ゆめわら

夢で笑えたってしょうがないじゃない#2


(たとえばミスを本人に言わないでその上司にあの子ここ間違えてましたよって言う人はどういう心境なんだろう、というところから書きました。disりではないです。)

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「なんか今日いつもより機嫌よくないですか?」

社内のカフェスペースに腰をかけるとすぐに後輩の愛美が追って来て、特殊な紙でできて見えるランチボックスを見せて来た。

「あれ、おいしそうだね今日の」

「あたらしいキッチンカー来てたんですよー。なんかナシゴレンみたいな、なんかタイっぽいやつです」

ナシゴレンはタイじゃないけど、と思いながら、へぇと返事をした。

「正社員のおつぼねーさん、今日はムカつかなかったんですか? わたし朝イチからむかつきましたよ。もう、あれは、心の平穏の搾取です!」

フリップを立てるようなしぐさをするので、すぐに人気だったドラマの真似と分かった。

「では、いっそのこと、この会社を小学校と思ってみてはどうでしょう?」

私が相手の俳優になりきってドラマ仕立てにのってみせると、愛美は、なるほど、と女優みたいな表情をつくった。

「仕事を運動会と考えてみてはどうでしょう。そうすれば、並行していくつもの仕事を頼まれたときは障害物競走と思えますし、すぐに返事が必要な案件なら借り物競争だと思えます。昼食をかきこまきゃいけないようなときにはパン食い競争だと思えば」

私の真似に、愛美はさらに、なるほど、とドラマで見た女優と同じ仕草で頷いた。

「なるほど、それならゴールもあるし、上位に行けば報酬ももらえます、いい考えです!」

「しかし、実際には報酬はでません」

私が言うと、ああああ、と愛美は頭をかかえ、派遣社員の労働搾取です!とさらに女優の真似を続けた。

「では、愛美さんでもできることを考えましょう」

「あ!ありました!まさしく今朝やったことです」

「どういうものでしょう?」

「今朝、おつぼねーさんがいっぱいの書類を持ってきたんです。これを郵送してほしいと。で、その通りに封筒に入れたりの作業をして終了したんです。そしたら部長が、遅いんじゃないか、と言いにきたんです」

私は、それは心外ですね、と言うと、そうなんです、と愛美がドラマ仕立てに返す。

「おかしいな? と思って書面を見てみたら日付が先週だったんです」

「それは愛美さんのせいではありません、お局と呼ばれている正社員のミスです」

「そう!そうなんです!だから、わたし言ってやりました。わたしが受け取ったのは今朝で、書類に書かれた日付は先週だったので、急いで午前中のうちに出しておきました、って。部長は、あぁそうだったのかお疲れ様、と。たった、たったそれだけのことなのですが、やってやった感はありました」

「なるほど、言い方でだいぶ印象が変わりますね。愛美さんが謝るタイプでなくて正解でした」

「はい。小賢しいと思われるかもしれませんが、小賢しいわたしにしかできない、間接的な“正社員のあの女性の仕事が遅いんです”攻撃です。小賢しいわたしにしかできません」

完全にドラマの主人公になっているのでおかしくなって、普通に笑うと、愛美も、ついやりたくなっちゃう、と笑った。

「ちょっと、お手洗い行ってきます」

財布見とくね、と言う私に、愛美がおねがいします~と女優が外れてかわいい返事がきた。

愛美が席を立つと、ランチボックスの甘めの香辛料の匂いが舞い上がって鼻に届いた。

「あれ、珍しい?一人?」

おつぼねの女性社員が財布をクラッチバッグのように持っている。

「いえ、伊藤さんが今お手洗いに」

「あっそう、派遣さんは派遣さん同志でいつも話題がつきないわね。たまには正社員と一緒に社食食べたらいいのに」

「そうですよね、社食好きなんですよ実は。話はいつもたいしたことじゃないんですよ。今朝は、伊藤さんが急ぎの郵便なのに急にまわされて、間に合わせたら部長が安心してたけど仕事遅い人いるとヤバいわ、とかそんなたわいない話です」

私がわざと話題に出すと、女性社員は、へぇそう、とたいして気に留めてないような返事をした。

愛美が歩いてくるのが見えると、女性社員は、じゃあ、と食券売り場へ向かった。

「今おつぼねーさんいた?なんか言われたの?」

愛美が怪訝な顔をして座った。

「ううん、大丈夫」

私が言うと、ほんと目ざといからさあの人、と言って愛美が肘をついた。愛美の目線の先で、女性社員がカウンターから渡されるランチを待っている。

この会社はただの運動会で、小賢しい愛美がいて、さらに小賢しいだろう私がいて、これが明日からも当分続くのだ、と思いながら、冷めた弁当の最後の一口を飲み込んだ。