見出し画像

「勝手に銀座ソニーパーク再生計画」。公園で過ごし、楽しむ人々を、観察し、分析し、開発へ活かす実験プラットフォームとするのは、どうだろう!?

銀座の「ソニービル」、芦原義信の名作建築が建て壊される?!えっでも、そのあと公園を作るの!?その名も「Ginza Sony Park」、それを聞いたときには興奮しました。

こ、これは、あのソニーなんだから、相当「公園」や「パブリックスペース」について、相当考えてくるに違いない!さらにそこに、ソニーという企業のこれからのヴィジョンを重ね合わせて、きっと僕らを「おぉぉ!!!」なんて言わせるに違いない!

ソニーウォークマン世代で、ソニーラブな僕は、思っていたわけです。で、先日完成とのニュースが入ってきたので早速行ってきました。

ところが、実際行ってみたら、想像していたのとは全然違いました。

まぁけど、そりゃそうだよなと。

実際のレポは、これがよくまとまっているので、まだ行かれてない方は、こちらをどうぞ!

GIZMODE「銀座の新たな庭「Ginza Sony Park」。都市機能と公園らしさのミクスチャーは、新体験だらけだった」
https://www.gizmodo.jp/2018/08/ginza-sony-park.html

ソニーにとっては、ビル無くしつつ、そこに生まれる地上と残した地下スペースを一体として構築し直して、グランドレベル(1階)をパークと称してつくる。地上部分については、まちに広場を開く態度を取れることが、大きなメッセージにもなると。現に、一商業施設の在り方としてはもちろん新しさもあるし、このチャレンジを実現するまでの苦労を考えると、試みとしては素晴らしいわけです。

地上は、こんな感じでプラントハンターによる変わった植物がたくさんあって、買えるんだって。

で、地下に降りると、既存の地下スペースが再利用されていて。

地下では、最新の飲食やファション、スケボーやゲームの体験などが楽しめます。ぐるっとまわってわかる。確かにメディア受けするコンテンツとしてのある種の新しさはある。

でも、モールからブティックまで世界の商業施設が大好きなわれわれから見ても、完全に食傷気味です。これは、ここだけではなくて、日本の商業施設全体に言えることだけど、これまでと同じ「コンテンツの差意をチューニングしたクリエイティブ」「ただの消費」があるだけ。世界的企業には、ここのところを飛び越えて欲しいという…… 大きな片思いです。(たとえばですが、アップルなら、同じシチュエーション、同じパークというお題を持ったときにどうしただろうか?とか妄想してしまうわけです)

2年前に書いたこの記事も思い起こされます。

で、あらためてグランドレベル(1階)に帰ってきて思ったのです。

ここは、本質的にはパークでも公園でもない。地下に展開する期間限定ソニーランドの入口スペースなのです。ディズニーランドのエントランス的な、ゲート的なものです。それで成立しているのだから、それはそれで良いんです。

でもですよ。一私企業が、公園やパブリックスペースを標榜してつくったものとしては、あまりにももったいないと思ったのです。だって、世界レベルでとっても貴重なあの四丁目交差点に面するグランドレベルを、パブリックスペースを、持て余しているのだから。

*ここからは、私が考える「勝手にGinza Sony Park再生計画」です。当たり前ですが、現実にはありえないので、ひとつ戯言、妄想だと思って聞いていただけると嬉しいです。


たとえば、グアテマラのある公園のように

その前に、まず理解しておかなくてはいけないことは、(企業であれ)自らがパブリックな環境を持つということ、自前の公園を持てるということの可能性は、とてつもないということです。なぜなら「公園」や「パブリックスペース」は、デザインや設えいかんで、その土地の老若男女、年齢はもちろん、職業や所得、人種や宗教、価値観等に関わらず、あまねく人々を受け容れることができる場になれるからです。

そしてこれは、グランドレベル(1階)を所有する者だけが持つ特権です。

プライベートとパブリックの交差点、グランドレベル(1階)の大切さについては、代表田中の著書「マイパブリックとグランドレベル」(晶文社)をどうぞ。

日々いろいろと公園を調べている中で、最近一番アツかったのがグアテマラのアンティグアという街にある「The Plaza Central Park」(意外と最近再整備された公園)。

生い茂る樹木とベンチと噴水。つくりは単純なんだけど、最高だろうと思われる居心地と、この小ぶりな公園の四辺が街とダイレクトにつながっていることもあって、現地の人から観光客までとにかくいろんな人が、有機的に街と公園を移動しながら、思い思いにすごしている。一人から大人数まで、物を売っていたり、撮影していたり、食べたり、飲んだり、ラップしたり、演奏したり、歌ったり、植物の手入れをしていたり。そこを、小鳥や蝶が飛び交う。

まさにこれがひとつの「公園」の理想的な在り方だと。

「公園」については、過去のnoteも参考までに。

まずは、より正当な「公園」に!

っていうことで、「勝手にGinza Sony Park再生計画」では、まず黙って、正当で真っ当な「公園」に仕立て上げていきます。それに必要なのは、下記の2つです。いたって普通のことです。

1.交差点を行き交う、あまねく人にひらかれた公園としての顔をつくる
2.木陰のできる樹木、会話も楽しめるベンチの設置で、普遍的な心地よさを提供する

珍しい木たちには、申し訳ないのですが、できるだけ緑生い茂る、木陰がきちんとできる樹木を植えましょう。今と違って交差点から見たときに、あっ!あそこに小さな森がある?くらいに思わせられるほうが良いと思います。できれば、冬に葉が落ちてしまっても、存在感のある木に。交差点から見ると、大きな木1本でもいいと思うんです。シンボル的に。(写真はポートランド)

さらにもう少し積極的に座るところをつくりましょう。日本全国ベンチ不足ですが、銀座ももちろん同じです。木陰とベンチで、待ち合わせても、休憩をしても、どんな人が佇んでいても絵になる光景をつくる。

あまねく人々を受け容れる公園が、実験場に?

それによって、面積としては小さいけども、「公園」というニュートラルな器として整える。日本有数の立地、有楽町と銀座を結ぶあの交差点に、誰もが気軽に立ち寄りたくなる公園が生まれます。

それが、何になるのか?って。

ターゲティングなど行わない正当な「公園」は、まさに銀座の地を行き交うあまねく人々を引き込みます。貧乏人も金持ちも、子どももお年寄りも関係なく。またその人の気持ちやモードにも関わらず集ってくる。このことは、市民目線としては、居心地の良い居場所が提供された、ということかもしれませんが、このような状況は、欲しいと思っても手に入るものではなりません。そのまたとない公園とそこに居る人々をまるっと、ソニーが所有すると捉えるのです。

そして、ソニーは、「Ginza Sony Park」に集い、行き交う人々が、何を考え、何を想い、何を嗜好し、どのように過ごしているのかを、つぶさに観察する、実験場とする。ポイントカードから消費のデータを抜き取るようなことではなく、行動や想いに寄り添う、新しい観察と分析へのトライ。

使い方を無限に見立てさせる空間をつくる

しかし、「Ginza Sony Park」はソニーがつくる公園です。ただ、人々が座っているだけの公園になってはいけません。だから、日本のどの公園よりも、どんな行動も、表現も許されるような空気を「デザイン」と「仕組み」によってつくっていくことが求められます。目指すは、グアテマラの公園のように。

「Ginza Sony Park」で行われる人々の営みや行動そのものが、どんどん増えて、多様にさせるために、まずは、人々が「あっ、ここでこんなことやってみたいな」と思わせる空間をつくっていきます。

基本は「喫茶ランドリー」をつくる考え方と同じです。

たとえば、台北の永泰公園にある何の変哲もないステージのようなものをつくって、フリーで提供するもよし。銀座の一等地、こんなところに無料で表現の舞台が借りられたら、どれだけエキサイティングでしょうか。間違いなく、今あなたが想像している以上の見たことのない多様な人々のさまざまなことが、ここで毎日展開されることになります。そういった関わりしろが、無数に必要となります。

南アフリカ・ダーバンの歩道に備えつけられていた、誰もがカジュアルに借りてお店を出せるインフラのようなもの。たとえばこんなものを公園内に搭載するのも良いでしょう。誰もが見た瞬間に何かをやりたくなってしまう、能動性を掻き立てるデザインの無限の可能性を模索し続ける。この公園を、ソニーは、さまざまなデザインをトライ&エラーし続ける場としても有効に使うことができます。まさに実験場です。

プロパーには貸しません。広告的なものも、そういうものは地下でやればいい。求心力があって、エッジーな人がクリエイティブ。そんなのは大きな誤解です。そうじゃない!今その目の前にいるすべての人が、皆クリエティブなのです。だから、地上のパーク内は、「喫茶ランドリー」のようにできるだけ周囲に住まう人々のやりたいことに貸してあげる。市民の能動性を高めることを企業として全力でサポートする。

シブヤキャストの公開空地で興した「シブヤパブリックサーカス」のように、たとえばフリーで花束をふるまいたいという人に貸してあげるも良し。

ある日はDJをふるまいたい人が、そこの場所を借りるも良しでしょう。

「シブヤパブリックサーカス」では、フリーでふるまいたいマイパブリッカーの仲間たちを集め、お金のやりとりが一銭も生じないけど、幸せなやりとりが無限に続く数日間をつくりだしました(上写真)。こういった状態が恒常的にあるのが、先のグアテマラの公園。それを銀座の一等地にソニーがつくる。

このように、ひとびとの能動的なアクティビティが増えるほど、ソニーへのインプットが増えていきます。

そこはSONYが社会と接する実験場

「喫茶ランドリー」を通して、よく言っていることでもありますが、新しいカルチャーやビジネスのはじまりは、ひとびとの「小さなやりたい」の実現にほかなりません。今、あなたの手元にある、大好きな物事、カルチャーの多くは、数十年前、数百年前に、きっと相当に些細なトライと、人が視認し合うグランドレベル(1階)の状況が大きく関わっていたに違いありません。

つまり、銀座にこのような場所が定着すれば、「Ginza Sony Park」発の新しいカルチャーが生まれる可能性もある!!将来、ある人が言うんです。「お前らやってるソレって、ソニーパークが発祥の地やで!知らんかったの?」って。

今の「Ginza Sony Park」(上写真)は、「今東京にある最新のカルチャーを見せつける舞台」の入口すぎません。それを「銀座に棲まう人々が能動性を表出させるための舞台」としての公園に再生する。

藤原ヒロシさんのハイファッションな世界が「Ginza Sony Park」の地下にあってもいいでしょう。しかし地上にはアノニマスな市民の能動性が溢れている。その大きな大きな振れ幅を受け入れるという姿勢、そもそも多様とは何なのかを模索する姿勢が、ソニーだからできる未来をつくる源泉となります。

ビルが建った後も、1階は公園のままで

さらに、こうも考えてみてください。

現代に生きる人々は、どんな能動性を持っているのだろうか。それはどんなことによってたき付けられたり、建ち上がったりするのだろう。また、そこで行われることに触れる人々は、どんな反応をするのだろう。そういったことに対する観察できる場を持つことは、それこそ自社で公園をつくったり、1階にパブリックな場を持つ以外にはできないことなのですから。それを活かさない手はありません。

「何が欲しいですか?」「これは好きですか?」と市民に聞いたり、「次の時代は何が来ますか?」と専門家に聞くよりも、この新しい「Ginza Sony Park」で起きることの収集と分析とアーカイブが、さまざまなことを教えてくれるはずです。ひとびとの、突拍子もないアクティビティが、未来の社会をかえる種になることもあるはずです。マーケティングの新しい世界も開きます。

図にしてみました。上が、今の「Ginza Sony Park」とソニー、利用者の関係です。それを下のように変えようと。公園というものが、ひとつの企業の在り方へ、また未来の消費者へとつながるものに変わります。(下の赤い●は、個人から発露されたアクティビティを指します)

ちょっと違う話になりますが…… たとえば、次の時代のWalkmanは、どんなモノでしょうか?モノなのか、何なのかもわかりません。何なのか?何なのか?何なのか?そんなことを純粋に問い続けても、答えなど出るわけがありません。これは、問いの立て方が間違っているのです。

最近、「喫茶ランドリー」や「グランドレベル」をきっかけに、いろんな方々が、次の時代に訴求するクリエイティブについて意見が欲しいといらっしゃることがあるのですが、やはり問いそのものがおかしいことがほとんどです。

そうではなく、きちんと社会や人々と対峙して、さまざまな角度から哲学する。そこからしか、人や社会の役に立つモノなんて生まれないんじゃないでしょうか。今回提案したあまねく人々を受け容れる公園は、社会の縮図です。だから、小さな公園でも、そこに居る人々に相対すること、それそものもが問いを立て考えること、つまりは「ソニーという企業は、何なのか?」を考えることにつながります。

それは、できればずっと持っておきたいもの、持っておくものだと思います。だから、「勝手にGinza Sony Parkリノベーション計画」でつくる公園は、いつか、あの地に新しソニービルが建ち上がったときも、今回提案した理念と設えを持った公園を1階にもったまま、建ち上がるべきでしょう。

実はこれはソニーだけの話ではない
すべての企業・組織にも言えること

さて、今回、「ソニー」が「銀座の一等地」で「公園」をつくるというテーマで話してきましたが、実はこれは、ソニーの話に留まるものではありません。最っも伝えたいことは、「企業・組織」が(所有する)「どこかの1階」で「何」をつくるか、ということの大切さです。

パブリックとプライベートの交差点である、グランドレベル(1階)のことをもう一度きちんと考えたとき、街はまだまだ変わることができます。

ベンチどころか人の居場所がない、銀座の目抜き通りの1階が、もし、このような考えで、更新されていったら、どんな通りになるでしょう?ソニービルの隣の、エルメスのビルの1階が、このような考えで、変わったとしたら、ソニーパークと連動して、どんなことが起きるでしょうか。

あなたの会社のビル1階は、そのままで良いのでしょうか。新しいオフィスビルやマンションを建てるのに、いつものロビーをつくってしまっていませんか?新しいファッションビルを建てるのに、何のお店を入れようかとか、単純に考えていませんか?役所や公共施設の1階は??

さっきの図の「SONY」と「PARK」のところを入れ替えて、遊びでいろいろと妄想してみてください。きっと、これまでにないグランドレベル(1階)の在り方が少し垣間見られるはずです。そこには、誰にとっても大きな可能性があります。

というわけで、今日はこの辺で。


1階づくりはまちづくり

大西正紀(おおにしまさき)

*喫茶ランドリーの話、グランドレベルの話、まだまだ聞きたい方は、気軽にメッセージをください!

*喫茶ランドリーのレポートはお休み中ですが、相変わらず日々変化し続けています。本日からは現代アートの展示が「まちの家事室」ではじまりました。(2018/08/22)

http://glevel.jp/
http://kissalaundry.com
http://japanbench.jp/
http://mosaki.com/


多くの人に少しでもアクティブに生きるきっかけを与えることができればと続けています。サポートのお気持ちをいただけたら大変嬉しいです。いただいた分は、国内外のさまざまなまちを訪ねる経費に。そこでの体験を記事にしていく。そんな循環をここでみなさんと一緒に実現したいと思います!