夢で笑えたってしょうがないじゃない#5
「みんな言ってるのよ〜」
みんなですか、と私が聞き返すと、聞き返されると思っていなかったのか、畑野さんは、言ってるわよ? ととぼけた表情をした。
いつも優しそうな笑顔をまとっている畑野さんの顔には、40代後半の年齢相応の小ジワが目立ち、色味の無い唇がスッと笑みを失ったのが見えた。
「転職組の人が増えてきてから、雰囲気が変わったじゃない? 無機質になったっていうか、ファミリーみたいなあたたかさがうちの社風だったのに、変わっちゃったわよね、ってみんな言ってるのよ」
佐藤真奈が、あぁまぁそういうのはありますよねぇ、と言うと、同調したのが気を良くしたのか、そうよねぇ、と声を大きくした。
「遠藤さんだって外から来て、仕事は出来るかもしれないけれど言い方っていうのがあるじゃない? 結局面倒なことは私に押し付けるのよ」
「そうなんですか」
「そうなのよ。まぁ佐藤さんはまだ若いし、みんな優しいから気づかないかもしれないけれどねぇ」
「そんなことは」
「そうですよねぇ〜」
なんでそこだけ入ってくるのかと思って見ると、昔畑野さんと同じ部署だった女性が立っていた。これよろしくね、と言って書面をカウンターに置いた。畑野さんは味方が来たと思ったのかさらに私に続ける。
「この前もね、転職組の人たちがチーム組んで進めてくれるのはいいんだけれど、これは必要ないんじゃないですか、とか、そこまでする必要あるんですか、とか。そうやってずっと来てるのに、変えようとすることばっかり」
へぇ、と女性が言い、私も、あぁ、と返事をする。
私は一体影でこの人たちに何を言われているんだろう、と思う。以前上司面談のときに、自分たちがすごく大変な仕事をしているのに私は大した事しかしてない、と言っていたというのを人づてに聞いたことがある。
くだらな、と言いそうになって口をつぐんだ。ん?という顔をする畑野さんに、いえいえ、と返すと、また話を続けた。
働くって、仕事ってなんなんだろう、と思うときはこんなきっかけなんだろう。OLがOLという単語でくくられるのはこういうことなのだ。誰でもできることを誰かがやる。それはとても大事なことで、それで世間が成り立っている。
だけど、信用できるわけでもない人と気を遣い合って、豆まきのようにお世辞を浴びせ合って、スケートリンクのように上辺を滑って、疲れる。
「もうほんとう嫌になっちゃう」
そう話を締めくくり、同情を請う空気を醸し出す畑野さんに、思わず、かわいそうですね、と言ってしまった。
「そう言ってもらえると気が紛れるわ〜」
能力があるから仕事が集まってきてかわいそう、色々な人に頼られてかわいそう、畑野さんはそう受け取ったのだろう、幸いだった。もう一度、心の底から口にした。
「かわいそうですね」