シンプルな名前を付けたとき、人の動きが変わった

私がコンサルティングで心がけることは「シンプルさ」です。シンプルでなければ、人の心に残りません。そして、心に残らないことは、実行には移されないのです。

また、お客様に共感してもらうために、重要な概念には名前を付けるようにしています。一言で表現できない状況や仕組みであれば、なおさらです。命名にはとても気を使います。お客様の代表者数名(特命チーム)と議論を重ね、お客様内で使われている言葉や言い回しにフィットする、シンプルな一言を選びます。

私がプロジェクトの成功を確信するのは、この「シンプルな一言」が、お客様の言葉となって様々なシーンで使われ始めたときです。

ある新事業の立ち上げに従事していたときのことです。
この事業のテーマは「特定のお客様からの引き合いを待つのではなく、ターゲットを決めて自分たちから積極的に提案しよう」でした。

この会社はこれまで、限られたお客様を相手に商売をやってきました。長年お付き合いのあるお客様からの引き合いに応じ、要望を100パーセント実現するというやり方です。ところが、お客様を取り巻く事業環境が厳しさを増す中で、状況は変わりました。付き合いだけで発注をもらえる状況ではなくなったのです。価格競争に巻き込まれるようになり、失注することも珍しくなくなりました。受注できたとしても、利益率は以前の半分にも届きませんでした。

そんな中で新事業の立ち上げはスタートしました。
この事業は、まったく新しいお客様をターゲットにしていました。これまでのようなやり方は通用しません。市場を分析し、自分たちがターゲットを決め、ターゲットに効く提供価値を見極め、能動的に価値提案しなければなりません。

ところが、これまでのやり方に慣れ切っていた現場は、新事業においても、相変わらず受け身のままでした。説得して理解させたはずなのに、彼らの行動規範に変化は見られませんでした。

私たち特命チームのメンバーは、けじめを付けさせなければいけないと考えました。けじめさえ付けられれば、協力して新しい目標を目指せるはずです。
そこで私たちは、これが過去の延長上にはない不連続で大きな変化であることを、シンプルな言葉で表現することにしました。
その言葉が「Pull型からPush型へ」というものです。

Pull型とPush型は、私が作った言葉です。
Pull型は、顧客からの引き合いを中心とした、待つことが基本のビジネス形態です。長年付き合いのある客層に絞り込んだビジネスや圧倒的なブランド力を武器とするビジネスでは効果的です。ただし、顧客ごとの個別の要求に対応しなければならないので、効率は上がりません。

一方、Push型は、待つのではなく、自分たちから積極的に売り込むビジネス形態です。自分たちが得意とする客層をターゲットに選び、その客層の要求や期待を事前に観察し、それに合致する商材を開発します。そして、効果的に対応できるようにあらかじめ準備しておきます。こうすることで、能動的にビジネス展開できます。
この場合のポイントは「構え」です。こっちが先に構えているので効率が良く、お客様の要求や期待を観察した上での商材なので、高い勝率が期待できます。これがPush型の一番の魅力です。

Push型では、市場分析や顧客観察、ターゲットセグメンテーション(お客様を分類し、ターゲット顧客を絞り込むこと)やデザインイン(自分たちが有利になるように、お客様に対して事前に仕様を刷り込むこと)、そして先行投資といった、Pull型では必要なかったことをやらなくてはなりません。
Pull型に慣れた組織がPush型に移行しようとすれば、山積みの課題を抱えることになります。

課題を解決するには、「あるべき姿」を分かりやすく説明し、イメージを共有し、シンプルな「ひと言」でそれを記憶にインプットしなければなりません。これがうまくいけば、お客様は課題解決に向けて一致団結できるようになります。私が、Pull型、Push 型という新しい言葉を使ったのはそのためです。
ふたつの言葉は、まずは特命チームに浸透し、やがて市民権を得て、一般社員が日常的に使うようになりました。

これらの言葉が浸透するにつれ、背景にある概念も理解されました。経営トップが、ある会議の席で「この案件はPull型だから積極的にはやらない」と発言されたことを聞き、私はヤッタと思いました。
共に作り上げた概念が、お客様のものになった瞬間でした。

ただし、むやみに新しい言葉を使うのは、逆に定着を阻害するのでお勧めできません。何事も「過ぎたるは猶及ばざるが如し」なので、肝に銘じておきましょう。

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