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出現! 反常識のデジタル規制改革②

この連載記事は、デジタル臨調が6月に公表した「デジタル原則に照らした規制の一括見直しプラン」を多くの皆さんに知ってもらえるよう、見直しプランの神髄となっている「デジタル思考・イノベーション指向」について、解説するものです。
規制をデジタル化するためには、民間にいるたくさんの皆さんの力が不可欠です。そのためには、見直しプランが面白いアプローチを採用していて、皆さんのビジネスにつながるものであることを知ってもらわないといけません。
この記事をきっかけに、少しでも多くの皆さんに、デジタル庁が挑戦する壮大な「デジタル規制改革」に興味を持っていただき、このプロジェクトに参加してもらいたいと思っています。
第1回目の記事はこちらから読むことができます。


量を質に転換する!

第1回目の記事では、見直しプランでは7つの法文上のソースコード(文言)に着目して、スケーラビリティを取りに行く作戦をとったというお話をしました。
7つのソースコードは「目視規制」「実地監査」「定期検査」「書面掲示」「常駐専任」「対面講習」そして「往訪閲覧」。

これを聞いてもしかすると読者の皆さんの中にはお気づきの方もいるかもしれません。
この方法、実は菅政権時代に河野太郎・元行革大臣(現:デジタル大臣)の旗振りのもとで展開した「書面・押印の廃止」のアプローチを他のテーマに横展開するものなんです。

書面を前提として、押印により原本性や真正性を確保しようとするアナログ規制。
皆さんの記憶に新しいことと思いますが、新型コロナ感染症のパンデミック初期下で多くの人々が、この書面と押印のために出社を余儀なくさせられました。
法令に「書面」「押印」と規定されているという、たったそれだけのことが、人々を職場に縛り付けていたのです。

そして押印を廃止し電子ファイルで可とする、たったそれだけの規制改革が、テレワークという仕事の仕方を日本社会に広めました。
出社不要となった人々は、続々と都心から転出し、地方に暮らし始めました。いま、こうした地方暮らしの人たちが、今や地元となった移転先で新たな挑戦を始めています。「書面・押印の廃止」が、これから日本が目指さなければならない、地方活性化のための土台を造ったのです。

「書面・押印の廃止」は、更にオフィスのあり方を変えました。

オフィスを単に日常の作業の場から、人々が集い交流することで創造性を生み出す場へと転換したしたのです。
そして、このような新しいオフィスのあり方のもと、人々の新しい社会生活が形づくられ、その新しい社会生活の需要に応える様々な新しいビジネスが生まれました。

個別の法律に定められる「書面」という文言を電子ファイルでもOKとする改正は、これまでも個別の業界の要望に応じて対応してきました。
しかし今回は、これを4万超もあるすべての法律、政省令、告示、通知・通達、ガイドライン等にあまねく展開したのです。この「すべてに展開する」試みが、社会を変え、イノベーションをもたらしたんです。
「量」が積み重なり相転移したことによって、とてつもない大きな波及効果を生み出したといってよいでしょう。

特にデジタル分野のイノベーションに携わる皆さんは、量が質に転化する現象をよく知っているはずです。それは、Googleの検索サービスが、あらゆるワードを居ながらに検索可能にしたことによって、AmazonのECサービスが、地球上のあらゆる商品を居ながらに購入できるようにしたことによって、我々の生活にもたらした大変革にも似ています。

デジタル臨調の挑戦は、まさにデジタルの発想により、量によって質を変え、社会を変革するという、これまで日本でとられてこなかったアプローチによる規制イノベーションを指向するものです。

命令ではなく支援する

規制のデジタル化は、規制を受ける事業者の仕事をしやすくするだけでなく、規制の運用に携わる公務員の皆さんの業務負担を減らします。つまり、デジタル規制改革は、規制を担当する「中の人」にもベネフィットをもたらすものです。

これまでの分野ごとに展開する縦の規制改革は、常に既存の規制によりメリットを受ける各分野の既得権益層をバックとした政治力に影響を受けてきました。そして、政治家の圧力を受けた所管省庁による組織的な抵抗を受けて、本来行われるべき規制改革の実現が阻まれる、ということがしばしば起こりました。いわゆる「岩盤規制」と呼ばれるものは、その典型でしょう。

見直しプランによって実現しようとする規制のデジタル改革は、このような構造とは一線を画しています。
規制を受ける事業者は、現状の方法をデジタル技術によって代替することが許される、とするデジタル改革のフェーズ2によって、規制対応方法の選択肢が増える恩恵しか受けません。なので、民間事業者は、規制のデジタル化に反対する理由はありません。したがって、規制のデジタル化を阻もうとする外在的な力は、原則として所管省庁に働きません。

規制のデジタル化を阻むものがあるとすれば、それは所管省庁ひいては各組織においてその規制の立案担当者が持つ現状維持バイアスということになるでしょう。
現状維持バイアスとは、アナログ規制の文脈では、たとえば以下のようなものが典型でしょう。まず、人間が行う様々な活動は、本来はエラーだらけで規制を守っていない振る舞いが数えきれないほどあるはずであるのに、アナログな仕組みでは、それらは検知されません。検知されないために、規制当局は、規制がうまくいっている、規制が守られていると誤認識します。
デジタル技術が導入されると、その技術によっては、人間が行うよりもずっとエラー率が低いはずです。そして、エラー検知の面でもアナログ的手法より優れている可能性が高いと思われます。
しかし、アナログ規制がうまくいっていると誤認識している人たちは、デジタル的手法に対し、「人間が行わないと場の雰囲気が分からない」であるとか、「五感(または第六感!)による異変に気づけない」であるといった理由で、デジタル的手法はアナログ的手法に劣ると誤判断をしてしまいます。

更に悪いことに、こうした現状維持バイアスは、認知的不協和という人間の心理に根差すものであることが知られています。なので、その判断者は、自身の判断を正しいと信じて疑うことができません。
つまり、正しいことをしようとする職務に忠実な公務員であればあるほど、誤った判断をしてしまうことになるのです。
更に、こうした認知的不協和は、知識や経験が豊富な専門家であればあるほど起こると言われています。すると、行政のプロフェッショナルである公務員が、この認知的不協和、現状維持バイアスの罠に陥るだろうことは容易に想像することができます。

見直しプランは、デジタル規制改革がこのような構造にあることをあらかじめ織り込んで対処策を講じている点で、たいへんスマートな政策であるといえます。
具体的には、上から頭ごなしに規制のデジタル化を進めよと命じるスタイルではなく、規制のデジタル化を進めるにあたっての各省庁、さらには規制立案の担当者が持つ課題や悩み事の共有を受けて、これを旗振り役であるデジタル庁と一緒に解決するというアプローチをとっています。

見直しプランを策定する作業部会では、座長を務められた小林史明(前)デジタル副大臣のリーダーシップのもと、フェーズ・アプローチを実地で各省庁に試してもらいました。そして、そのフィードバックを受けて、どのようなデジタル技術が使えるか、デジタル化を進めるにあたっての障害をどのように取り除くことができるかといった、デジタル化の進展のための具体的な方策を一緒に考えて、これを支援する活動に取り組みました。
この活動がうまく機能したことを受けて、デジタル規制改革は、上からの命令によって行うのではなく、デジタル化の規制所管組織にとってのベネフィットを説き、デジタル庁がデジタル化を支援するコンサルタント的な立ち位置で各組織と一緒に取り組むというアプローチをとることになりました。
これによって、デジタル規制改革は、抵抗の構図のもとで強権的に物事を進めるという、規制改革にありがちな構図に陥ることを回避する、よりスマートな方法論をとるという、基本的な方針が固まりました。

正しい目的を立て、相手と目的を共有して、対等の立場で一緒に取り組むアプローチは、「共創アプローチ」と呼ばれます。この共創アプローチは、相手に価値観の転換を求めるイノベーションの文脈で、よく用いられる方法です。
デジタル規制改革は、単なる技術の導入ではなく、価値観の転換を伴う規制改革です。だからこそ、共創アプローチが有効なのです。

この共創の相手は、霞が関の他省庁に限るものではありません。技術やサービスを提供する民間事業者や、霞が関の指揮命令系統にない地方自治体との協調についても、同様のアプローチがとられることになります。

今後、デジタル庁は、7つのデジタル規制改革の対象について、どのような要求機能に対してどのような技術が使えるかを整理した「テクノロジーマップ」を整備します。そのうえで、それぞれの技術の詳細と、これを提供する民間事業者を整理した「技術カタログ」を用意することになっています。そして、これを誰でも見ることができるようオープンにしていきます。これによって、新たな技術が出現すれば、民間事業者や地方自治体などから素早くアップデートの提案をもらうことできるようにしていきます。
技術カタログへの掲載を希望する民間事業者は、スタートアップ企業や中小企業にも広く門戸が開かれています。日本には地方自治体が1750ほどあるそうですので、技術が採用され、それが評判を呼んで、ある規制に対応するデジタル技術としてディファクトになれば、それなりの収益が見込めるかもしれません。

なお、政府では、こうした規制対応が可能な技術を、デジタル規制改革の手法と共に、海外に積極的に販売していくことも視野に入れているはずです。デジタル規制改革は、技術を持つ民間事業者にとって、大きなビジネスチャンスとなり得るわけです。
日本社会のデジタル化に貢献しつつ、海外市場を含めたビジネスチャンスが生まれる。良い技術を持つ民間事業者は、この大きな波に乗らない手はないと思います。

第3回はこちらから読むことができます。


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