煩雑さはそのままにそこに無理やり秩序を被せたところで、効率の悪さに現場は反発し、結果的に業務は回らなくなる

変革活動がスタートしてから2年が過ぎようとしていた。
すべてが順調なわけではなかったが、それでも海外事業は右肩上がりの成長を続け、低迷する国内事業を支えていた。しかし、この1年は成長が鈍化し、社内での不協和音も聞こえ始めていた。

「次なる改革に手を付けるときが来た」

笠間はそう思っていた。

そんな折、笠間は大島からの電話をとった。大島は1年前に常務に昇格していた。
翌日の予定を聞かれ、笠間は9時に常務室に伺うことになった。
大島は予想通りの言葉を口にした。海外事業を再編成し、かつての成長力を回復せよとの指示だった。

二人の会話で真っ先に取り上げられたのが「属人性」だった。
急成長したこともあり、海外事業の現場には属人性が横行していた。大島と笠間は、事業成長を鈍らせている原因をこれだと睨んでいた。
笠間は久しぶりに浦田にメールした。

数日後、浦田の姿は小野寺工業にあった。
相談内容はあらかじめメールで浦田に伝わっていた。
笠間は応接室のソファーに浦田と並ぶように座り、浦田のパソコンをのぞき込んでいた。浦田が準備してきたスライドには、縦軸に「煩雑さ」、横軸に「秩序」をとったポートフォリオが描かれていた。

「『煩雑さ』と『秩序のなさ』は混同されがちですが、実は全く別のものです」と浦田は言った。

「似た言葉に『複雑さ』というのがあります。事業環境が複雑だからといって、自分本意で単純化できるとは限りません。例えばグローバル企業の組織構造は国内市場だけを相手にしている企業のように単純にはなりません」
浦田は、海外事業を展開している小野寺工業を想定して話をした。
「ところが、煩雑か簡略か、無秩序か秩序かは自分たちの問題ですし、ビジネスに関しては煩雑や無秩序より、簡略や秩序の方が望ましい姿でしょう」

浦田は笠間の考えておいることを見抜いてこういった。
「大島さんも笠間さんも、プロセスや制度・ルールを厳格化して秩序を作り上げ、属人性を排除した事業運営を目指そうとお考えなのでしょう。しかし、そのやり方で失敗した組織を私はたくさん見てきました。煩雑なものを煩雑なままに秩序をかぶせたところで、煩雑すぎるプロセスやルールは組織には定着しません。結局、現場はそういうのを全部無視して、自分勝手な方法に戻ってしまいます」

海外事業は極めて煩雑な仕組みの中で運営されていた。顧客は海外の大型工作機メーカーだったが、世界中を相手にするがゆえの複雑さがそのまま事業運営の煩雑さにつながっていた。
浦田は、煩雑な事業運営をシンプルにすることを優先すべきと伝えた。その上で、秩序を作り上げるべきだと主張したのだ。

さまざまな実例を挙げて説明する浦田に、笠間も納得せざるをえなかった。
とはいえ、もともと複雑な海外事業を前に事業運営を簡略化するのは容易なことではない。各国の商習慣や法律、通貨の違いなどは受け入れなければならない。笠間は、事業部に戻っていた村山と岡を呼び戻し、この改革に取り組むことにした。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

[ポイント]
組織を属人化から救うには「秩序のなさ」と「煩雑さ」の両面から現状を分析する必要がある。無秩序がゆえにさまざまなやり方が横行して煩雑になってしまっているのか、それとも煩雑がゆえにルールに拘っていては仕事にならないのか、その見極めが大事だ。複数の事業が混在する社内では、事業の違いによって状況は異なるはずだ。
無秩序がゆえに煩雑になってしまっているのなら、秩序を作ればいい。しかし、煩雑がゆえに無秩序にならざるをえないのなら、先ずは煩雑さを解消しなければ秩序をつくったところで意味はない。すべての領域を一派ひとからげに考えるのではなく、それぞれの領域をその特性や複雑さの観点から分類し、工夫する必要がある。
秩序と煩雑さ、これを2軸とするマトリックスですべての領域を表現してみるといい。うまく表現できたなら関係者が集まってそれを眺め、議論し、適切な方法や手順を導き出して、属人性からの脱却を図ればいい。

[場当たり的な後藤部長の思考]
属人的な行動が原因で問題が起こっているのなら、属人性を排除すればいい。プロセスや制度・ルールを厳格化した上でガバナンスを強化し、強制的に守らせればいい。それでも勝手な行動をする人がいれば、組織から出て行ってもらうしかない。それだけの話だ。

[本質に向き合う吉田部長の思考]
単にルールがないから属人性が横行してしまっているのであれば、ルールを作って守らせればいい。しかし、私たちが直面している問題はそんな単純ではない。私たちの組織は無秩序なだけではなく、ひどく煩雑だ。たいていの人は「無秩序」と「煩雑」を同義に扱うが、この2つは別物だ。
煩雑さが根底にあって無秩序になっているのなら、そこに無理やり秩序を作ったところで問題は解決しない。とてつもなく煩雑な秩序が出来上がるだけだ。煩雑な秩序が定着するわけがないし、恐怖政治で守らせたところで、非効率で業務が回らなくなる。
先ずは業務の簡略化に努め、シンプルになった後に秩序を作る。この順番が成功のカギを握る。
単純に簡略化できない場合には、対象領域を絞り込むなどして、簡略化と秩序作りの折り合いをつけるしかない。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

★★★ 概念化.com を立ち上げました ★★★
https://www.gainenka.com/
★★★  ぜひ、お立ち寄りください  ★★★



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?