リーンスタートアップで、顧客の体験に基づいた反応をタイムリーに手に入れる

戦略的パートナーへの第一歩がスタートした。アポロマシナリー側のプロダクトマネジメントチームとの議論は順調に回り始めた。
ところが、ここにきて足を引っ張る存在が現れた。それは小野寺工業の社内にいた。ベース機開発を担っていた事業部だ。

笠間たちは一刻も早く、アポロマシナリーに対して、開発中の新型加工制御装置を見てもらいたかった。開発の早い段階にアポロマシナリーの反応を確認したかったからだ。ところが、ベース機のプロジェクトマネージャは「無茶を言わないでください、恥ずかしくない状態にして見てもらうには、あと半年はかかりますよ」と声を荒げた。

「中途半端な状態で軽はずみに実機を見せても、期待するような反応が返ってくるとは思えません。それどころか、万が一、問題でも起こったら、アポロマシナリーの社内はおろか、世界中の笑いものになります」

そのとき笠間は、以前に浦田から聞いた「リーンスタートアップ」の話を思い出していた。
「最初から完成されたものを作るな。もしNGが出て振り出しに戻ったら取り返しのつかないことになる」
そういう趣旨の話だった。

そのとき浦田は、自動車業界を例に取って説明した。
自動車メーカーは、開発の早い段階に、外観や内装をイメージできるモックアップ(試作品)を準備する。それをエンドユーザーに見てもらうことで、絵コンテを見せたくらいでは手に入らない貴重な意見や反応を手に入れることができる。
このとき、エンジンやトランスミッションなどはまだ張りぼてでいい。なぜなら、動力性能や操縦性の評価はもっと先の話だからだ。
彼らがデザインの評価を先行するのには理由がある。後々になってのデザイン変更は、大幅な設計変更を伴うことを知っているからだ。
開発当初なら、これで十分なのだ。

ところが小野寺工業の開発者たちは「エンドユーザーの第一印象をつかむ」ただそれだけのために、開発に際限なく時間をかけ、完璧なデザインや10年壊れない品質の試作品を作り上げようとする。
この完成を待っていたのでは商品企画のタイミングを逸してしまう。幹部たちは痺れを切らし、エンドユーザーからのインプットを得られないままに本格的な開発着手を指示するだろう。最終的にアポロマシナリーからダメ出しされれば、それまでの努力はおろか開発投資までもが水の泡になる。

「リーンスタートアップの概念を日本企業が実践できるのは、かなり先のとだろうな」と笠間は思った。

この日、笠間はリーンスタートアップの考え方をプロジェクトマネージャに伝え、説得に努めた。
納得してもらえたわけではなかったが、1か月後には、現行の加工制御装置をベースにデモ装置を開発することを合意してもらうことができた。

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[ポイント]
新事業の立ち上げや新商品開発では、事業者側の勝手な思い込みで顧客にとって価値のない製品やサービスを開発してしまうことがある。そうならないためには、商品企画の早い段階に、少ない予算で顧客の反応を確認するのが効果的だ。何度も繰り返せば効果も大きい。この概念は「リーンスタートアップ」という言葉で広く知られるようになった。
精度の高い情報を得るのにインタビューやアンケートでは不十分だ。顧客に実感を伴わないからだ。顧客の体験に基づいた意見や感想を手に入れる必要から、リーンスタートアップでは「MVP(Minimum Viable Product=実用最小限の製品)」と呼ばれる試供品を準備する。MVPは「完璧な商品=販売するのと同等の商品」とは対極にある。顧客に評価してもらいたい内容を絞り込み、評価に影響を与えない個所は切り捨てる。これが「実用最小限」という意味だ。
完成度の高い試供品を準備するには開発資源が欠かせない。開発期間が延びて評価の時期も遅くなる。

リーンスタートアップには計画性が欠かせない。リーンスタートアップを効果的に実施するには、仮説を立て、仮説検証のかたちで進める必要がある。ロジックやシナリオを意識して商品を企画し、そこに内在する仮説を明らかにする。これによって検証したい内容は具体化され、MVPの姿が鮮明になる。

[場当たり的な後藤部長の思考]
市場で勝ち抜こうと思うなら、商品企画の早い段階に、顧客の要求や期待などの情報を手に入れることが欠かせない。カタログやイメージフィルムを見せただけでは正確な情報は集まらないし、アンケートやインタビューなども無駄ではないが、一刻も早く試供品を完成させることが大切だ。
しかし、試供品だからといっていい加減なものは許されない。中途半端なものを提供し、逆に悪印象を持たれてしまっては困る。ブランドイメージは何よりも優先される。完成度の高い試供品を準備するためであれば、時間がかかっても仕方ないだろう。

[本質に向き合う吉田部長の思考]
アンケートやインタビューでは顧客の真意はわからない。顧客は曖昧な答えしか出せないだろうし、正直に答えたつもりでも、いざ身銭を切って購入する段には心変わりする可能性が高い。真意は、実際に使ってみないとわからない。
とはいえ、完璧なものを準備していたのでは、タイミングを逸してしまう。顧客の意見は商品企画の段階だからこそ価値がある。
あちらを立てればこちらが立たず、この問題を解決するには、評価に必要な最低限の試供品を準備するしかない。評価項目を明確にし、それを確認できる程度の完成度(=評価に影響しない個所は未完成のままでいい)で試供品を準備する。評価者にその旨を伝えておけば、精度の高い情報が得られるに違いない。
例えば使い勝手を評価してもらうなら、耐久性や華美な装飾は必要ない。デザイン性や趣味的要素を評価してもらうなら、それに影響を与えない機能や性能は必要ないだろう。
一番大切なのはタイミングだ。

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