきたいわゆる名匠たちなのだ(濱口はまだキャリアが浅いが)。ハネケには『ファニーゲーム』や『隠された記憶』、『白いリボン』が、パヴリコフスキには『イーダ』が、ヴィンターベアには『セレブレーション』『偽りなき者』が、濱口には『寝ても覚めても』でのカンヌコンペ出品経験、当該年度の『偶然と想像』が…という具合だ。これらの名匠たちにベルガーが並ぶにはまだ早いように思う。ここで筆者が推すのはパク・チャヌク(Decision to Leave)だ。言わずと知れた韓国の巨匠。『渇き』『オールド・ボーイ』『お嬢さん』と映画ファンに愛される作品たちがズラリ。当然、アメリカ国内においても彼の作品のファンは多いはずだ。チャヌクならば、上にあげた名匠たちと並んだとして何も遜色ない。
 ただし大切なのは、もしここでベルガーがくれば「非英語圏作品の監督」を満たす条件が緩和され、次回以降の予想に活きてくるはずだということ。しかし、現時点までのオスカーの傾向に忠実に従うならば、ベルガーではなくチャヌクではないのか、という見立てにすぎない。
 その他、ジェームズ・キャメロン(Avatar : The Way of Water)、バズ・ラーマン(Elvis)もしくはサラ・ポーリー(Women Talking)の名前も挙げておく必要があるだろう。特にポーリーは、当初は候補確実と見られていたにも関わらず対象作が冷遇されているものの、今年度を代表する女性監督として票を獲得する可能性は十二分にある。

Next in line : エドワード・ベルガー(All Quiet on the Western Front), サラ・ポーリー(Women Talking)

主演男優賞 Best Actor

ブレンダン・フレイザー - 『The Whale』
コリン・ファレル - 『The Banshees of Inisherin』
オースティン・バトラー - 『Elvis』
ビル・ナイ - 『Living』
ポール・メスカル - 『Aftersun』

 まず、ブレンダン・フレイザー(The Whale)、コリン・ファレル(The Banshees of Inisherin)、オースティン・バトラー(Elvis)の候補落ちはあり得ない。特にフレイザーとバトラーは早くも一騎討ちの様相を呈しており、受賞もふたりのどちらかになるはずだ。ということで残り2枠ということになるが、ビル・ナイ(Living)も候補までは問題ないはずだ。批評家賞ではそれほど目立たなかったものの、上述の3名とともにSAG・BAFTA・GGA・CCAをコンプリートしており、彼を蹴落とすほど強力なライヴァルも存在しない。
 今年度の主演男優賞が難しいのは、最後の1枠に誰を予想するかということだ。支配的なのは、トム・クルーズ(Top Gun : Maverick)かポール・メスカル(Aftersun)かどちらかだろうという見方だ。筆者もこれに賛同する。しかし、どちらを推すべきか非常に悩ましい。どちらにもウィークポイントが存在するからだ。クルーズはもはや説明不要の映画史最後のスターだが、賞レースシーズン中にメディアへの目立った露出がなく、会員に十分にアピールできているとは言い難い。一方、メスカルはビル・ナイ以上に批評家賞で愛され指名を受けているのだが、なにせまだまだ知名度が低い。TVシリーズ『ノーマル・ピープル』で大きな脚光を浴びたメスカルだが、映画界での活躍はこれからの若手だ。名前が会員の間で十分に浸透しているかは疑わしい。悩みに悩んで、筆者はメスカルを最後の1枠に予想したい。理由は、BAFTAで指名を受けているから。たったそれだけ。筆者は基本BAFTAを当てにしすぎるなをモットーに予想を試みているのだが、こういうときにはBAFTAに頼るのだから全くずるい。
 特大サプライズがあるとすればジェレミー・ポープ(The Inspection)やディエゴ・カルヴァ(Babylon)ではなく、フェリックス・カマラー(All Quiet on the Western Front)だと踏んでいるが果たして…

Next in line : トム・クルーズ(Top Gun  : Maverick)

主演女優賞 Best Actress

ケイト・ブランシェット - 『TÁR』
ミシェル・ヨー - 『Everything Everywhere All at Once』
ダニエル・デッドワイラー - 『Till』
ヴィオラ・デイヴィス - 『The Woman King』
アンドレア・ライズボロー  - 『To Leslie』

この部門のノミネーション予想が絶妙に難しいのはミシェル・ウィリアムズ(The Fabelmans)のせいである。これについては後ほど触れるとして、まずはレース展開の概況から述べていくことにする。
 今年度の主演女優賞はふたりのコンテンダーが熾烈な一騎打ちを繰り広げており、それがケイト・ブランシェット(TÁR)とミシェル・ヨー(EEAAO)である。これは一昔前のジェシカ・チャステイン(ゼロ・ダーク・サーティ)とジェニファー・ローレンス(世界にひとつのプレイブック)の対決を彷彿とさせる。勿論、候補落ちはあり得ない。
 ダニエル・デッドワイラーも候補までは問題ないように思う。当初予測されていた程の強さは発揮できていないものの、アーリーレビューにおける、息子をリンチで殺害された母親の悲哀と強さの同居したデッドワイラーの演技への興奮と歓喜に満ちた絶賛評の数々には目を見張るものがあった。重要4賞ではGGAこそ落としたものの(大した問題ではない)残りは漏れなくコンプリートしている。そして、真っ当な予想をするならば残り2枠にはヴィオラ・デイヴィス(The Woman Kiing)とミシェル・ウィリアムズが来る。しかし、筆者は今回大きな賭けに出たい。予想が外れたところで死ぬわけでもないし働かなくてもお金が貰えるような生活が手に入るわけでもないため、ここでひとつ挑戦的な予想をしたいと思う。まず、1つ目はミシェル・ウィリアムズは主演ではなく助演で指名を受けるという予測。そして、その際ウィリアムズの席に座るのがマーゴット・ロビー(Babylon)でもアナ・デ・アルマス(Blonde)でもなく、アンドレア・ライズボロー(To Leslie)だという予測。
 まず1つ目について。ウィリアムズは当初賞レースウォッチャーの誰もが助演で推されると考えており、まさか主演でプッシュされようとは思いもよらなかったはずだ。そして、主演プッシュが明らかになると多くの賞レースウォッチャーから非難と落胆の声(助演ならば勝利に最も近いコンテンダーと考えられていた)が四方八方から上がった。賞レースが開始されるとウィリアムズはプッシュされた通りほとんどの映画賞において主演部門で指名を受けた。順調にレースを展開していたが、しかし、ウィリアムズは最重要のSAGを落としてしまい、続けてBAFTAでも落選の憂き目にあう。これについては主演と助演の間で票が割れた結果ではないのかという分析が見られる。これには一理あり、対象作の作品パワーは明らかにデッドワイラーやデイヴィスよりも強く、演技自体も批評家のお墨付きであるにも関わらずこうした事態に陥った原因として考えられるのは、やはり投票権をもつ映画人たちがウィリアムズを「主演」として推すことに抵抗を覚えたから、というのはひとつあると考える。勿論推測の域を出ないが、オスカーではしばしばこうしたカテゴリー分けを巡る問題が起きており、これまでにもラキース・スタンフィールド(ユダ&ブラック・メシア)やケイト・ウィンスレット(愛を読むひと)らが当初推奨されていたカテゴリーではない部門で候補に挙がり賞レースウォッチャーを大いに驚かせてきた。出演時間のデータを見てもやはり主演で推すには無理があると言わざるを得ない。これらを踏まえ、オスカー・ノミネーション投票時には会員が「正しい判断」を下し、助演で票が集まることが考えられる。また助演部門は飛び抜けて強いコンテンダーがおらず少しの票移動で誰が落選してもおかしくない状況だ。そこに、たとえ多少票が主演に流れたとしてもウィリアムズが入り込む余地は大いにあるだろう。
 次に2つ目について。もしかしたらこちらのほうが大きな賭けかもしれない。ウィリアムズの席に誰が座るのかについては、一般的にはマーゴット・ロビー(Babylon)かアナ・デ・アルマス(Blonde)を予測するのが合理的。特にデ・アルマスはSAGとBAFTAで指名を受けており、最後の1枠に手がかかっている状況だ。筆者も、『Blonde』が一定の水準を満たした出来ならば積極的に推していたが、批評家からも酷評されているように(熱烈な支持も見られる。信じ難いが。)作品の醜悪さ・下劣さにゲンナリした一観客としては躊躇される。それならば、今回のテーマである「真に優れたものにスポットライトを当てる」というテーマに則ってライズボローを予測しようではないか、と決断に至ったわけだ。ライズボローのBUZZが発生したのは実に最近であり、オスカー・ノミネーションを獲得するにはかなり遅い。作品を見た俳優たちが彼女の演技を絶賛、「投票するなら彼女の演技を見てからにして」とその評判は瞬く間に同業者たちの間に広まった。ケイト・ブランシェットもクリティクス・チョイス・アワード授賞式において『To Leslie』におけるライズボローの演技に言及しており、会場のそれに対する反応も悪くなかったのだ。あまりに規模の小さいインディペンデント作品であり、BUZZの発生時期も絶望的に遅い。しかし、ライズボローは数々の秀作・傑作で脇を固め、インディペンデント作品においては時に主役も飾り、確かな演技力で作品を支えてきた実力派の役者だ。そんな彼女に大きなスポットライトが当たったらどんなに嬉しいか…こういう時にくらい夢を見たっていいと思うのだ。

Next in line : ミシェル・ウィリアムズ(The Fabelmans), アナ・デ・アルマス(Blonde)

助演男優賞 Best Supporting Actor

キー・ホイ・クァン - 『Everything Everywhere All at Once』
ブレンダン・グリーソン - 『The Banshees of Inisherin』
ポール・ダノ- 『The Fabelmans』
バリー・コーガン - 『The Banshees of Inisherin』
エディ・レッドメイン - 『The Good Nurse』

 受賞はキー・ホイ・クァン(Everything Everywhere All at Once)で決まり。それは揺るがないし、誰にも止めることはできない。
 2番手のブレンダン・グリーソン(The Banshees of Inisherin)も、キー・ホイ・クァンとの間にはもう追いつくことのできない距離がある。スピルバーグに見出された彼を、そして長らく第一線から退いていながらもふたりの才能溢れる監督に再び「発見され」た彼を、彼の才能を、情熱を、ハートを全員で祝福する。それが第95回アカデミー賞授賞式のハイライトなのだから。
 映画ファンに愛されるヴェテラン、グリーソンが初ノミネーションに王手をかけている。それだけで嬉しいではないか。そして、グリーソンと共に同一作品からのW候補を狙うのはバリー・コーガン。前哨戦の結果を踏まえポール・ダノ(The Fabelmans)も候補までは問題ないだろう。対象作に勢いがあるのも頼もしい。とすると残りは1枠。
 この1枠が難しい。可能性のあるコンテンダーを一挙に紹介する。エディ・レッドメイン(The Good Nurse)、ブラッド・ピット(Babylon)、ジャド・ハーシュ(The Fabelmans)、ブライアン・タイリー・ヘンリー(Causeway)、ベン・ウィショー(Women Talking)の5人だ。ピットはそのスターパワーをもってGGAでは指名を受けたが批評家には総すかんを食らっており、SAGで漏れているのも痛いところだ。ハーシュは、大ヴェテランであるがゆえアラン・アルダ(アビエイター)のような候補入りが望めるが、しかし既にグリーソンとコーガンのW候補がほぼ確実な中、また別の作品でW候補が達成されるのは非常に難しいだろう。歴史的に見てあるにはあるがほとんどなく、助演女優・助演男優部門共にここ50年はそうしたことは起こっていない。ウィショーも当初は候補入りまでは問題ないのではないかと見られていたが、作品の失速と共にウィショーの初の候補入りの可能性も急速に小さくなってしまった。また当該作は女性たちの物語であり、ジェシー・バックリーやクレア・フォイら女優陣を差し置いて(どちらも自身の予想には入れていない)候補入りするのは現実味に欠ける。筆者が推しておるには、ブライアン・タイリー・ヘンリーだ。作品を観ると、台詞が多くない中、その表情で感情の絶妙なニュアンスを伝える繊細な演技、そして主演のジェニファー・ローレンスとの完璧な相性に驚かされる。前哨戦では批評家に愛され、確かに重要賞こそCCAのみでの指名だがポール・ダノ以上に健闘していたと言えるだろう。しかし、タイリー・ヘンリーが番狂わせを演じるには少々条件が厳しい。筆者は、助演部門でサプライズが起こる際(サプライズの基準は実に曖昧だが)、サプライズで候補入りを果たしたコンテンダーたちは次の2つの条件のどちらか、もしくは両方に合致すると考えている。

① 対象作が作品賞で候補入りを果たしている。
ex. ラキース・スタンフィールド(ユダ&ブラック・メシア)、レスリー・マンヴィル(ファントム・スレッド)、マックス・フォン・シドー(ものすごくうるさくて、ありえないほど近い)、マリナ・デ・タヴィラ(ROMA/ローマ)
② 対象作の主演女優/男優が候補入りを果たしている。
ex. J・K・シモンズ(愛すべき夫妻の秘密)、ローラ・ダーン(わたしに会うまでの1600キロ)
③ ①かつ②
 
ex. ジェシー・プレモンス(パワー・オブ・ザ・ドッグ)、ジョナ・ヒル(ウルフ・オブ・ウォールストリート)
注記:稀に、コンテンダーが大ヴェテラン/スター俳優である場合にのみ、彼ら自身の支持をもってして候補入りを果たすこともある(ex. 『リチャード・ジュエル』のキャシー・ベイツ)

ブライアン・タイリー・ヘンリーは、対象作の作品賞候補は不可能であり、かつジェニファー・ローレンスの候補入りも厳しいため、上記の条件に合致することは難しいだろう。そうすると、(これは非常に面白くないのだが)SAGとBAFTAで指名を受けて万全なエディ・レッドメインの手に最後の1枠が渡ってしまうと考えざるを得ないのだ。

Next in line : ブライアン・タイリー・ヘンリー(Causeway), ブラッド・ピット(Babylon)

助演女優賞 Best Supporting Actress

ケリー・コンドン - 『The Banshees of Inisherin』
アンジェラ・バセット - 『Black Panther : Wakanda Forever』
ホン・チャウ - 『The Whale』
ステファニー・スー - 『Everything Everywhere All at Once』
ミシェル・ウィリアムズ - 『The Fabelmans』

 演技部門で今年最も面白いのは助演女優賞で間違いない。誰ひとりとして当確を出せない混沌としたレース展開が続いている。しかし、その中でも候補安全圏に入ったと言っていいコンテンダーが2名いる。ケリー・コンドン(The Banshees of Inisherin)とアンジェラ・バセット(Black Panther : Wakanda Forever)だ。前者は全米映画批評家協会賞(NSFC)を始めとして
批評家賞で大いに愛された。対象作のパワーも実に強力だ。後者は、対象作が未だかつてオスカーで演技賞候補の出たことがないMARVEL作品ながら、GGAを受賞、さらにCCAでも戴冠を果たし一気に受賞射程圏内に。しかし、依然として彼女らもノミネーション発表当日に涙を呑む可能性が大いにある。
 残り3枠はちょっとの票移動でガラッと顔ぶれが変わってしまいそうなくらいに流動的だ。作品賞のトップコンテンダーである『Everything Everywhere All at Once』からステファニー・スージェイミー・リー・カーティスがW候補を狙う。候補入りの可能性がより高いのはジェイミー・リー・カーティスで、SAG・BAFTA・GGA・CCAと重要4賞をコンプリート、これまで賞レースで冷遇されてきた名コメディエンヌがついに日の目を見るかもしれないときが来た。しかし、映画ファンの間ではリー・カーティスの賞レースでの快走に疑問の声が上がっており、少なくともステファニー・スーが候補漏れし彼女だけが候補入りすることについては多くの疑問が呈されている。「真に優れているものにスポットライトを当てる」のならば、W候補もしくはスーのみが候補入りすると予想するべきだろう。また組合賞の段階になって勢いがつき始めている『The Whale』からホン・チャウがSAGとBAFTAで指名を受け、一枠を虎視眈々と狙っている。『ダウンサイズ』では候補まで惜しくもあともう一歩だったチャウ、雪辱を果たせるか。その他、ジャネール・モネイ(Glass Onion : A Knives Out Mystery)、ドリー・デ・レオン(Triangle of Sadness)、キャリー・マリガン(She Said)、ジェシー・バックリー(Women Talking)もしくはニーナ・ホス(TÁR)が席を狙い鎬を削っている。
 しかし、筆者は前述の通り、ミシェル・ウィリアムズが主演から助演にカテゴリーを移す形で滑り込むと予想している。そして、その犠牲になるのはリー・カーティスではないか。根拠は上で述べた通りだ。大ヴェテランの念願の候補入りが実現しないという予想は実に心苦しいが…。また、他に番狂わせを演じる可能性のあるコンテンダーとしては、ニーナ・ホスが若干匂う。助演男優賞予想で述べた「サプライズ候補の条件」のうち①と②のどちらにも合致している。第二のサリー・ホーキンスになれるだろうか。ちなみに筆者はジャネール・モネイを強力推薦しているがイマイチ戦績が伸び切らない。

Next in line : ジェイミー・リー・カーティス(Everything Everywhere All at Once), ニーナ・ホス(TÁR)

脚本賞 Best Original Screenplay

『Everything Everywhere All at Once』
『TÁR』
『The Banshees of Inisherin』
『The Fabelmans』
『Decision to Leave』

 議論すべきが残り1枠には何が来るだろうか、ということのみなのが今年度のこの部門だ。
 一般的に可能性があると見られているのは『Aftersun』もしくは『Triangle of Sadness』だ。前者は、2022年を代表するインディペンデント作品。重要賞ではCCAで指名を受けている。しかし、この作品規模であるならば、より充実した戦績が欲しかったところ。さらに本国BAFTAで5枠に滑り込めなかったのが大いに厳しい。一方そのBAFTAで指名を受けたのが『Triangle of Sadness』だ。しかし、BAFTAでは、それまでの賞レースの文脈を無視し、さらに後のレース展開にも影響しない「BAFTA特有の事象」があまりに多く、本作の候補入りも現時点ではそれに当てはまる可能性が高いと見ている。絶対的な5番手が不在なのだ。そうした時に、意外なところから伏兵が現れる可能性がグッと上がる。昨年度この部門では大きなサプライズが発生した。記事冒頭でも述べたが、『わたしは最悪。』の候補入りだ。優れた非英語作品から今年もサプライズ候補があるとすれば、それは恐らく『Decision to Leave』ではないか。流石に望みすぎだろうか。

Next in line : 『Triangle of Sadness』, 『Aftersun』

脚色賞 Best Adapted Screenplay

『Women Talking』
『Glass Onion : A Knives Out Mystery』
『The Whale』
『She Said』
『Living』

 候補予想に上げなかったものの、上記5作品に取って代わる可能性の高い作品がもう2(3)作品存在する。『All Quiet on the Western Front』『Guillermo del Toro's Pinocchio』だ。ここに『Top Gun : Maverick』を入れてもいいかもしれない。
 上記5作品が最も恐る必要があるのはやはり『All Quiet on the Western Front』だ。BAFTAで最多候補を勝ち取った戦争映画がこの部門でも候補に上がるのかどうか。ただし作品を観るとわかるのだが、支持票の多くは技術部門で集まるはずで、脚本が評価されるタイプの作品ではないことは確かだ。血や泥で汚れることなく戦争を展開する権力者と、消耗品の如くいとも簡単に散っていく戦場の若き魂との対比を強調した脚色が評価に値するとも言えるが…。『Top Gun : Maverick』のサプライズ候補も匂う。USCスクリプター賞で『The Whale』を跳ね除けて候補入りしたのが何の予兆なのか。

Next in line  : 『All Quiet on the Western Front』『Guillermo del Toro's Pinocchio

撮影賞 Best Cinematography

『Top Gun : Maverick』
『Empire of Light』
『Elvis』
『The Batman』
『All Quiet on the Western Front』

略称
ASC=アメリカ撮影監督組合賞
BSC=イギリス撮影監督組合賞
 
 今年度のアカデミー賞レース全体を見渡したとき、混沌としてレース展開をしていたのは助演女優賞とこの部門に違いない。批評家賞で健闘していた作品群と最重要の組合賞(ASC)で候補入りした作品群がかなりバラけてしまっており、予想は困難を極める。
 まず、撮影賞レースにおける重要賞をASC、BSC、BAFTA、CCAとすると、この4つ全てで候補入りを果たした作品はない。戦績は以下のようにまとめられる。
(A) 3賞で候補入り
『Elvis』(BAFTA, ASC, BSC)
『The Batman』(BAFTA, ASC, BSC)
『Top Gun : Maverick』(BAFTA, ASC, CCA)
『Empire of Light』(BAFTA, ASC, CCA)
(B) 2賞で候補入り
『All Quiet on the Wester Front』(BAFTA, BSC)
『TÁR』(BSC, CCA)
(c) 1賞のみ
『The Fabelmans』(CCA)
『Avatar : The Way of Water』(CCA)
『Bardo, False Chronicle of a Handful of Truths』(ASC)
 ASCとオスカーの一致率は高く、ASC候補の5作品のうち、オスカーで指名を受けるのは4作品以上であるのが通例である。つまり、ASC候補作品の中で1作品のみオスカーでは涙を呑む。では、その作品が何で、空いた席にどの作品が来るのか。前哨戦の結果を重視すれば、落ちるのは『Bardo, False Chronicle of a Handful of Truths』になるだろう。とすると、(B)(C)の作品群の中から1作がオスカーで指名を受けることになる。『Avatar : The Way of Water』は前作がこの部門の覇者であるがゆえ積極的に予想に入れたいところだが戦績は振るわない。やはり『All Quiet on the Western Front』が技術部門で大躍進すると見るのが妥当だろうか。


編集賞 Best Film Editing

『Everything Everywhere All at Once』
『Top Gun : Maverick』
『Elvis』
『The Fabelmans』
『All Quiet on the Western Front』

 昨年作品賞の頂点に輝いた『コーダ』は、作品賞を受賞する上では絶対に外せない監督賞、そして編集賞にノミネートされることなく戴冠を果たした異例中の異例の作品だった。しかし、やはり通例は作品賞受賞に監督賞と編集賞での候補入りは欠かせない。となると、フロントランナーである『Everything Everywhere All at Once』を予想しない理由はない。純粋に編集が評価されている感のある『Elvis』『Top Gun : Maverick』も候補までは安泰だろう。そして、ここでも『All Quiet on the Western Front』が来るかどうか。しかし実際、本作の技術面はどこをとっても優秀であり編集も例に漏れず。前哨戦ではほとんど名前があがっていなかったのは一応非英語作品であったからであり、その状況をBAFTAが打破してくれたと見ることが可能だ。それに編集賞と戦争映画・アクション映画(戦闘シーンのある作品)の相性はとてもよく、決してだれることのない緊迫感を生み出しているのが神がかった編集のタイミングであることを考えれば至極当然のことと言える。
 そして、この部門のもう1つの特徴は、昨年は異例だったものの、基本的に「編集賞候補になっている作品のうち2作品以上が監督賞候補にもなっている」ということだ。
○編集賞候補のうち監督賞候補にもなった作品の割合
93rd:2/5
92nd:3/5
91st:3/5
90th:2/5
89th:4/5
88th:4/5
87th:3/5
86th:3/5
85th:3/5
84th:3/5
となると、自身が監督賞候補として予想した『TÁR』『The Banshees of Inisherin』『The Fabelmans』のうちいずれかの作品から編集賞候補が出るはずだ。BAFTAでは『The Banshees of Inisherin』が指名を受けたが、BAFTAで本作が強いのは自然なことに思える。となると『The Fabelmans』か。筆者はその他の技術部門で悉く本作を予想から外しておりここでも外すと技術部門での候補入りが作曲賞のみという事態になってしまう。作品賞レース2番手もしくは3番手に位置する「スピルバーグ作品」であることを考えるとそれは想像し難いか。

Next in line : 『The Banshees of Inisherin』『TÁR

美術賞 Best Production Design

『Babylon』
『Elvis』
『Black Panther : Wakanda Forever』
『Avatar : The Way of Water』
『Everuthing Everywhere All at Once』

 まず、この部門と衣装デザイン賞は『Babylon』と『Elvis』をセットで予想しておくのが無難だ。もちろん前哨戦での成績がそれを裏付けもしているのだが、何より2022年を代表する「ピリオド物(時代物)」であるのが大きい。
 そして残り3枠を巡っては群雄割拠といった感じで、「前作」がこの部門の覇者であるという理由で『Black Panther : Wakanda Forever』『Avatar : The Way of Water』をチョイス。ただ前者は前作と違い作品賞候補になるほどの勢いはないため他のコンテンダーに席を奪われる可能性が高いように思う。また、技術部門では作品賞レースの影響を受けることがしばしばであり、昨年度はノミネーション発表時にはフロントランナーであった『パワー・オブ・ザ・ドッグ』がサプライズ候補入りを果たしている。今年度のフロントランナーである『Everuthing Everywhere All at Once』は、前哨戦でもその美術部門の仕事ぶりが大いに認められていて、作品自体の勢いも相まって一枠を手に入れるだろう。
 伏兵としてはBAFTA大好き『All Quiet on the Western Front』『The Fabelmans』が挙げられる。BAFTAで指名を受けた『Guillermo del Toro's Pinocchio』が候補入りしたらそれはそれで面白いがアニメーション映画のこの部門での候補入りはかつて一度もなく積極的には予想しづらい。

Next in line : 『All Quiet on the Western Front』『The Fabelmans』


衣装デザイン賞 Best Costume Design

『Babylon』
『Elvis』
・『Black Panther : Wakanda Forever
・『Everuthing Everywhere All at Once
『Mrs Harris Goes to Paris』

 この部門は残り2枠をどうするか、というところを議論するべきで、一般的には『The Woman King』と『Mrs Harris Goes to Paris』の2作品を予想するのが無難な選択だ。しかしここでも作品賞レースのフロントランナーである『Everuthing Everywhere All at Once』が食い込んでくるのではないか。実際前哨戦の戦績自体はこれら3作品でほとんど大差はないのだ。
 また、『Babylon』『Elvis』が「ピリオド物」とはいえ、19世紀以前を舞台にした「ピリオド物」から絢爛な衣装デザインの候補入りがないのは、少々寂しいかもしれない。その際匂うのが国際長編映画賞のオーストリア代表としてショートリストに残っている『Corsage』だろうか。BAFTAお気に入り『All Quiet on the Western Front』は、確かに軍服という「衣装」が作中重要なメッセージを放つ道具として用いられていたものの、「衣装デザイン」が群を抜いて素晴らしかったといえば疑問が残るところだ。

Next in line : 『The Woman King』『Corsage』

メイキャップ&ヘアスタイリング賞 Best Makeup & Hairstylin

・『The Whale』
・『Elvis』
・『The Batman』
・『Babylon』
・『All Quiet on the Western Front』

 特殊メイキャップが用いられている作品はやはり強いため、『The Whale』『The Batman』『Elvis』はやはり強いだろう。勿論3作品とも組合賞の「Best Special Make-Up Effects」部門で候補入りを果たしている。それからやはり『Babylon』も、美術・衣装デザイン・メイキャップ&ヘアスタイリングの3部門セットで候補入りを果たす可能性が高い。残りの有力候補としては『All Quiet on the Western Front』『Blonde』が挙げられるか。後者は全く似ていないアナ・デ・アルマスをマリリン・モンローに「近づけた」ことは評価されやすいだろう。しかしここは技術部門での前者の大躍進を信じたい。

Next in line : 『Blonde』『Amsterdam』

視覚効果賞 Best Visual Effects

『Avatar : The Way of Water』
『Top Gun : Maverick』
『The Batman』
『All Quiet on the Western Front』
・『Doctor Strange in the Multiverse of Madness

 普通なら、『Doctor Strange in the Multiverse of Madness』を『Black Panther : Wakanda Forever』に入れ替えた予想が王道だろう。しかし、筆者が引っかかるのは前作がこの部門を落としているということ。一方『ドクター・ストレンジ』は前作がこの部門で認められているということだ。作品自体の「強さ」が必ずしも有利に働かないのがこの部門の特徴で、そうなるとまた別の作品が日の目を見る可能性が十二分にある。組合賞で候補入りを果たした『Jurassic World Dominion』『Fantastic Beasts: The Secrets of Dumbledore』だが、これまでのシリーズが一切この部門で認められてこなかったのが厳しいのではないか。

Next in line : 『Black Panther : Wakanda Forever『Thirteen Lives』

音響賞 Best Sound

『Top Gun : Maverick』
『Elvis』
『Avatar : The Way of Water』
『All Quiet on the Western Front』
『Everything Everywhere All at Once』

 音の繊細な処理がどうしたって必要な音楽映画、戦争映画が強いというのは、この部門を予想する上での鉄板で、そうなると上記の5作品を予想することへの異議は少ないだろう。特に『Everything Everywhere All at Once』以外の作品は組合賞(CAS/MPSE)とBAFTAの重要3賞をコンプリートしており、死角はない。残りの1枠は非常に迷うが、ここでも作品賞レースフロントランナーの強さが発揮されると予想し、『Everything Everywhere All at Once』をねじ込んだ。すでにお気づきかと思われるが、最多候補は『Everything Everywhere All at Once』になると踏んでいる。
 アニメーション作品からの候補も少なくないため、『Guillermo del Toro's Pinocchio』は若干匂う。

Next in line : 『The Batman』Guillermo del Toro's Pinocchio

作曲賞 Best Original Score

『Babylon』
『The Banshees of Inisherin』
・『Guillermo del Toro's Pinocchio
『The Fabelmans』
『Women Talking』

略称
SCL=The Society of Composers & Lyricists Awards
HMMA=Hollywood Music in Media Awards

 この部門は上記5作品に『The Batman』を加えた6作品がBIG6だった。しかし、ショートリストからまさかまさかの『The Batman』が候補漏れを喫し賞レースウォッチャーを大いに嘆かせた。そうすると、残りのBIG5がそのまま5枠に綺麗に収まると見るのが非常に合理的。しかしこの部門はしばしばサプライズ候補があり、前哨戦を順調に快走していたコンテンダーが伏兵に席を奪われるということがよくある。上記の中で落選するとしたら『Women Talking』のヒドゥル・グドナドッティルか。作品の失速に足を引っ張られる可能性が高い(ジョン・ウィリアムズは『スター・ウォーズ』新3部作においても笑ってしまうくらい寵愛されていたことを思えば落選は考えにくい)。となると作品賞のフロントランナーである『Everything Everywhere All at Once』か。勿論それも大いにあるし、実際SCL・HMMA・ BAFTAでしっかり指名を受け布石を打っている状況だ。しかし、それよりも匂うのは『The Woman King』だ。まずテレンス・ブランチャードといえば93回でサプライズ候補入りを果たしたことが記憶に新しい。あのときは明確に『TENET』と『ミッドナイト・スカイ』が票割れを起こし、次点にいた『ザ・ファイブ・ブラッズ』のテレンス・ブランチャードがその恩恵を受けた形と言えるが、しかしブランチャード自身の評価も高いのではないだろうか。HMMAで受賞も果たしているのが、不気味だ。

Next in line  : 『Everything Everywhere All at Once『The Woman King』

歌曲賞 Best Original Song

「Hold My Hand」- 『Top Gun : Maverick』
「Lift Me Up」 - 『Black Panther : Wakanda Forever』
「Ciao Papa」 - 『Guillermo del Toro's Pinocchio』
「Naatu Naatu」 - 『RRR』
「Applause」 - 『Tell It Like a Woman­』

 上位4楽曲はすんなり決まるのだ。個人的には「Naatu Naatu」に若干の不安(本当にオスカーでも認められるのかという不安)を感じるが、GGAとCCAを制していることに鑑みれば杞憂に終わりそうだ。では、残り1枠が難しいのかと言われればそうでもない。例えば、女優部門では「迷ったら、とりあえずメリル・ストリープを入れておけ」という標語が存在するが、この部門にも同様の標語が存在する。「迷ったら、とりあえずダイアン・ウォーレンを入れておけ」である。以上だ。

Next in line : 「Carolina」(Where the Crawdads Sing)

国際長編映画賞 Best International Feature Film

『All Quiet on the Western Front』🇩🇪
『Decision to Leave』🇰🇷
『Argentina, 1985』🇦🇷
『Close』🇧🇪
『Joyland』🇵🇰

 受賞は『All Quiet on the Western Front』か『Decision to Leave』のどちらかで、再三述べている通り特に前者は勢いをつけてきている。勿論、候補入りまでは問題ないだろう。しかし、BIG2を抑えGGAを制したのは『Argentina, 1985』だった。そのインパクトは大きかったはずだが、しかし当確と言えるかは微妙なところ。BAFTAでの指名は頼もしいが。
 前哨戦の成績をそのまま反映するならば残りの2枠は『Close』『EO』になるのだが、そう簡単にはいかないのがこの部門。この部門でサプライズ候補入りを果たすことが多いのは、前哨戦では名前の挙がらなかった、一般的に映画制作の実情が知られていない東アジア(日韓中)以外のアジア地域(特に中東地域)、北アフリカ地域の作品である(直近だと「ブータン 山の教室」、「皮膚を売った男」など)。今年この特徴に当てはまるのは、「Joyland」(パキスタン)と「The Blue Caftan」(モロッコ)。特に前者はカンヌでクィア・パルムを受賞しており、実績は十分と言える。上位陣を打ち崩せるだろうか。
 また、『Close』よりも正直『EO』がくる可能性を感じているのだが(三大批評家賞を制覇しているため)、そこまで賭けに出る勇気が出ない。もしくは『The Quiet Girl』だ。

Next in line : 『EO』(ポーランド), 『The Quiet Girl』(アイルランド)

長編ドキュメンタリー映画賞 Best Documentary Feature Film

『All the Beauty and the Bloodshed』
『All That Breathes』
『Navalny』
『The Territory』
『Descendant』

 お気づきかもしれないが、『Fire of Love』を外してある。まずこの部門の特徴は、フロントランナーもしくはそれに準じる作品が本戦で弾かれるということ。昨年は2番手だった『THE RESCUE』が(見事に)弾かれた。そして、今年のフロントランナーはヴェネツィアで金獅子に輝いた『All the Beauty and the Bloodshed』だ。では、フロンランナーであるがゆえ本作も落選の憂き目にあるのだろうか。しかし、三大映画祭のうちヴェネツィア国際映画祭はあらゆる面でオスカーと高い親和性を誇る。それを踏まえると、危ういのは2番手に位置している『Fire of Love』ではないか、という読みだ。
 それから、昨年のこの部門は『燃え上がる記者たち』がサプライズ候補を果たしたが、本作が受賞していたのがサンダンス映画祭の「ワールド・シネマ ドキュメンタリー部門」で、今年度同部門に輝いているのが『The Territory』というわけだ。

Next in line : 『Fire of Love』『Moonage Daydream』

長編アニメーション映画賞 Best Animated Feature Film

『Guillermo del Toro's Pinocchio』
『Marcel the Shell with Shoes On』
『Turning Red』
『Puss in Boots: The Last Wish』
『Wendell & Wild』

 まず、前哨戦で熾烈な一騎打ちを繰り広げていた『Guillermo del Toro's Pinocchio』『Marcel the Shell with Shoes On』は、勿論候補入りは問題ないだろう。ただ、後者はそのアニメーション表現が本当に会員に認められるかが不安ではあるのだが。また、ここに『Turning Red』『Puss in Boots: The Last Wish』を加えたBIG4は前哨戦でも揃って候補入りしており、落選は考えにくい。そう、残り1枠をどうするかだ。普通に考えればが『Wendell & Wild』がくるわけだが、ここに来て『My Father’s Dragon』のBUZZが大きくなっているように思う。GGAで候補入りした『犬王』だが、充実した戦績がないのが気になる(アニー賞での指名は大きな後押しだが)。兎にも角にも、残り1枠は以上3作品の戦いで、少しの票の移動でいかようにもなるだろう。実に不安定な1枠である。

Next in line : 『犬王』『My Father’s Dragon

候補数予想

『Everything Everywhere All at Once』10部門ノミネーション(作品、監督、主演女優、助演男優、助演女優、脚本、編集、美術、衣装デザイン、音響)
『Elvis』8部門ノミネーション(作品、主演男優、撮影、編集、美術、衣装デザイン、メイキャップ&ヘアスタイリング、音響)
『The Banshees of Inisherin』7部門8ノミネーション(作品、監督、主演男優、助演男優×2、助演女優、脚本、作曲)
『The Fabelmans』7部門ノミネーション(作品、監督、助演男優、助演女優、脚本、編集、作曲)
『All Quiet on the Western Front』7部門ノミネーション(作品、撮影、編集、メイキャップ&ヘアスタイリング、撮影、音響、国際長編)
『Top Gun : Maverick』6部門ノミネーション(作品、撮影、編集、視覚効果、音響、歌曲)
『TÁR』4部門ノミネーション(作品、監督、主演女優、脚本)
『Avatar : The Way of Water』4部門ノミネーション(作品、美術、視覚効果、音響)
『The Whale』4部門ノミネーション(主演男優、助演女優、脚色、メイキャップ&ヘアスタイリング)
『Black Panther : Wakanda Forever』4部門ノミネーション(助演女優、美術、衣装デザイン、歌曲)
『Babylon』4部門ノミネーション(美術、衣装デザイン、メイキャップ&ヘアスタイリング、作曲)
『Women Talking』3部門ノミネーション(作品、脚色、作曲)
『Decision to Leave』3部門ノミネーション(監督、脚本、国際長編)
『The Batman』3部門ノミネーション(撮影、メイキャップ&ヘアスタイリング、視覚効果)
・『Guillermo del Toro's Pinocchio』3部門ノミネーション(作曲、歌曲、長編アニメーション)
『Glass Onion : A Knives Out Mystery』2部門ノミネーション(作品、脚色)
『Living』2部門ノミネーション(主演男優、脚色)

以下、1部門のみのノミネーション
『Aftersun』(主演男優)
『Till』(主演女優)
『The Woman King』(主演女優)
『To Leslie』(主演女優)
『The Good Nurse』(助演男優)
『She Said』(脚色)
・『Empire of Light』(撮影)
『Mrs. Harris Goes to Paris』(衣装デザイン)
・『Doctor Strange in the Multiverse of Madness』(視覚効果)
『RRR』(歌曲)
『Tell It Like a Woman­』(歌曲)


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