セントラルパークの子守唄 

 
 羽をひろげたまま鳥が地べたに凍りついていた。

 歌をなくして風に乗ることもできなくなった鳥が……

 月の裏側へ降り立った宇宙飛行士が自ら命を絶った。

 月面へ一歩踏み出した直後、全世界同時衛星生中継のさなか、自ら生命維持装置のチューブを引きちぎり、宇宙飛行士はあっという間に宇宙の藻屑と消えた。

 別に神々の怒りを買ったわけじゃない。

 容赦ない閃光の一撃で翼を焼き切られ、天上から叩き落とされたわけじゃない。

 生まれ落ちての片翼だけの天使が、乾いた地べたを這い回る。

 女の尻を追い駆け、タバコをふかし、酒をあおり、路上で眠り、汗と垢と脂にまみれ、生まれ落ちての片翼だけの天使が、すりきれた影をひきずり、乾いた地べたを這い回る。

 昨日は、セントラルパークの公衆トイレの手洗いの水で腹をふくらませ、ベンチ脇のダストボックスからホットドッグの食べ残しを拾いかぶりついた。

 今日は、片翼にきらめく白い羽一枚と交換した安物のバーボンの栓を切り、気付けにグッと一杯ひっかけ、真冬だというのにミニスカート……

 真っ赤なルージュを塗りたくった唇にピンクの舌をチロチロさせ、上目づかいに棒付きキャンディーをチュパチュパして街頭に立つ女たちの、決して安くないミニの奥の売り物をただ見しようと、路上に落ちたシケモクを拾っては投げ、拾っては投げ、アーメン……

 片翼だけの天使は、まるで祈りを捧げるかのように地べたに頬ずりしている……

 まだ街頭に立って浅い南部生まれの気のいい女が近づいて来て立ち止まる。

 シケモクを拾い、顔を上げた天使の目前、派手なミニの奥は網タイツ一枚、女は下着をつけていない腿を惜しげもなくひろげてみせた、そして……

 女が腿をひろげ、艶やかな売り物を惜しげもなくさらしたとたん、地べたに凍りついていた鳥が一瞬、ほんの一瞬だけ、羽を震わせた……

 大天使ガブリエルが聖母マリアに受胎告知したように、片翼だけの天使は女の前にひざまずき、その白い羽をさらにまばゆいばかりの純白にきらめかせ、女に向かってウィンクの代わりに、バタバタ、バタバタ、飛べない羽を振ってみせた……

 街頭に立つ、その日暮らしの女たちのミニスカートをひるがえし風が吹く。

 この乾いた星の片隅に、片翼だけの天使の翼が、湿った南風を吹かせている……

 決してはばたくことのできない天使は、ピンク色の肉芯も露わな女の前にひざまずき、地に堕ちた翼をバタバタ、バタバタ……バタバタ、バタバタ、不器用に振る。

 もちろん気のいい女にその気はない、サービスはここまで。金のない男と寝るわけには行かないよ……裸のマリアは天使に背を向ける。

 無人のスペースシャトルが帰還したクリスマスイブの夜。

 片翼だけの天使は、人影のないセントラルパークの片隅で、カッチーニのアヴェ・マリアを口ずさみ、グッと一杯、安物のバーボンをひっかける。

 ああ、今夜も冷えそうだ……

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