ビジネスモデルの共通因子はお金か?

ビジネスは r=a(x)+b(x)+c(x) でrが増えるシステム作ればいい?

rは損益分岐点を越えれば良い。これはシンプルに考えられること。更にabcだけではなくd()もe()も存在するケースがあるけど、それは好み。できるだけ少ない方がビジネスは合理的で楽になる。

そして、仮にこの方程式で物事を進めるとすると、問題になるのは、a()やb()で計算されるxの軸が違うこと。

「a()はやりがい、b()は幸せ度、c()は現状維持」だった場合、同じxを入れても数値が変わらない場合が存在する。
軸が違う場合は0しか返さない。0しか返さない関数は方程式において不必要なので削除しても問題ない。

方程式としてはシンプルになるが、果たしてそれが正解なのか?


最近はAIによって仕事を奪われるという主張が多いが、AIを業務に採用する動機は方程式をシンプルにする行為。つまり方程式の最適化と言える。人が機能するには労働としての対価xを投資して返答を期待するが、AIは決定論的に電力とデータさえあればxが0でも返す。

これは、企業間の取引でも同じ。意味のない取引はやらない方が得で、方程式としては不要になり存在を消される。

人は秩序だったものを好む。無駄なエントロピーは増大させないほうが良いと認識するのが普通。つまり、無意味なエネルギーを必要とする無駄な関数は削除する人の合理的な力学が存在する。

これは人は合理的な行動をするという前提の古典的な行動経済学視点だが、現実的に企業経営者という立場上、責任もあるので合理的だと他人が納得できる行動を取らざるおえないので、無駄な関数を削除するのは当たり前とも言える。


xをお金とすると方程式はとりあえず機能する。

例えば、僕はしたいことがあるから誘いは断っている。

ただし、仮に1兆円くれると言われれば動く。つまり方程式のxをお金とすると大体は機能する。当たり前と思われることだが、それぐらいにお金のパワーはすごい。数値で表現でき、解釈も自由だ。

お金は万能とも言える。

もちろん、投資対効果も考慮される。僕に1兆円を使っていいと言われたら2兆にして返すつもりで動く。だけども実際想定通りにはいかない。


r=a(x)+b(x)+c(x)というのは、一つの事業の方程式。

もし1兆を2兆に増やす場合、どういう方程式であるべきだろう?

例えば、ローカルで飲食店をするビジネスの場合、rには限界がある。地方の人口に依存する。いくらxを増やしてもrが増えない。

つまり、1兆2兆という単位になる場合は、少し抽象化して産業全体に対して投資しないとrは増えない。同じ領域の異なる企業へ投資して食い合いしても意味がない。全体を増やす投資という視点がいる。要は産業構造を変えないといけない。例えば無駄に競合がいれば統合したりなど。


さらに別な視点。

三つの事業があったとする。その方程式に存在する関数の数が異なる場合。

A) 2兆円  =  r(1 兆円)  =  a(x)+b(x)+c(x)

(B) 2兆円 =  r(1 兆円)  =  a(x)+b(x)+c(x)+d(x)

(C) 2兆円 =  r(1 兆円)  =  a(x)+b(x)+c(x)+d(x)+e(x)

このAとBとCでは同じ2兆円になる。どれが管理しやすいだろうか?これは(A)になる。

簡潔な文章と同じで、同じ情報量ならば、少ない量で同じ価値を受け取る方が論理的な思考回数が浅くなり、解釈するためのコストが低い。人気な事業もAになる。

シンプルはいつでも強い。


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ただし、日本においては、その方程式を一旦壊す必要がある。秩序だった環境でエントロピーは増大しない。

政府はCPTPPとかEUとのやつで場の拡大をしてる。頑張ってるけど、過去の秩序だった方程式を壊さない限り、エントロピーは増大しない。つまり、a()やb()の関数自体を作り変えないといけない。これは、政治家も国民も痛い。現状はただ先送りしているだけ。

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お金という発明

同じお金xでも違いがある。お金にも主観的な質がある。為替など客観的に見ても相対的だし、主観で見ても相対的な価値がある。

近代は現金だけではなく抽象化した有価証券として様々な形式や約束に基づいた取引がある。それらは現金と同等の価値があるという前提で社会が動く。つまりお金が有限か否かを決めるのは、社会であるとも言える。

例えばケインズだと増やしまくるだろう。極端に言えば戦争に投資するのは合理的という発想でもある。最近はMMTという考え方があるようだけれども、どちらにせよ極端な意見は機能しないし、実際には政治家は無責任に行動できない。経済が悪くなると右寄りになり、行き着く先は戦争になる。

お金というアイデアは過去の人類の発明の中でかなり大きな要素だと思う。使い方次第。


ただし、人類にとっての一番のインパクトは「核兵器(核分裂、融合)」だと僕は思ってる。ここ数年はAIなど色々言われているけど、核兵器は破壊力が違う。爆薬の発明自体凄いが、核兵器は影響レベルが違う。

核兵器は、それを例えば数グラム使うだけで周辺を全て破壊する。

広島原爆には約50キログラムのウラン235が使用されており、このうち核分裂を起こしたのは1キログラム程度と推定されている。
1キログラムのウラン235の核分裂によって0.68グラムの質量欠損が生じ、アインシュタインの特殊相対性理論が示す「質量とエネルギーの等価性 E = mc2 」によってエネルギーに変換される。

人類の発明のインパクトで言えば圧倒的。エネルギーを生み出す。

自然科学は有効に使えば人類にとって特。だけど使い方を謝ると危険すぎる。

今はミクロな現象に対しての別な量子論が盛ん。振る舞いも確実に定義できない。だがそれを利用することができる。量子コンピュータを持っている国と持っていない国では、核爆弾を防ぐ手段を持っているか持っていないかに匹敵するものだと思う。暗号を解除した情報を得ていれば被害を事前に防げる対処ができる。

量子テレポーテーションはまだまだ不明な点が多いが、もし常温の環境だったり普通に人が生活できるレベルの環境下で情報を遠隔地にコピーできるとしたら?物体のコピーも作れるとしたら?テロリストが使えば一瞬で文明が滅ぶ。100年後か?それとも不可能か?まだ分からない。

そもそも自爆テロをどうやって防げるのか。それの解決手法を人類は知らない。


数値に表現されない外部性をどうやって観測するか?

話を一つの事業のビジネスの方程式に戻すと、この考えは管理会計や戦略の話になり、別な言い方にすると、「コストをどう考えるか?」「それは本当にコストなのか?」という問いに行き着く。

主観的には不要なコストだと思っている事柄でも安易に捨てられないケースがある。例えば工場の不要物は負の外部性として工場付近を汚染させる。イタイイタイ病など日本国内でも事例が多い。先進国ではそれを取り締まる法律がある。

この状況に近いものが工場ではない他のビジネスのコストに存在していないだろうか?(もちろん必ずしも負の外部性という意味ではなく、正の外部性も存在する。)

例えばSNSはデマを拡散する。いや、SNSに限らずマスメディアもデマ(記者の推測や想像)を拡散する。これらも広義の意味での負の外部性と言えないだろうか?(僕は自由主義者なので、デマだろうと自由に発信すべきだと思う。デマの発信元はそれに対する何らかの罰はあるべきだけども、それは民間で対処すべき。もちろん影響度にもよるけども。)


方程式の話に戻すと、いくら数値を変えても返答する数値に変化のない関数を意味がないからといって排除すると、その影響範囲はどこまでだろうか?

僕ら一人一人が1人で扱える情報には限界がある。それを踏まえて意思決定すべきだろうと思われる。

つまりダイバーシティ、多様性のある意見を取り入れることの経済的な意味や価値の話に行き着く。SDGsやESGも同じ。


rしか見ないビジネスは長期的に滅ぶ。別な言い方では方程式全体を考慮しないビジネスは長期的に滅ぶ。


終わり

お金より大事なものは普通に存在している。ただ大人は恥ずかしいから普段はそう言わないだろうし、、言っても頭のおかしい人扱いだろう。

僕らは数字に意味をつけたがる。

これ以降はエモくなりそうなので終わる。


以上です。

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近藤 卓

Onefunc CEO. プログラムからデザインまで全部やってます。 AIスケジュール管理アプリ OnefuncPlan. よろしくお願いします! https://geo.itunes.apple.com/us/app/oneplan/id912230923?mt=8
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