リリとロロ 「匂いのゆくえ」②
みんなコンプレックスってあるよね。
時が経つにつれ、自分にも匂いがあり、その匂いを嫌うようになった。
生きていくうちに知っていった。
好きな人は私の好きな香りを持っていること。
友人の家で初めて友人の「生活の匂い」を感じること。
匂いはその人の新たな一面となり得る。
フェロモンというものは無臭らしいが、固有の匂いというのは掻き消せない奥底に留まったまま、皮脂や汗を介して排出される。
私の表面はこんな匂いをしているのか。
生活のふちを一周まわるときに自分のそれは意図に反して、強く感じるようになった。
汗をかいたとき。
緊張したとき。
友人と居るとき。
用を足すとき。
帰路に就くとき。
一度気になると昼にみる悪夢のように、それは毎日憑いて回った。
まるで自分は汚いものだと言われているようで、生きることで汚れるという事実を恨み、風呂場で必死に掻き消すよう心は蝕まれていった。
対策を講じなかったわけではない。
制汗剤を塗布したり、香水で上書きしたり、一時的に自分とは違う何者かになろうとしていた。
だが、どれも纏う作業でしかなく、自分本来の匂いが消えたわけでも気にならなくなったわけでもない。
それは華美な服装を着飾って誤魔化すようなもので、本質的には何も変わっていない。
一張羅を脱げば醜い自分が晒される気分で、それどころか自分とは程遠い役を演じていることに違和感と嫌悪感さえ抱くようになっていった。
正木諧 「匂いのゆくえ」
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