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ガチで死にかけたおっさんが長編小説書いて書籍化作家になったドキュメンタリー自己紹介2(またも超長い)

 日々の忙しさにかまけていたおっさん教師が、ある日突然難病で死にかけて覚醒、20年ぶりに長編「辰巳センセイの国語科授業」を書き上げて書籍化を達成したドキュメンタリーです。

 前回の『自己紹介1』では、病気になって長編を書き「小説家になろう」にアップするまでを。今回の『自己紹介2』では宝島社からの書籍化が決定するまでを書いてます。まずは下リンクより『1』をお読みいただくことをオススメします。

……『1』をお読みいただいたら、是非、こちらから続きをどうぞ。

1 受賞決定

2020年5月27日

 おっさんは「小説家になろう」運営からのメッセージを待っていた。

 来ないかな、来ないかな、と思い出してはそわそわしてしまうので、必死に頭から追い払う。それでもせいぜい半日でまた、落ち着かないモードに戻ってしまう。

 2月に応募した、第八回ネット小説大賞。
 最終審査の通過発表は5月末予定だった。
 
 事前報告が来るなら、遅くともそろそろじゃなかろうか?

 二次を通過したのは、応募9316作品中の76作品。二次通過をした日の「辰巳センセイ」評価ポイントは795…候補作の中ではかなり低かった……やっぱりポイント少ないと無理か?当日まで連絡なしで受賞とかあるのか?

 朝10時すぎ、運営からメッセージ。

コンテストに関するご連絡2


 これが噂の「運営から」の連絡?……クリックして開くと……

「書籍化を前提にした打ち合わせを……」

 うおおおおおおおおおおおおおおお!

 ぷつん。


 ……そこから2日眠れなくなった。
 お腹も空かない。テンションが下がらない。どう見ても寝不足なのに、脳が休もうとしない。

 あぶないクスリやるとこうなるんじゃないか状態で、熊のようにうろうろうろうろした。運営からのメッセージには「ネットやSNSで広めたりすると受賞取り消しになる可能性もあります」と釘が刺してあったので、こそこそと身近な人にだけ自慢した。

 ……はい。

 というわけで2部では、辰巳センセイの書籍化が決まるまでの、おっさんジタバタ話を書こうと思う。
 有料レビュー利用とか、びみょーなエージェント会社とか、いろいろネタも入ってるので、ぜひお楽しみいただきたい。


2 ほんとうに かきたいものを かいた


 2019年2月、おっさんは「小説家になろう」で「辰巳センセイ」の連載をはじめた。

 連載当初、読者は数人だった。掲載開始から25日後に「一章 舞姫の時間」完結。我ながら、良く書き切った!と感動しながら合計4万字ちょっとをアップした時点でもポイントは70ほど。ブックマークしてくれている数も20件くらいだった。
 でも、毎日のように感想を残してくれたり、マイページにある簡易ブログ「活動報告」で絡んでくれる「なろう仲間」がいた。おかげでおっさんはポイントやブクマを考えずに、楽しく書くことができた。

 一章を載せ終わったころ、どうせなら少しでも多くの人に読まれたいなぁ、と欲が出てきた。

 ロゴを作ったり、活動報告でアピールしながら連載を続けたが、ポイントが大きく伸びることはなかった。一つの区切り、といわれるブクマ100を超えたのは「3章 竹取物語の時間」が完結し、全体の折り返しを過ぎた7月末。
 連載開始からすでに5ヶ月半が経ち、文字数は13万字を超えていた……結構な長編である。

 「誰だよ10万字超えたらブーストかかるってジンクス言ったヤツぁ……嘘やん」

 甘くないなぁ、とボヤキながら、おっさんは頑張って後半の物語を書き進めた。

 ポイントをいかに稼ぐかを気にして、ランキング関連のエッセイもちょこちょこ読んだ。
 「なろうはポイントが全て」「リセットマラソン(冒頭だけ投稿してランキングに載らなかったら捨てて焼き直す)が有利」といった意見を見るたび、良い作品を書くだけだ、ブレるなと自分に言い聞かせた。

 ……内心はブレまくっていたw
 ポイントが取れない=評価で負けたということでは?とクヨクヨ悩んだ。
 誰かの「低ポイントで書籍化なんて望むだけ無駄」という意見を読んだだけで本気でヘコんだ。おっさんはナイーブだった。


でも!


 ……そんなおっさんの「辰巳センセイ」だけど。

 ちゃんと書籍化まで来られた!
 ネット小説大賞、9316作品中の19本に残った!

 「なろうのジンクスなんて、くそっくらえだ!」

 おっさんは書きたいものだけを、本気で、命懸けで書いた。
 ランキング攻略のためのリセマラ? 不正してでも書籍化で勝ち?
 ……いろいろあやしげな攻略法?も聞いた。
 でも、おっさんの武器は、経験と技術の全部を込めた作品そのものだ。
 ライトノベル主流の「なろう」には合わないと言われ続けた「辰巳センセイ」だ。

 ここまで来られたのは、おっさん一人の力じゃない。
 アイデアと励ましをたっぷりくれたのはなろう仲間のみんなだった。
 リアルでもいくつもアドバイスをもらった。
 審査員の方々も数字だけで判断せず、しっかり読んで選んでくれた。

 ……沢山の人に背中を押してもらえて、ここにいる。
 おっさんの大切な辰巳センセイ……作品そのものを見てくれて、大切にしてくれた人がこんなに沢山いてくれた。

 本当に感謝してる。

 良い作品、自分の作品を、大切に真剣に書く。
 その原点を大切にして、おっさんはこれからも物語を書いていきたい。

 ……あーでも宝島社さん、おっさん全部出し切っちゃった感あるんで、これを超える作品を書けるのは20年後だと思います。




3 絶対に書籍化する、絶対にだ


 2019年11月27日
 辰巳センセイ最終回の掲載日。

 全5章の掲載を終え、おっさんは全開のやりきった感に浸っていた。

 完結ブーストなのか、しばらくの間はそれまでの倍のペースで人が辰巳センセイを読みに来てくれた。辰巳センセイへの誘導を期待しつつ、本音をぶちまける兼PRエッセイ「エタりおっさん」(今読んでいただいているコレです)の連載を始めた。
 こちらもそれなりに支持をいただいて、年末までに1部13話の掲載を終えた。

 2020年、1月初頭。
 本当のロスが待っていた。

 次に何をやろう、考えなきゃ、と理性は命じているのに、心が全くついてこない。
 全てのエネルギーを出し切ってしまって、何の趣味もする気がしなくなった。

 久しぶりにPCでVRゲームをだらだら遊んでみた。
 フォールアウト4VRで核戦争後の世界に入ってぶらぶら歩いた。廃墟の風景がヤケに心地よかった。
 敵がいない場所を探して、滅んだ世界で寝転んでみた……おっさん、いろいろやばい感じだった。

 満足感と、むなしさと、脱力感と……複雑に混ざり合っていて、自分でもよくわからない。執筆中が充実していただけ反動が大きかったのだけはわかった。

 書きかけ作品をいじろうとしたり、ずっと凍結していたツイッターを宣伝用に再開してみたり。今、俺は何がやりたい?…そう考えてみても、結論にきちっとたどり着かない。不完全燃焼のまま、ぐつぐつ燻っていた。

 1月下旬になって、やっとおっさんは自覚した。

 おっさんは、このまま辰巳センセイが終了したコンテンツになっていくことを認めたくないのだった。壁を破るには書籍化なり、次のステップが必要になる。その壁の手強さに、本当の願いを自覚することを無意識に避けていたのだ。


 願いがあるなら、言語化すべきだ。

 周囲に宣言すれば、実現できなくて恥をかくかもしれない。
 そのかわり、可能性は必ず高まる。

 ならば。

 1%でも有利になるなら、宣言すべきなのだ。
 そしてその上で、打てる手のすべてを打って可能性を引き上げる。
 これまでだって、ずっとそうやってきたじゃないか、と。


 ……隣にいたかみさんに宣言した。
 とりあえず身内なところがチキンである。

「辰巳センセイを、あらゆる手段で書籍化しようと思う。このまま諦めたくない」

 おっさんの、次の作戦がはっきりした日だった。




4 人の力をあてにした。8万円払う。

2020年 1月下旬

 書籍化を目指すぞ!
 といってもそのままぼーっとしていてどうにかなることではない。
 達成するには、大きくわけてこんなルートが考えつく。

 ①編集部に持ち込んで書籍化
 ②公募で受賞して書籍化
 ③小説サイトで編集者から声をかけられて書籍化

……もうひとつ④自費出版で書籍化する、という選択肢もあるが、あえて触れない。内心では、5年間努力しても形にならないなら、最後の手段として自費出版も考えようと思っていた。

 ちなみにタイムリミットを5年と考えたのは、辰巳センセイのコンテンツとしての賞味期限の問題からだったりする。
 本編を読んでくれた方はわかると思うが、辰巳センセイは2017年から2020年までの世界を描いていて、構成上この期間を前後させることが難しい。古くなりすぎると、商業的に不利になるよね、と。

 で、現時点で①~③のどれからアプローチするか。

 まず古典的な『①編集部に持ち込み』だが、今はほとんどの会社が新人の個人持ち込みを断っている。文芸で実績がない(つまり新人の)おっさんには難しい。

 おまけに辰巳センセイは、新人の一冊目として考えると分量的に長すぎる。このルートを狙うなら、それこそ別の作品で『②公募で受賞』を射止めたあと辰巳センセイを持ち込む、という流れが順当かもしれない。

 ただ、費用をかければ可能な手段として、エージェント系のサービスを利用する手があると聞いた。エージェント企業や、企画の紹介を行っているメールサービスを利用して、自作を出版社に売りこんでもらう方法だ。
 印税の相当部分をエージェントに支払うことになるので、収入は大幅に減ってしまう。それでも手間だけで見れば最も楽な書籍化ルートになのかもしれなかった。

 「一応、そういうサービスもあるんだけどねぇ……」と出版業界のかみさんに聞いたおっさんは「あらゆる手段を使うが信条だし!」と何はともあれ依頼してみることにした。

 貯めたヘソクリでエージェントA社に依頼した。
 1万円をオプションで支払うと、外部のプロ小説家に読んでもらえるとあったので、どうせなら、と合計8万円(!)ほど支払った。

 なお、このお金は、A社に読んでレビューを書いてもらうための前金である。
 その上で商品になる、とA社が判断した場合は、契約してから出版社への売り込みをしてくれる。書籍化が決定したら印税をエージェントと分け合う。

 ……冷静に考えると、読んでお断りするだけでもA社の丸儲け。

 すぐ本にできる原稿だった場合は、出版社に紹介するだけでA社に印税がっぽり……かみさんは「虫のいい商売にも見えるんだよね」と冷ややかだったが、新人が出版社に直接持ち込めないのだから仕方ない、と割り切った。

 申し込んで、結果は一ヶ月後と言われたので、まずはそれを待つ。
 ま、予想がつくと思うけど、ぶっちゃけこの会社、k(自粛)



5 ネット小説大賞は大切なチャンスです

2020年 2月4日  ネット小説大賞の締め切り。

 一年前をおっさんは思い出していた。昨年の第7回ネット小説大賞はちょうどおっさんが「なろう」での活動を始めたタイミングが締め切りだったのだ。二ヶ月後、一次を通過した・ない、という話題で仲間のみんなが盛り上がっているのを見て、ずいぶん寂しく感じたものだった。
 ……来年こそは、参加するぞ、と。

 というわけで、今年のおっさんはもちろん参加である。


 前回挙げた、書籍化3ルート

①編集部に持ち込んで書籍化
②公募で受賞して書籍化
③小説サイトで編集者から声をかけられて書籍化

 ②である。


 ネット小説大賞が「辰巳センセイ」には重要、というには理由がある。

 最近、文芸誌などでの公募では『無料サイトであっても一度公開した作品の応募は不可』とするケースが増えている。
 「なろう」で公開しながら、終章までなろう仲間や読者の応援、アドバイスを受けることで書き上げてきた辰巳センセイの場合、そうしたルールの文学賞は応募できない。

 正直、今だからぶっちゃけるが、この縛りを知ったときはアイヤー!と頭を抱えた。

 そもそも、辰巳センセイのポイントは完結時でも700そこそこ。ブクマだって140くらい。
 「なろう」の流行りを完全に無視して、自分の良いと思う作品作りをひたすら追求してきた。ランクインをして、そこから書籍化、という流れを最初から考えてなかった。

 「……もしやなろうに公開したことが失敗だったのではないか?」とも思いかけた。

 でも、それはないものねだり、なのだろう。
 「辰巳センセイ」はなろうで出会ったみんながいたから最後まで仕上がった作品、というところは揺るがない。みんなとの交流は最高に楽しくて、充実していた……それがなかったら、ここまで……24万字のラストまできっと仕上がっていない。


 そして、「既公開作品」という縛りの次に問題になるのが、その24万字という文字数である。
 多くの公募は書籍一冊分(8万~13万字)を基準にコンテストを行っており、辰巳センセイまるごとでは応募ができない。

 辰巳センセイは、それぞれで読んでも楽しめる5章から構成されている。途中で切って読めないこともない。
 でも、宝島社の担当さんからも言われたが、辰巳センセイは「5章まで読んでこそ最高に高い評価を受ける作品」だ。途中までの原稿で賞レースは不利すぎるし、2章や3章までで受賞してしまい、そこで書籍化打ち切り、になるのも絶対に避けたい。本にするなら、絶対に終章までしたい、と思っているのだ。

 ちなみに、連載中の2019年に途中(2章9万字)までの原稿で3つの公募に応募したが、全て落選している。
 そのうちの一つGA大賞では評価シートをくれたが、そこには「一章、二章それぞれのエピソードがよくできていて面白かった。しかし、一冊全体として見たときの大きなクライマックスもほしかった」と書かれていた……だよねぇ(;´Д`)と、思わず納得してしまった。

 「ウェブ公開した原稿で応募できる」+「字数制限がない」

 ネット小説大賞は貴重である、というのはそういう事情だ。


さて。

 このあと、2月上旬からおっさんは体調を酷く崩してしまった。2週間ほど風邪やら溶連菌やらでほとんど動けず、エライ目にあった。

 体調が戻ってきた2月下旬。
 思い起こせばエージェントに依頼して一ヶ月。
 が……何の返事もない。

 8まんえんの大金を払って、そのままナシのツブテってどうなん?と思って連絡してみたが、担当のY氏曰く、レビューを書いているプロ作家様が忙しくて遅れている、とのこと。
 まあ急ぐ話でもないし……と自分を納得させた。
 なによりこちらとしては悪印象をもたれたくない弱い立場である。つい腰が低くなる……なんか悔しい。




6 大改稿Ⅰ ~敵か味方か とげぬまレビュー~

……いやぶっちゃけ、めっちゃ心強い味方ですけども。
タイトル詐欺ぽいですねスミマセン(;´Д`)

2020年 3月初頭。

 体調が復活してきたので、作品そのものの完成度引き上げに、本気で取り組むことにした。

 今後、他のコンテストに出るにせよ、他の小説サイトに進出するにせよ、作品そのものの戦闘力はとことんまで引き上げておくに超したことはない。

 連載中も感想欄の指摘などを受け、細かなバージョンアップをこそこそ繰り返してきた(現在なろうに掲載しているのはバージョン3だったりする)。しかし、連載中はまず完結を優先すべし、と思って、大がかりな修正はあえてしないでいた。
 終章まで脱稿した今なら、落ち着いて自作を見直せる。


 改稿を始めるにあたり、最初に行ったのがプロへのレビュー依頼だった。
 とにもかくにも自分の作品、それも渾身の一作となると、推敲の回数も相当なものになっていて、自分では直すべきところが見えにくい。
 なろう仲間にも、しっかり指摘をしてくれる人はいるのだが、仲間としての遠慮がどうしてもある。できるだけ無関係な外部による批評が欲しかった。

 つーかね……そもそもは1月に依頼したエージェント企業からのレビュー(しつこいが8まんえんだ!)を待って、それを参考に改稿の道筋を立てようとしていたというのに!
 約束の期日を過ぎても連絡一つよこさないあの態度を見ると……いろんな意味で期待できないかな、と思うようになっていた。
 もっと信頼のおけるレビューが、できれば早く欲しい。


 で、ツイッターでいろいろ見比べて、棘沼千里氏が募集している「とげぬまレビュー」に依頼することにした。氏の過去のレビューを見ても、作品の弱点についてしっかり指摘しており、この方なら信用できる、と思った。
 辛口のとげぬまレビューで高い評価を得られれば自信になるし、多くの人の目に触れる効果もあるかも……などと若干ヨコシマな期待もあったりなかったり。

 無償依頼に申し込まず、最初から有償依頼をしたのは、①すぐ改稿のヒントにレビューが欲しかった、②24万字を最後まで読んで評価してほしかった、そして③辛口評価だった場合に最終手段「非公開」という手を取れる、と計算に入れていた……おっさん、こういうところ、微妙にコスい。


 棘沼氏の仕事は迅速で、一週間ほどでレビューシートを送ってくれた。
 以下がレビュー全文だ。

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作品名 辰巳センセイの国語科授業
作者  瀬川雅峰


評価項目(A、A-、B+、B、B-、C+、C)の7段階で評価します。

・ストーリー A- ・構成力  B+
・キャラクター B+ ・文章力  A
・世界観・設定 A- ・国語の授業感 A-

■はじめに
 24万字程度の長編作品ということもあり、少し読むのに時間がかかりましたが、きっちりと読ませていただきました。この作品については、個人的にいろいろと思うところがあるのですが、感想を一言で表すならば「国語の授業作品としては100点。恋愛・ミステリー小説として読むならば、あと一歩足りない作品」という印象です。

 まず、最初に申し上げておくと、この作品「非常に作り込まれた良作」です。古典文学への読み込みや解釈を丁寧に行った上で、物語と組み合わせています。文章力も非常に高く、とても面白い作品でした。しかし、その上で、「あと一歩が足りていない」と、そう私は思います。

 作者さんはライトノベルを意識されて書かれた、とは仰っていますが、やはり自身でも分析されていますように「一般文芸」に近いと思われます※こちらに関しては、後述いたします。
 このまま公募に提出すると、ラノベでは大半がカテゴリーエラーになりそうです。一般文芸系は詳しくないのですが、電撃の「メディアワークス文庫」あたりが合っている印象を受けました。
※キャラとストーリーの比重が、そのくらいの塩梅な印象です。
では、以下に私なりの分析した感想を述べていきます。


■ストーリー
 基本的には物語を構成する「3本の軸」が存在していて、
①章における物語の軸
②古典文学を解釈する国語授業の軸
③作品全体を通しての、主人公とヒロインの恋愛軸
 が同時に進行していく、珍しい構成をしています。

 この物語、各章における①と②の軸が、綺麗に重なっていて、きちんと物語ベースで落とし込まれています。章ごとに評価するならば、非常によく出来ております。
 では、何が問題なのか。それは、「この物語の核となる③軸の掘り下げが甘い」という印象です。

●1章
 「階段から滑り落ちた女生徒の流血事件」から始まり、この事件の謎を追うミステリーです。
 「起」から事件を起こし、謎を追う展開は、かなりよく出来ています。また、ヒロインである円城が2話目で登場し、彼女のキャラ見せもしっかりしております。1章に関しては完成度が高く、ミステリーと国語授業の「舞姫」がリンクし、綺麗にまとまっていると感じました。

●2章
 私が違和感を覚えたのは、この2章と4章です。
 まず、この2章、冒頭でミステリーにおける「謎」が起きていません。正確には起きていますが、この謎が回収され始めるのは、2章の17話です。冒頭部におけるインパクトが、1章に比べると格段に弱いのです。
 ※「ヒロインのスキャンダル写真が撮られる」という要素はすごくいいのですが、「撮られるから、どうなった」までが序盤に開示されていないため、引きとして弱い印象を受けました。
 →これが仮に「スキャンダルにより、退学騒ぎとなる。騒ぎを解決するため、事件解決に奔走する主人公」というような、インパクトのある事件ならば、引きになったかもしれません。

 このように、2章は物語が動き始めるのが、少し遅いと感じました。17話までは、サブキャラクターのいじめ問題を解決する主人公の「過去」が描かれています。この「過去」というのも問題で、冒頭→17話までは「現在軸での物語=つまり円城のスキャンダル問題」が進展していません。これにより、彼女との関係性を掘り下げる③軸とは関係のない事件が2章の大半となっているのです。

 そして、この2章そのものの時系列が「主人公とヒロインの過去(※ややこしいですが、『冒頭→17話』までは、『過去より更に過去の時間軸』)」となっています。
 つまりベースラインである「1章を経過したあとの時間軸」や主人公とヒロインの関係性が、「読者目線」ではまだ一歩も進行していないのです。
※ヒロインの仲間思い&行動力を見せるエピソードにはなっています。

 過去編を挿入すること自体はいいと思うのですが、まだヒロインと主人公の関係性がよく分かっていない状態での過去編となるため、イマイチ共感が難しいかな、と個人的には思います。
 →本来であれば1章で「主人公とヒロインの関係性が近づいていくor二人の関係性をしっかり描く」のが定番かと思いますが、1章は「ある女生徒のミステリー」を追うことが物語の主軸として存在しているため、ヒロインと主人公の関係性を掘り下げる構成にはなっていない印象です。

●3章
 ヒロインのライバルキャラであるシャーロットが登場します。3章は話が大きく動いており、「ライバルキャラの登場」「主人公の転勤問題」等で、お話が劇的に動いております。
 この章は非常にいい感じなので、特に問題はないのですが、「ヒロインが海外留学」しているため、またしても「ヒロインの掘り下げ」が弱くなっている懸念はあります。

●4章
 こちらも少し違和感を覚えた章です。2章と同様に、ここではヒロインが所属する部活仲間のサブキャラクターのミステリーが中心となっています。この部分においても、古典である『山月記』とのリンクは非常によくできているのですが、③軸で見ると、進展があまりないのです。
 ※5章に繋がる導入としてのエピソードはあります。この伏線は非常にいいと思います。

●5章
 おそらく、作者が一番書きたかったであろう「主人公の過去やヒロインとの恋愛」が決着する章となっております。どの章もそうですが、やはり古典作品とのリンクが非常によくできているため、5章の完成度は素晴らしいです。
 ※ここまでしっかりとやるのであれば、1章~4章に5章に繋がる伏線を散らしていったほうが、より綺麗になるかな、とは思いました。
 しかし、現状でも綺麗な形となっているため、終章はこの形でベストに近いかと思います。

■総評
 ここまで読んでいただければ、ある程度私の言いたいことが分かってくれるかと思いますが、この物語は「ヒロインとのエピソード」が少し足りていないと個人的には感じました。
 全1~5章の中で、ヒロインが明確に関わってくるエピソードは3章と5章しかありません。(※3章は留学しているのでほとんど居ませんが、関連性はあるのでアリだと思います)。

 この物語は「ミステリーもの」ではあるのですが、「ホームズとワトソンが主人公」「主人公1人で全部解決しちゃっている」という点が非常に惜しいと思いました。
 つまり、主人公1人居れば、物語が進行してしまうのです。そのため、ヒロインの必要性が薄く、彼女とのエピソードが掘り下げにくくなってしまいます。

 また、この作品が「一般文芸」に近いと思ったのは、この主人公が「何か特別な人間ではない」という点です。別に超能力や特殊な才能が必要であるとは思わないのですが、主人公が「汎用的な人間」であるのならば、「ヒロインを尖らせた方」が、よりインパクトのある作品になると思います。

 古典を題材にしている作品であれば、「ビブリア古書堂の事件手帖」や「文学少女」等がパッと思いつきました。
 例えば「ビブリア古書堂」であれば、ヒロインである栞子がホームズ役で、主人公はワトソン役です。栞子は鋭い洞察力で、あっという間に事件を解決します。
 本作の主人公やヒロインである円城は、どちらかと言えば「日常側の人間」です。このため、主人公とヒロインのどちらのキャラクターも、尖り方が少し弱い印象を受けました。
 ※ホームズのような、非日常側の人間がいないのです。

 上記の要素もあり、この作品は「ミステリーとしては弱い」作品だと思いました。大事件や、大規模なトリック、強烈なホワイダニット等がなく、主人公がホームズのように、劇的に物語を解決するわけでもないのです※これ自体が問題というわけではありません。

 そして、恋愛作品として見ても、「ヒロインとのエピソードが足りていない」ため、この点も少し作品の方向性がはっきりしていない、と私は感じました。
 これが例えば、「主人公がホームズ、ヒロインがワトソン。もしくは逆の配役」で、「常に一緒に行動して謎を解決していく」となっていれば、「恋愛+ミステリーのバディもの作品」としては非常によくある形の構成になると思います(※これが正解というわけではありませんが)。
 端的に言うと「ヒロインと主人公が一緒にいる場面が少ない」のが、少し問題かと思います。

 多くのミステリー作品では、恋愛に主眼が置かれていないかもしれませんが、「ミステリー」に尖らせるか、「恋愛」に尖らせるか。どちらに寄せるのか、もう少し明確にしたほうが、読者の期待に応えられる作品になるのかと思います。
 ※1章のミステリー感は2章以降でやや失速し、恋愛作品としては掘り下げが足りていません。

 しかし、この作品には「国語授業における、古典の解釈と物語の融合」が残されています。
 ここをどう評価するかで、この作品の評価は180度変わることとなります。
 私は高く評価したものの、これが世間一般の読者が評価するとは、断言し辛いです。
 そのため、公募におけるこの作品の優位性が「国語授業だけ」に集約されるのが懸念点です。

 作者さんの文章力は何一つ文句がなく、伏線を張る力、キャラクターを造形する力も、非常に高いです。ですので、足りないものは、「作品のウリ」となる部分かと思います。
 「古典解釈」に関しては、素晴らしい要素だと思いますので、もう1要素を追加し、「主人公やヒロインのキャラクター性」「ミステリー要素」「ヒロインとの恋愛要素」等、いろんな角度でウリを作ることはできると思いますので、そこをもう少しだけ強めて、「この作品ならではの特色を出すこと」で、更に読者への訴求力が高まるかと思います。
 実力は十分にあると思いますので、頑張っていただきたいです!ありがとうございました!


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 辛口で知られる「とげぬまレビュー」でコレは凄い!\(^_^)/(自画自賛)

 Aクラス4項目、Bクラス2項目というのは、これまで氏の公開してきた多くの評価シートの中でもトップレベルだった。おかげで「辰巳センセイ」の完成度にあらためて自信をもつことができたし、同時に、弱点についてもはっきりした。

 依頼には2万円ほどかかったが、これだけしっかりした意見をもらえるなら、リーズナブルすぎたと思っている。

 このあとメッセージで丁寧に相談させてもらい、高めの年齢層を狙ったライト文芸として攻めるべき、そのためにも恋愛要素中心に強化するのが得策では……という指針が固まった。




7 大改稿Ⅱ ~みんな、オラに力を分けてくれ~

2020年 3月上旬

 とげぬまレビューを受け取ると、おっさんはすぐさまなろうの活動報告にレビューを貼って、いよいよなろう仲間のみんなに「書籍化したい宣言」をした。

 そして「辰巳センセイ」改稿のための意見を募集した。20件以上の丁寧なアイデア、コメントを活動報告コメントで頂いた。中でも面倒見の良さで知られるなまこさんこと、Gyo¥0-さんはわざわざ「辰巳センセイ」を読み直して、詳細なレビュー記事を書き下ろしてくれた。
 一つ一つの意見を吟味し、直すべきか、直すならどういう形にすべきかの検討を行った。指摘をヒントに改稿するべき点を洗い出し、リスト化して修正作業に入った。24万字全編を相手にしての全面改稿はハードだったが、有意義で楽しかった。


 かたや、さすがにもー届くだろ、届いたら改稿のヒントくらいにするか……と思っていた8まんえんレビューだが、まだ連絡もないのだった。
 いいかげん呆れたので頭から追い出し、とげぬまレビューと、なろうのみんなのアドバイスを元に約二週間、睡眠時間を削って改稿作業に熱中した。


 3月下旬、大改稿版バージョン4が完成した。
 修正項目は、大きなところだけで十数カ所、細かい部分まで入れれば軽く100カ所を超え、ほぼ全話にブラッシュアップを施した。

 でもまだ完成ではない。
 できあがったバージョン4を仲間向けに限定公開した。そこでさらに追加のアイデア、意見をもらった。なろう仲間の花水木さんがバージョン4を全編通して読み込んでくれて、詳細なチェックと指摘を行ってくれた。
 ここでもらった意見を元にバージョン4から、さらにもう一段ブラッシュアップに入った。

 次回につづく……前に。

 例の8まんえんである。
 ついにバージョン4の仕上がった3月下旬で2ヶ月が経ってしまった。

 少々腹を立てつつ、担当Y氏に電話した。
「プロ作家様が他の翻訳仕事で忙しいので遅れてます」
 ……はぁ。

 すると、突然Y氏いわく。
「あ、そうだ、先生から聞かれてるんですが、文庫か、ハードカバーか、こだわりありますか。それによって戦略が変わってくるっておっしゃってて」
「……こだわりはありませんが、手軽にもてる文庫が昔から好きです。必ず完結まで本にしたいので途中で切れておしまいだけは勘弁してほしい、と伝えて下さい」

 なあY氏よ。
 それ訊くのが、2ヶ月放置の上に俺からかけた電話ってどうなんだ?
 でも、そんなこと訊いてくるということは一応目があるのか?ほんとか?

 




8 大改稿Ⅲ ~ひとつの到達点、みたいな?~


2020年 4月初頭。
 3週間に渡って一心不乱に作業を続けた大改稿が、ほぼ終了した。

 バージョン5の完成である。
 作者として、一つの到達点。ゴールと思えるクオリティになった。

 現行なろうに掲載しているバージョン3と比較すると、新たに全体プロローグが追加されていたり、辰巳と咲耶が心を近づけていく新規シーン、やりとりが大量に追加された。それでいて、元々の良さを壊さないよう、追加部分が目立ちすぎてバランスを崩さないよう、細心の注意を払って仕上げた。

 追加だけではなく、作者として粗さを感じていたいくつかの部分は、新規に書き直した。結局ヒロインの円城咲耶が関連するシーンについてば、ほぼ全てに手が入った形になった。
 細かな修正箇所まで全て数えたら、おそらく200カ所くらいあるのではなかろうか……作者としても把握しきれていない(;´Д`)
 書き手としての主観だが「75点のなろう版を、95点まで磨き上げた」実感がある。

 『辰巳センセイの構成、物語の魅力を大切に、全編をラブストーリーが貫いてより色鮮やかに!(激しく自画自賛)』


 ああ、なんて読んで頂くのが楽しみな内容なのだろう!(しつこく自画自賛)


 公開については、当初は段階的に進めていこうと思った。
 まずはなろう以外の小説サイトで公開を始めて、ゆくゆくはなろうでも「全面改稿版」として新たにアップする計画にしていた……のだけど、このたび色々あったので、バージョン5はまだ未公開のままで……

……うん、そろそろアピールと言い訳やめろって感じよね。


えーとね。(・ω・)


……書籍でお披露目します(どどん)

 ああ、やめて、石を投げないで(;´Д`)


 そして4月の頭といえば、ネット小説大賞の一次通過の話題で、おっさんも、なろう仲間のみんなも盛り上がっていた。9316本中の974本が通過。倍率は約10倍。
 通過リストにはなろう仲間の名前が10人以上あって、ちょっとしたお祭りムードで楽しかった。


9 辰巳センセイの限界ダイエット


 4月上旬、バージョン5が仕上がったところである。

 書籍化3ルートだが

①編集部に持ち込んで書籍化
②公募で受賞して書籍化
③小説サイトで編集者から声をかけられて書籍化

 ……③が手つかずのまま残っている。

 ただし「なろう」で声をかけられるには相当ランキングで目立たないと厳しい。
 ランキングやポイントとは無縁、マイナージャンルで書いてきた辰巳センセイで、いきなりどうにかなる話ではない。

 でも、他のサイトならその限りではないはずだ、と思っていた。
 他サイトの開拓、特に人気を得て注目されるための仕掛けが必要になる。

 ちょうど3月末に「ステキブンゲイ」という小説サイトが立ち上がっていた。ラノベよりも文芸よりの作品を集めるというコンセプトで、辰巳センセイとの相性も良さそうだった。


 ここにバージョン5の原稿を使って斬り込めないか?
 そう思ってサイトをチェックすると、


<<< 第一回ステキブンゲイ大賞のお知らせ >>>


……ほう。

 新サイト立ち上げに合わせてのコンテスト。
 第一回なら競争率も低くなるかもしれないし、入選作は書籍化(!)
 せっかくステキブンゲイに投稿するなら、このコンテストに応募したいと思った。


 要項に字数制限が付いていた。
<<< 8万字以上、20万字以下 >>>

……24万字の辰巳センセイだが、ぎりぎりなんとかできるかも知れない!と思った。できるかも、はイコールなんとかする、が毎度おっさんの信条である。


 すぐさまバージョン5から「ステキブンゲイ向けバージョン」への再編集を始めた。

 方針は一つ。
 辰巳センセイの大切な部分……人間ドラマの面白さを死守しながら、20%の文章量ダイエットを行うこと。


 やってみたら、これマジできつかったです……(;´Д`)

 丸々一週間かけて、全体24万字を3回ほど見直しながら、ひたすら削り落とし、書き換えてスリム化した。
 サブキャラのうち二人は存在ごと消滅した。寂しいが仕方ない。逆に考えれば、コンテストに入賞してから、書籍化する中で本来の全長版の存在をアピールしてもいいのだ、と割り切った。

 どうにか19万9700字までダイエットを完遂。スーパースリム版「辰巳センセイ」が生まれた。ただしバージョン5がベースなので、クオリティにはそれなりに自信があった。
 ステキブンゲイでは三日に一話のペースで投稿し、ゆっくり秋口までかけて掲載すると決めた。急激なダイエットによって問題が起きていないか、一話一話をあらためて見直しながら投稿するので、それなりに手がかかるためだ。



10 はちまんえんナパーム

 4月下旬になった。

 ついに依頼から三ヶ月が経った8まんえん。
 いい加減にせーよ、と思いつつ電話した。

 Y氏「来週できるだけ早く送るようにします」。

 ほう……今度こそ、本当に返事来るのか?

 翌週。
 本当にメールが来た。

 なぜか担当者がY氏からいつの間にか上司のT氏に変わっている……彼はクビにでもなったのか?(;´Д`)
 一言目に、返事が遅れたことについての謝罪が一言。あとはろくに説明もない。担当者が変わったことへの言及もなかった。

 そして、小説家先生からのレビューがメールにベタ貼りされていた。
 さあ、8まんえんレビューだ。刮目して見よ!である。

 ※小説家先生の名誉のために、名前は伏せておく。


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『辰巳センセイの国語科授業』講評

 試験の小論文には、おそらく採点者泣かせの答案というのがあろうかと思う。例えば、エッセイや創作として読めばたいへん面白い、しかし出題者が求めている内容ではないから、加点すべきポイントが見当らないというもの。
 逆に、一読したところ捉えどころがないのだが、仔細に検証してみるとよく対策が練られていて、加点のポイントが多く、結果的に高得点となるもの。
 試験の小論文は小説とは違い、市場に送り出してお金を取るためのものではないから、後者のタイプは、採点者泣かせというわけではないのかもしれない。受験業界には委しくないが、むしろ効率の良さをして称賛されるタイプの答案なのかもしれない。
 ともあれ小説投稿作にも、しばしばこの2つのタイプが観察される。というより、箸にも棒にもかからない9割(有名作品の稚拙なコラージュ、ウェブからの盗作、なぜか自伝、等々)をふるい落とした後は、ほぼ、このどちらかしか残っていないと言っても良い。

A:面白いし完成度も高いのだが、作者が投稿先を間違えているか、生まれてきた時代を間違えているかで、書籍化したがりそうな編集部や歓迎してくれる市場が見当らない。

B:小説入門を謳った書籍やウェブサイトにあるコツは、ほぼクリアしている。しかしさして感動的でも痛快でもないため、出版した場合の市場の手厳しい反応が予想される。かといって欠点を指摘するのも難しい。

 結論から言えば、『辰巳センセイの国語科授業』(以下、本作)は、AとBの厄介なハイブリッドだ。基本的にはBなのだが、肝心要なところにAの要素が顔を出し、出版戦略を阻害する。整備しようにもAとBが変な具合に絡み合っている。

 まず、どのような出版形態を想定して書かれた作品なのかが、皆目判らない。作品の趣旨や文体から察するに、若年層向けの文庫書き下ろしなどの軽装を目指しているようだが、それにしては長い。ざっと換算したところ、400字詰め原稿用紙で約800枚。章立てが細かいので通常の800枚よりも頁を食う。イラストが入ればまた頁が増える。いわゆるライトノベルの体裁だと、ざっと3冊ぶんある。

 章ごとに連続刊行していくような、シリーズ展開が想定されているのだろうか? それにしては個々のパートの独立性が低い。一般に続編というのは正編の好評を受けて企画・執筆・刊行される。だから最初の1冊には相当な起爆力が望まれる。「読者にいまひとつ正体が掴めない主人公・辰巳が、生徒のプライバシーを把握する」話に過ぎない本作序盤には、読者がどうしても物語に追い縋りたくなる“心配ごと”「辰巳センセイ、どうなっちゃうんだろう?」が無い。

 それらしきものが生じるのは3章だが、教職を続けながら特定の女生徒と仲良していきたいというのは、余りにも虫の好い願望であるから、読者に辰巳を応援する道義はなく、むしろ反発をおぼえる可能性が高い(これは本作の大きな弱点でもあるので、後にも触れる)。そのうえ辰巳がなんの努力をすることもなく、咲耶の一存により解決してしまう。これでは「引き」にならない。

 そこで、500頁級の自立するような分厚い一冊本としての出版を想定してみる。とうぜん価格設定は高くなり、完読者は頁数に反比例するので、作者がメインディッシュとして用意している辰巳の「秘められた過去」にまで到達してくれる読者の数は、あまり見込めない。この悪条件を押して無名の新人が分厚い本でデビューするには、公募新人賞を受賞するくらいの話題性は必要かと思う。ところがライトノベル系の公募賞にこの長さを受け容れてくれるところが無い。ざっと募集規定を調べてみたところ、各社270~300頁が上限だ。

 ではミステリ系公募新人賞では? 講談社江戸川乱歩賞の上限は400字詰め原稿用紙550枚、集英社小説すばる新人賞は500枚、文藝春秋オール讀物新人賞は上限100枚、KADOKAWAの横溝正史ミステリー&ホラー大賞の上限が恐らく最も高く、それでも700枚。
 お解りだろう。『辰巳センセイの国語科授業』は長過ぎるのだ。


 本作梗概には「泣ける恋愛ドラマ+文学教養+ミステリーの一石三鳥エンターテイメント」とある。恐らく作者の執筆コンセプトであろう。こういう簡潔なキャッチフレーズを付与できる作品づくりには、おおいに感心する。ただし本作が、みずから設けたこのハードルを越えられているかといえば、厳しい評価をくださざるをえない。
 梗概は、通常の3倍の密度の読み物だという期待を煽っている。実際には、男性向けラブコメ、名作読解、日常ミステリ連作という、3つの読み物のザッピングだ。複合体ではない。この3つは強く絡み合っているわけではなく、どの1つを抜いても大きな問題は生じない。

 名作読解である授業の場面の削除は、比較的容易い。辰巳センセイが口にする蘊蓄で、充分に代用できる。
 では、本作からラブコメ然とした教室の場面や咲耶との親密な交流を排除し、「名作読解+日常ミステリ」として書き直すことは可能だろうか。本作で作者が「ミステリー」と称している部分は、実は「辰巳センセイは事の次第を知らない」→「当事者から事実を教えられる」という、論理パズルとはなっていないものなので、謎解きとしては余りにも呆気ないものの、いちおう成立はする。

 では、咲耶以外の人物にまつわるミステリ構造を排して、「名作読解をちりばめた、辰巳センセイと咲耶の恋物語」には仕立てられるだろうか? 考察したところ、これが最もすっきりすると予想できる。分量的に多く、ラストの展開にも直結しているうえ、作者が最も書きたく思っていたらしく、筆が乗っている要素だからだ。
 分量は3冊ぶんなのだから、ではいっそ3つの要素をばらばらに、別々の作品として、商業的に発表できるだろうか?
 どのパートを眺めても、それは難しいと判断せざるをえない。率直に言って、どれもセールスを望めるほど面白くないのである。どれも、いつか見たテレビ番組のようで新味に欠ける。
 作者もそれに気付いていて、3作ぶんのアイデアの合わせ技に挑戦したのではないか? しかし3作ぶんのエッセンスをもって1作を構成し直すのではなく、単純に足してしまったのではないか? そんな想像が湧いた。


 本作を恋愛ドラマとして見たとき、どうしても腑に落ちない箇所がある。辰巳センセイがなぜ女性という女性からモテモテなのか、さっぱり解らないのである。生徒たちのために奔走するではないし、スーパーレディである咲耶が平伏すような美点があるでも、社会的には容認されない教え子への恋情を圧し殺して生きるストイックさがあるでもない。
 異動を呑むという、社会人ならわりと普通のことが大きな決断なのだから、基本的には変化を好まず消極的な、直面している問題は誰かが解決してくれるのを待つタイプと思しい。そういう小心な人物を主役に据え、面白い物語を描くことはむろん可能だが、「それでもなぜか幸せになりました」では、自分は人生の荒波に翻弄されている、それに負けまいとして頑張っている、という意識のある読者の共感は得られない。そして読者というのは、ほぼ全員がそうなのだ。
 辰巳センセイは作者に分身に他なるまい。その消極性が、何重にも保険をかけるかのように3作ぶんの文章を1作として、無駄を削ぎ落とすことをしない、本作の作法に出てしまったように思う。

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……やべぇ。

 初段まるごと一人語り(小論文の指導ならこっちがプロだが)といい、
公募ねらえの指示 (だったらそもそもエージェントいらん)といい、
でも文字数多過ぎというセルフツッコミ(わかって依頼してるんですけど……)といい、
三分割にしたらといいつつでも面白くないという矛盾アドバイスといい、
最後の人格批判といい……


これぞ!

3ヶ月連絡一本よこさず放置した末の!

8万円のプロの仕事!


壮大なギャグだな(・ω・)y-゚゚゚


 実はかみさん、プロ編集である……ただし、文芸とは全く違う分野で。(文芸だったら本気でコネを期待してしまったかもしれない)
 このエージェント企業の存在を知っていたのも、かみさんが業界にいて、活動を耳にしていたからだった。

 おっさんがPC前で仏頂面になっていたら、隣から読んでいい?と覗いてきた。


 モニタを覗き込み、黙って文面を読み終わり、おっさんのモニタから身体を引いたかみさんの目は……(;´Д`)きけんがアブナイ

「自分に酔ってるだけの文章ね。知らない名前だし、このレベルでほんとにプロ?」
 かみさん痛烈。


 お値段のわりにあんまりお粗末だったので、T氏にメールを打ち返してみた。

・どうして三ヶ月も放置したの?ていうかなんで担当いきなり変わったの?
・作品の中身に全く寄り添ってない内容なのはレベル低すぎでは?
(辰巳センセイから謎解き要素を抜いて3冊にしろ、とか実行したらただのバカだ)
・ぶっちゃけ最後のあたりただの人格批判になってない?

 二日後、返事が来た。

・遅れたのはすみません。
・先生は大学で講義もしている立派な先生です。
・私も先生と同感でしたレビューはおかしくないです。
・人生経験を生かして別の作品を書くことを勧めます。

 かみさん、またもや横でシャットダウン状態。
 ……明らかに「紹介した責任」を感じてしまってる。


 さすがに腹が立った。
 棘沼氏の誠実な仕事を見た後というのもある。

 おっさんの怒りの理由は二つ。
 プロを自称しておいてブザマすぎる仕事をしたことと、かみさんを哀しませたこと。

「俺が金を払うって決めたんだから、責任感じないでよ」
 かみさんに苦笑しながら言った。
「ひっくり返してセンスの無さを後悔させてやろうと思うね……ここまでやられると、気持ちいいくらいの燃料だ。燃えてきた」
 とりあえず、にこやかに、前向きなコメントをしてみた。

 ……小説家先生、あんたにコケにされたこと覚えておくぜ!


(追記 推敲のためにひさしぶりに講評読み返したけど、ぶっちゃけ、お断りを前提にケチ並べて体裁整えた文に見えるね)


 …さて

 ……燃料を投下されてから一週間後。

 4月の終わり。

 ネット小説大賞の二次通過の知らせがあった。

 9316作品中の76作品。120倍の勝ち残り!
 どうだA社!(・ω・)
 ……本音をいうと、8まんえんの一件でものすごく腐っていた。

 だから、ちゃんと認められたと思えて、泣けてくるほど嬉しかった。

 おっさんは手を休めるつもりもなく、さらに次の一手を進めた。
 ほんと、怒りはいい燃料だ。



11 狙え、表紙買い


 2020年 5月上旬

 コンテストへの応募に、作品のブラッシュアップに、新規投稿サイトでの地固め……いろいろ手を打ったおっさんだが、次にやろうとしていたのが、目を引くビジュアルの獲得だった。

 これまで「辰巳センセイ」にはなろう仲間の方々から16枚ものファンアートを頂戴していた。詳細は「いただきもの展示館」を見ていただきたいのだが、雨音AKIRA様から頂いた高潔な咲耶像や、砂臥環様からいただいた各キャラの漫画風イラスト、そしてクライマックスの辰巳と咲耶など、とにかく凄まじい傑作揃いである。畏れ多い。

 ただ、これらはあくまで好意で頂戴したファンアートだ。宣伝に大々的に使用するべきものではないし、イラストによってはネタバレの問題もある。

 今後他のサイトに掲載するときの表紙絵や、SNSでの告知用に使えるよう、新たにイメージイラストを発注することにした。しっかりしたビジュアルがあると、注目度と印象の強さが大きく変わってくる。

 扉絵のクオリティは、読む側によってイコールで内容と接続されてしまう傾向がある。つまり、絵が素晴らしいものであれば、読者は勝手に「素晴らしい作品だ」と期待して読みはじめる。逆もしかり……表紙は大切、と言われるだけある。場合によっては、ゆくゆくは自費出版、電子出版の表紙に使う可能性もあるかなぁ、なんて思いつつ。

 絵師さんは、しばらくネットでイラスト作品を見回って、色彩のセンスと、丁寧な仕事ぶりを見てpiyopoyo氏に決めた。

 依頼は二枚セットにして、上下巻をイメージした。
 一枚目は「夕暮れの公園に立つ」咲耶。
 二枚目は、あえてどの場面かは伏せるが「青空の下の」咲耶。

 それぞれ、色合いが対照的になるようにした。全文を読んでもらうのでは負担が大きいので、各章のプロットシートと、描く場面周辺のダイジェスト版を用意して依頼した。

 ……と、ここまで書いておいてアレなんだけど。

 依頼しているタイミングで書籍化が決まったので、イラスト公開のタイミングを逃してしまった(公式での表紙など、書籍用のビジュアル準備もあるので、そちらとぶつかる懸念がある)

 でも、せっかく素敵なイラストを仕上げて頂いたので、これもどこかで公開できたらなぁ、と思っている。


 

12 『覚醒モード』の後って難しい

 おっさんがこんなことを裏でしてたよ、的な内容を延々書いてきた2部だが、そろそろ一区切り。

 1部で書いたように、おっさんは有限の自分の人生を自覚したことで、周囲の全てを新鮮に見られるようになった。その高まった感度の中だからこそ、辰巳センセイは書き切れた。

 生き残れた、と手術から目覚めた瞬間の感動。
 狭心症発作から助かったときの命の鼓動のリアル。
 ……退院から一年半が過ぎ、あの新鮮な感覚は時とともに薄れつつある。
 自分の中の感覚が「通常モード」になってきたのをどう扱うべきか、考えるようになった。


 兵隊は平和な社会に戻ったとき、どう生きていいのかわからず様々な不適応を起こすという。おっさんが陥った心理状態は、方向性としてはそれに近いのだと思う。
 死がすぐ目の前にあった瞬間だからこそ、おっさんは自分の能力上限を突破した集中力を発揮できてしまった。辰巳センセイ脱稿までのおっさんは、明らかなブーストがかかっていた。

 せっかく助かった命を無駄に危険にしたい、という話ではない。

 生き残ったと自覚したあの日、辰巳センセイを書き切って人生からやり残しをなくしたい、と痛切に願ったあのテンション……それが日常によってほどけていくのは生き物としての必然だ。


 だから、それを受け入れた先で、おっさんはまだ筆を折らずに物語を書けるのか?

……そこが問題なのだ、と思った。


 自分なりの答えを出すつもりで、おっさんは新作の執筆に取り組むことにした。
 構想はかなり前からあったものの、ずっと形にできていなかった一本。

 2020年 5月19日に発表した「完全なり、マイライフ」である。

 読んで頂いた方は、このエッセイと合わせて読むとおっさんが何を悩みながら書いた作品なのかよくわかってもらえると思う。
 有限の生と、それに対する満足をテーマにして「満足の中で死にたい」とどこかで思っているおっさん自身を投影したSFになった。

 難産だったけど、これもまた、ここまでの経験があったから書けた一作。


 おっさんは思った。

 辰巳センセイほどエッジの立った作品は、しばらくは書けないかもしれない。でも自分の持ち味を大切にしながら、楽しんでもらえる作品を丁寧に作っていくことは、まだできるし、やっていきたい。
 「完全なり、マイライフ」をちゃんと完成させられたのだから。


 しばらく短編が続くかもしれないが、やはり物語を紡ぐことは楽しい。

 気負わずにやっていく。そして、小さな賞でもコンテストでも挑戦して、どうにかして実績を残す。作家としての実績を残せれば、それが「辰巳センセイ」の書籍化に向けた足がかりになる。「完全なり」はノベルアップのコンテストに申し込んだ(落ちたけど)。

 もう一本、まだ公開できないが、ある文学賞にも短編を書き上げて応募した……引っかかるといいなぁ。


 5年かけて「あらゆる手段で」辰巳センセイ書籍化に向けて可能性を広げていく……おっさんの戦いは始まったばかり


……と真剣に思ってたんですけどね。

 ネット小説大賞、最終選考突破で書籍化が決まりました。ででどん。

次回 2部完結(・ω・)


13 野望は再び動きだす……第二部、完!


 2020年 6月2日。

 コロナで若干遅れたが、第八回ネット小説大賞の受賞作品が正式に発表された。

 9316作品から選ばれた書籍化19作品が公式に並んだ。
 「辰巳センセイ」の名前があった。

受賞

 倍率約500倍……A社のみなさん&小説家先生、見てるか?m9(゚Д゚)ドヤァ


 内心、ちゃんと受賞してて結構本気でほっとした(;´Д`)


……数日前に運営から受賞を知らされてたおっさんは、いくつかの整理をしていた。

 掲載を途中まで進めていたステキブンゲイから、申し訳ないが作品を取り下げた。
 読んでくださっていた方で、連絡できる方には、良かったらなろう版を楽しんでもらえたらありがたい、とメッセージを送った。

 なろう仲間のつこさん。がステキブンゲイで感想文をアップしてくれていたので、それも取り下げてもらった。かたじけない。

 発表の直前、出版を担当してくださる宝島社側の担当者と打ち合わせを始めた。
 改稿、装丁に発売時期の調整……書籍が店頭にならぶまでには、いろいろ準備が要る。

「少しでもいい本にして、関わってくれた方全員がハッピーになれるよう、頑張ります」

 そう挨拶して、担当のお二人と打ち合わせした。
 若い女性の方と、ベテランの男性……岡田勘一氏だった。『異世界居酒屋「のぶ」』を担当された方だ。今回の選考では、辰巳センセイのクオリティに目を留め、強く推してくれたという。

「一つ一つの話がしっかり作り込まれていて、全体でも見事にまとまっている……ここまできっちり組み立てられているレベルというのはそうそう……多くを読んできた中でも、本当にそうそうないですよ」

 ……実績あるプロ編集の方にこの言葉を頂けたことは、我ながら勲章だと思う。
 ので自慢\(・ω・)/ウェーイ


 今……2020年 7月末

 本編の改稿を進めている。
 3章までほぼ仕上がったかな、という状態だ。

 本になったとき、少しでも読みやすくなるように。面白さが伝わるように。
 岡田勘一さん直々に、各章を読み込んでは添削、改稿提案を送ってもらっている。
 おっさんは提案を検討し、修正して打ち返す。

 ……が、実は磨きに磨いたバージョン5をベースにしていることもあって、大きな規模の改稿はほとんどなかったりする。
 受賞は「なろう版(バージョン3)」だったので、岡田さんは「恋愛要素を中心に強化した改稿を」と提案するつもりだったそうだ。ところが、その部分がきっちり強化された大改稿版がすでに仕上がっていたw
 バージョン5は岡田さんからも「隙がない仕上がりで、構成の緻密さから下手に手を入れられない」クオリティと高く評価してもらった。
 よって、当初の想定より早いペースで完成レベルの原稿が仕上がりつつある。
 今はさらに細部を煮詰め、ネット小説としてのパッケージと、書籍化されたときのパッケージの在り方の違いを考えつつ調整を続けている。

 例えば、辰巳センセイの書籍版は文芸に近いスタイルになるので、ネット小説のような小さな見出しをずらりと並べる見せ方ではなくなる。各話タイトルを外していくと同時に「タイトルに頼っていた情報」が抜けることになり、場面によっては本文を若干調整する必要が出てくる。
 他にも、ページの境目をできるだけ文章がまたがないように微調整したり、書籍に見合ったスタイルにしつつも、元々の空気を壊さない文字の配列に気を配ったり……。

 内容がなろう版より面白くなっているのは保証できるし、書籍としての仕上がりもしっかり考えて作り込んでいる。まだ明かせないビックリ要素……もあるかも(・ω・)

 是非、手に取って確かめてほしい。(またもや宣伝だ!\(゚Д゚)/いえぁ!)

 書店に「辰巳センセイ」が並ぶ日。

 その日が近づいたら、また「あらゆる手段で」関わってくれたみなさんが幸せになってくれるように手を尽くしたい。
 編集や出版の方も含めて幸せに、と考えれば!
 次の目標は「ヒット作に育てる」こと!野望はでっかく!

 (・∀・) < いくぜ10まんぶ!

 おっとまた口に出したよ!怖い物知らずだな!とお思いのそこのあなた。
……おっさん基本このパターンです(;´Д`)

 ここから先は、今取り組んでいる本作りから、本を広く手に取ってもらうための仕掛け、売り上げを伸ばすための作戦にも全力で突っ走ろうと思う。

 どうか応援してやってください。

 本が形になったころ、またこの続きでお会いしましょう。
 第2部最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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